初心者狩り
周囲の粘つくような視線が気持ち悪い。前来た時には感じなかったものが今になって込み上げてくる。
周りは誰が敵だかもわからない。目をつけられる前に俺はアシュを連れて早々に受付の所まで歩いていった。
「おかえりなさいませ。バッキーさんとアシュリーさんですね?」
「はい、クエスト完了だよ。証拠の品が此方だ」
「確認させて頂きますね」
パンパンに膨れ上がった袋を渡すと受付嬢は中身を確認し、あどけない表情を浮かべた後、袋を返してきた。
「はい、クエスト完了の基準を満たしております。暫しお待ちを」
そう言って受付嬢は奥の方へ姿を消した。多分報酬のお金を取りに行ったのだろう。俺はアシュに振り返った。
「ところでさ、報酬ってどれぐらいもらえるんだ?」
アシュは一度呆れるように目を細めてから口を開いた。
「バッキーさん、報酬の確認もせずにクエストを受注したんですか?」
「てか受けられるクエストがこれしかなかったんだよ。仕方ねえだろ?」
「それでも報酬の確認ぐらいはするべきでしょう?」
「いいから教えろよ」
「1万ギリーと狩った分のマンドレイクです。二人で山分けで5000ギリーですね」
まぁそんなもんか。命の危険もあったが、それでもレベル1からでも受注できるものならこれぐらいが妥当だろう。
「まぁ貰ったマンドレイクを市場に流せば報酬以上のお金が入るでしょうし、報酬としては上々でしょうね」
アシュがそう言うならいいんだが、彼女の言うことは何故か信頼できるものがある。漂うベテランの香りがそうさせるのかもしれない。こっちのスパイ職というのはみんなこうなのかもしれない。レベル5とかになるとそれこそみんなゴ〇ゴ13なのかもしれない。それはそれで濃ゆい絵面になりそうだ。
そうしている内に受付嬢が帰ってきて、その手には報酬の金が入っているだろう袋が握られていた。
「お待たせしました。報酬金でございます。どうぞご確認ください」
俺とアシュは互いに報酬を確認した後、そそくさと逃げるように冒険者ギルドを後にした。同時に視界の隅で幾つかの人影が動き出すのを確かに見た。
冒険者ギルドを出た後、俺たちは一目散に駆け出した。雑踏の中を走ると後方でも何人かが走る音が聞こえてくる。
「やっぱり目を付けられてた! やばいぞアシュ、めっちゃいた!」
「それでバッキーさん、これどこに向かって走ってるんですか?」
「適当だよ! 行く宛なんかねーよ!知り合いなんて誰もいないんだよ俺は!」
「その歳で友達0ですか?親が知ったら泣きますよ?」
「俺はまだ生まれて一日も経ってねえんだよ! 親もいねえ! 友達もいねえ! こんな世界クソッタレだ!」
「んー、マンドレイクの後遺症でしょうか? あっ、そこを右に曲がりましょう」
言われるがまま俺は右に曲がった。広い大通りから狭い路地に入り、ごたごたとした道をひたすらと進んでいく。
敏捷が低い。ゲームの時とはえらい違いだ。鉛でも詰め込んだように体が重く、早くも息が切れだした。隣で速さを合わせてくれているアシュは涼しい顔でこっちの顔を眺めていた。CとEじゃそりゃあ差も出るか。俺は限界を悟られまいと無理矢理笑ってアシュと顔を見合わせた。
「なあアシュ、この道知ってんの?」
「さあ? 初めてです」
あぁ、頭痛がしてきた。丁度後ろの方でガチャガチャと騒がしい音を立てて野太い喧騒が聞こえてきた。俺は一度だけ振り返ると、そこには屈強な肉体を持った大男の集団が狭い路地の空間を埋め尽くしている光景があった。
「ふざけろチクショウが!」
なんでこんな冒険者二人を寄ってたかって追っかけまわしてくるんだよ。はした金とマンドレイクしか持ってないのに何をそんなに必死に追いかけてくるんだよ。
「やー、連中血眼になっちゃってますなぁ。バッキーさん何か恨みでも買ったんじゃないんですか?」
「そのまんま返すよアシュ」
「そんなまさか、こんな清廉潔白な少女のどこに恨みなんて持たれる要素がありましょうか。あっ、そこは左で」
何かと怪しい面が目立つし、誰かの恨みを買ってても別段驚くようなことはない。
俺はアシュの言うがままに左へ曲がると、そこは建物に囲まれた広場となっており、その先に道はなかった。
引き返そうとしたが、既に大勢の男衆が行き先を塞いでしまっていた。背筋に震えた。男達の威圧するような視線に思わず竦んでしまった。
リアルで殴り合いの喧嘩もしたことのない俺がこの状況をやり過ごせるかと言ったらまず無理だ。
男達の群れを潜って一人の大男が前に出てきた。恐らく初心者狩りのリーダー格だ。革のジャケットを着た禿頭の額には刃物で切り裂かれたような傷跡が残っている。恐らくはクラッシャー、それもレベルは2〜3の。正面切って勝てる相手でもない。
男は俺とアシュを交互に見た後、ごほんと咳払いをし、低く唸ってから言葉を出した。
「冒険者ならオレ達がどういう人間かは知っている筈だ」
「は、ははは、いやいやそんな、誰だって追っかけられたら逃げるでしょう?俺は何も知らないし、あなた達が誰なんて知りもしないし……」
「御託はいらねえ、殺されたくねえなら荷を置いて消え失せろ」
敢えて静かに男は言いつけた。それが俺に死の予感をさせたのだ。男は本気だ。俺が断るなら有無を言わさず首の骨を折るか頭を撃ち抜くかして荷を奪っていくだろう。
俺に残された選択肢は男の言う通りにして消え去ることだけだ。大男の後ろでは手下の男達が俺を嘲るように笑っていた。悔しくても俺にはどうしようもない。
俺が手に大事そうに抱えた袋を手放そうとしたとき、その手を制してアシュは一歩大きく前に出て男の顔を見上げてにこりと笑った。
「やー、殺すときましたか。では質問しますが断ったらどのようにして私達を殺します?」
男は不思議そうに目を見開き、背のホルダーに突っ込んでいたポンプアクション式散弾銃を抜いてアシュの額にその銃口突きつけた。
「三つ数える内に有金と荷物全部降ろして消え失せろ。さもねえとてめえの顔面を吹き飛ばす」
「やー、でもそんなことしたら弾の出処から貴方の犯行とバレて保安部にとっ捕まりますよ?」
「一つ、冒険者の死体なんざ毎日山程出てる。お前もその内に入るだけだ。誰も気にかけもしない」
「その言葉、自分にも跳ね返ってきますけど何も問題ないですよね?」
「二つ、気が変わった。お前達を殺した後に荷は奪うことにする。気兼ねなく死ね」
アシュの奇行をただ見守ることしか出来なかった俺は男の言葉に絶望し、動悸の激しい心臓を必死に収めようと努めながらアシュを見た。殺される。先に彼女が次に俺が、回避出来たはずの事態を、態々彼女は悪化させたのだ。
額に銃口を突きつけられたアシュは何ら気にすることなくその場で踵を返し、俺と顔を合わせて楽し気に笑ってみせた。
「というわけですバッキーさん。いっちょ大暴れしましょう!」
「三つ」
男は何の躊躇もなく引き金を引き絞った。そこから俺は見てられなくなり、目を瞑って身を縮こまらせた。
さようならアシュリー、さようなら俺の新しい人生。今日という一日を俺は忘れない。




