第10話 はじめての農業
屋敷からは徒歩で30分くらいの距離。
湖があるので、水は確保出来た。
木はそこそこ生えているが、密集しているほどではないので、開拓しやすいはず。
「ここでいいかな」
拠点には適しているだろう。
探せばもっといい場所があるかもしれないが、屋敷から離れすぎると通えなくなる。
「……お嬢様」
ミリアが困ったように私を見る。
うん、言いたいことはわかる。
わかるが、私は何も見ていません。
ドッドッドッドとすごい音を立てて、ココがくちばしで地面をつついている姿など。
いや、つつくなんて可愛らしい表現ではないな。
突き刺している?
打ち込んでいる?
農業的に言えば、耕しているとも言えるか。
「さて、私たちも地面を耕しますか」
マイバックからシャベルを2本取り出して、1本をミリアに渡した。
渡されたミリアが不思議そうにシャベルを見る。
そりゃそうだろう。
この世界では、シャベルは食材ハンターが持つ七つ道具の一つにカウントされるくらいで、一般には持っていない。
何に使うのかもよくわからない代物だ。
「こうやって、地面を掘って欲しいんだ。あまり深くなくていいから」
ミリアに見本を見せつつ、少し掘る。
「はあ……」
気のない返事で、私が掘った場所を見た後、ココの方に顔を向ける。
「コッ!」
ココの方は、満足いったのか、立派に耕された地面をみて、ひと鳴き。
そのままズンズンと私の方に近寄ってきます。
「どうしたの、ココ?」
この馬並みの大きさのニワトリを怖いと思ったのは、最初だけ。
突進されたあたりまでか。
体を掴まれ、空を飛んだ頃には、不思議な感覚があった。
これは従えるモノなのだという感覚。
「コッ!」
くちばしで袖を掴まれ、ココが耕した場所まで引っ張ってくる。
そして、ポケットから小麦の種が入った袋を出すようにと催促する。
「ここに蒔けって?」
どうやら私が地面を掘る必要はなく、ココが先に作業をしてくれたようだ。
「うーん、じゃ、遠慮なく」
ポケットから袋を取り出し、種を全部手の平に乗せる。
黒や緑の大きな粒が交じっていて、それは全部拾い上げる。
今まで私が食べた果物の中で、特に美味しいと思った物の種だ。
ダメもとで、いつかいい土地見つけたら植えようと、コレクションだけはそれなりにある。
その一部だ。
この機に拠点へ植えようと思い付き、この袋に入れてきたのだ。
「本当はこんな種蒔きじゃないと思うんだけどな」
確か小麦はうねを作ってすじ蒔きだったはず。
しかし賢者の図書館で見た本には、耕した土地に種を蒔くとしか書かれていない。
何かが違うように思えた。
「コッコ」
いいから早く蒔けと催促しているようなココの鳴き声。
「わかったよ」
色々考えるのはやめて、重ならないようにと大胆にも豆まきのように投げた。
種はパラパラと地面に落ち……みるみる芽吹いていく。
唖然とする私。
「お嬢様、こういうものなんですか?」
私が何をしているのかわからないミリアは、ものすごい速さで成長していく小麦を淡々と眺めつつ聞いてくる。
いや、違うから。
こんなスピードで成長する作物など、私は知らないから。
芽吹いた小麦をココがどんどん踏みつけていく。
「ちょっと、ココ!」
注意をするが、ココは聞かず。
小麦には稲踏みという作業があることを私が知らなかっただけで、後にココが正しかったのだと知ることになる。
踏みつけられて倒れた麦の茎はどんどん立ち上がり、またココに踏みつけられてを繰り返す。
3、4回繰り返したあたりで、ココも成長を見守る様になり……一本の茎から左右に十本近くもの茎が出てきた。
どんどん成長して、耕されて茶色かった地面は青々と葉を茂らせる。
茎が伸び、先端には小穂。
やがて穂が出て、花が咲く。
花はすぐに閉じて、しばらくすると青々とした葉と茎は黄褐色に色を変えた。
膨らんだ穂は、ぎっしり詰まった実の重さに垂れてくる。
「コ!」
その瞬間を鋭い目つきで見据えていたココは、ひと鳴きする。
突然、小麦の根元に発生するカマイタチ。
次々に小麦を切り倒していく。
どうやら、ココ的に収穫時期が来たらしい。
私が育てるために借りてきた小麦のサンプルだが、全くの出番なし。
ココは忙しなく、刈り取った小麦を並べて、器用に乾いた風を起こしていく。
見る見るうちに小麦の水分が抜けていき、枯れた色に変わった。
「コケコって魔法が使えたんですね」
何が起こっているのかさっぱりわからないミリアは、そんなことを呟いている。
「そういえば、そうだね」
いまさらながらに気が付いた。
この世界はニワトリでも魔法が使えるのかと。
私は……ニワトリ以下なんだね。
魔法を捨ててまで選んだ農業だが、その主導権すらニワトリに取られてしまった。
風魔法を自在に操り、小麦の乾燥をさせれば、今度は脱穀してる。
みるみる穂から実が落ちて、風で殻を飛ばしていく。
残ったのは綺麗な小麦色のふっくらした実のみ。
それを鋭い目つきで、丹念に観察していくココ。
少しでも色が悪い実は、その立派なくちばしで弾いていく。
そのこだわりは、もう職人の域じゃなかろうか。
「この世界に小麦なんてあったけ?」
私が知らないだけで、実は存在していて、コケコの専売特許だったのかと、ミリアに確認してみる。
「初めて聞く名ですよ」
完結なミリアの答え。
ココが収穫した小麦は、最初の一掴みから何十倍の量にも増えている。
使用した土地を整え、さらに耕すココ。
そこに収穫した小麦を、今度は自分で蒔いている。
どうやら二期目に突入したらしい。
一期目は種まきから収穫までおよそ10分。
二期目は種を蒔いてから発芽まで、一期目よりは少し時間がかかったようだが、それでも十分早い。
このペースだと、20分もあれば二期目の収穫ができそうだ。
「さて、私、やることなくなっちゃったな」
納得いくまでココに任せることにした。
半端ないこだわり持っていそうなので、下手に手を出すと、怒らせそうだから。
「お嬢様、これで地面を掘ればいいんですか?」
ミリアもココは放っておこうと思ったらしい。
当初の指示に従って、シャベルで地面を掘ろうとしている。
「そうだな……」
私の手にはまだ果物たちの種子がある。
これでも植えて観察してみよう。
「掘る場所、向こうにしようか」
ここはココの小麦畑が広がっているので、何かあるととばっちりを受けそうだ。
少し離れた場所へ移動し、小さな穴を掘っては種子1粒。
また穴を掘っては種子1粒。
そうやって、ミリアと手分けして等間隔に植えていく。
「さすがに小麦みたいに急成長はしない……するか」
植えていった種子がすくすく成長して、立派な幹になっていく。
なぜか私が植えた種だけ。
木の枝にはどんどん果物が成り……朽ち落ちていく。
「これ、どうやって収穫すればいいんだろう」
木登りして、収穫しようとする間に、実が熟れ過ぎてしまう。
朽ちて地面に落ちた実から種が出てきて、やがて芽吹き、再び木になり実を付ける。
いろんな果物が、次々に増殖していく様は……
「シュールだね」
ここまでくるとちょっと怖い。
「お嬢様、私、果物ってこんな風に成るなんて知らなかったです」
びっくりした様子のミリアだが、これを常識と考えないでほしい。
「たぶん違うから。これ、絶対に特殊な状態だから」
何が起こったのかわからないが、きっと賢者であることが関係しているのだろう。
ミリアの植えた種は芽吹くことすらしなかったのだから。
そしてココも最初の種を蒔くのだけは私にやらせた。
今日一日でフィリップに聞く事がたくさんだとため息が出る。
「ミリア、私、明日の朝も寝坊するから、ここの果物たくさん持って帰って、明日の朝食にして」
朝と呼べる時間に起きられればいいなと願いつつ、ミリアに指示を出しておく。
たくさんの種類の果物が入り乱れて成る森を見ながら。
農業と書きつつ、農業してないですね。
ニワトリが頑張ってただけです。




