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7 侍女の不安

「あの男、正気なのか?」

 自分を牢屋に入れた人間に対して責めるでもなく、リリー様の男性の好みを教えろなどと訳の分からないことを。リリー様の男性の好みはアイリシアもよく知らないが、引きこもり王子が論外であることは間違いない。

 それにしても、いきなり王妃様の私室に忍び込むなどあの男は一体何を考えているのだろうか。何も知らずに、リリー様にも関わらずに引きこもっていればいいものを。

 地下牢の階段を上がり、明るく少し肌寒い風が吹く外に出る。地下牢入り口には、見張りの騎士が寝息を立ててすやすやと眠っていた。

 他国の王子を、それもリリー様の夫になる男を勝手に地下牢へ閉じ込めたなどと知られたら後々面倒になる、と考えたアイリシアは騎士達に強力な眠り薬を使った。体力馬鹿な騎士たちはいとも簡単にアイリシアの出した飲み物を口にして、みな夢の世界へと入っていった。


「こんな簡単に人を通してもらっては困る。警備体制に問題があると騎士団長に報告しなくては」

 自分で薬を盛っておいて、アイリシアは気持ち良さそうに眠る騎士たちを睨み、牢屋を後にする。早くリリー様のお側に行ってさしあげなければ。きっと一人で不安に思っていることだろう。

 そう思い、足早に王宮内を歩く。

 超特急でリリー様の自室に辿り着いたアイリシアは、一刻も早く可愛い王女様の姿を視界に入れたくて、勢いよく扉を開ける。普段は冷静沈着なアイリシアも、リリー様のことになると冷静ではいられない。あの男を思わず地下牢に閉じ込めてしまうくらい、落ち着きを失っていたのだ。と言っても、後処理のことも考えて騎士に眠り薬を用意しているあたり、かなり計画的犯行ではあるが。

「失礼いたします。リリー様……って、いない?」

 何とか気持ちを落ち着けて言葉を紡いだアイリシアの目の前に、リリー様の姿はない。国王モルゾフからの贈り物だという香に少し頭がぼーっとしながらも、部屋の中を見回す。薄いピンク色で統一された、いかにもお姫様のお部屋です! といった可愛らしい部屋の中に、その主役の姿はどこにもない。

 もしかしたら、王宮内のどこかでまた楽しい遊びを考え付いたのかもしれない。


 リリー様はいつもそうだった。

 自分の身体がどんなに苦しくても、楽しいことだけを見て生きている明るい少女だった。いつ毒に侵されて死んでしまうか分からないのなら、毎日を精いっぱい楽しみたいの! そう言っては色んな無茶をしてアイリシアを困らせていた。

 そんなリリー様が無茶をしなくなったのは、あの王子との縁談が決まってからだった。

 国王モルゾフが可愛い娘のためにとまとめた、友好国メバルディ王国王子との縁談。

 アイリシアは最初から反対だった。引きこもり王子を大事なリリー様の婿として迎えるなんてありえない! でも、リリー様があまりにも王子のことを楽しそうに、幸せそうに待っているものだから、何も言えなかった。

 だから、この苛立ちやリリー様をとられる嫉妬心は、やってくる王子にぶつけてやろうと初めから決めていたのだ。ちょっと暴言を吐けば、引きこもっていた弱い王子など泣いてメバルディ王国(おうち)に帰るだろうと踏んでいた。

 それなのに思ったよりも王子はしぶとくて、妙に鋭い男だった。ただの馬鹿なら何の心配もしなかったのに。あの男のせいで余計な心配事が増えてかなわない。

 リリー様の天使のような可愛さを一目見れば惚れてしまうのは分かる。しかし、あの引きこもりの馬鹿王子は普通ではないのだ。卵から孵った雛鳥が初めに見たものを親だと思い慕うように、引きこもりが外に出て初めて出会った美しい娘、リリー様に恋をしてしまった。

 なんという悲劇だろうか。

 じっと部屋に引きこもって本を読んでいたような根暗な男だ、悪質なストーカーになるに違いない。リリー様から引き離さなければ……!

 リリー様もシルヴィンを好きかもしれない、なんて考えは一切持たないアイリシアは、ただひたすらに熱狂的な王女様ファンをどう追い払おうかということしか考えていなかった。

 そんな時にちょうどシルヴィンの怪しげな動きを発見し、あまつさえ王妃様の私室に続く隠し通路を何故かすんなり見つけて入って行く様子を見て、アイリシアは決めた。

 こいつを牢屋にぶち込んでやろう! と。

 リリー様の安全を守るため、誰にも知られてはいけない秘密を守るため、そして何よりもアイリシア自身の鬱憤晴らしのために。

 やっと邪魔者の王子を引き離したというのに、部屋にリリー様の姿がない。


「リリー様、一体どこに行かれてしまったのですか……?」

 アイシリアには珍しく、泣きそうな声音になってしまう。他のことならば何でも冷たくあしらってしまえるが、リリー様のこととなるとそうはいかないのだ。心配で心配でたまらない。あんな王子なんか無視してずっと側についていればよかった。あんな身体で一人、どこに行ってしまったのだろう。

 アイリシアは不安に押しつぶされそうになりながらも、シルヴィンへの恨みの感情を原動力にしてリリー様を探すために行動を開始した。



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