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愛と修羅な人生  作者: 成瀬ケン
第一章 契約 魔王と天使
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さらわれた俺様


 気が付くと俺は別の場所にいた。




 慌ててソファーから飛び起きた。ぼやけた視界に映るのは、アルミ製の机とスチールロッカーが数個、それとソファー。その殺伐とした造りから、どこかの事務所らしい。両手は後ろで縛られている、完全なる拘束だ。壁際にはスーツに身を包んだ男達が数人。俺が起きたのを確認すると、ひとりが隣の部屋に消えていく。


「なんの真似だ? 俺様を拉致(らち)るなんてよ」

 ムカつきを覚え問い質した。だが奴らはなにも答えない、ただ煙草の煙を吐き出すだけだ。



「チッ、シカトかよ。勝手にしろや」

 俺は考えた。この男達はさっきの強盗の仲間か。拉致られたのは俺だけか、他の奴らは無事だろうか。

 それともうひとつ気になることがある。

「おめーはいつまで、俺様の頭に乗ってんだ」

 それはあのネコだ。こんな状況だってのに、俺様の頭の上に乗ってやがる。多分あのどさくさで連れてこられたんだろう。そして俺が飛び起きた直後に、咄嗟に乗り込んだ。とは言えこの状況じゃどうだっていい。


 そのとき隣の扉が開き、新たな奴が現れた。黒いスーツに身を包む四十歳程の男。髪をオールバックで撫で付け、俳優のような端正な顔つきをしてる。他の男達と違い、着る服も身から放つ雰囲気も気高い高貴さを放ってる。っても、ゆるく言ったら金持ちのオッサンだ。



「てめーがボスキャラか?」

 ムカつきを籠めて睨みを利かす。しかしオッサンは答えない、怪訝そうに眉をひそめるだけ。多分頭の上のネコがおかしいって思ってんだろう。それに後方のデカイ男が耳打ちする。『捕まえようとしたのですが、すばしっこくて』そう言った。


 それを聞き入り、再び俺に視線をくれる。


「怪我は大丈夫なのか?」

 言って歩み寄った。

「掠り傷さ、たいしたことねぇ」

「どうやらそのようだな。まったくたいした回復力だ。医者も舌を巻いていたよ」

 そして目の前のソファーに腰掛けた。

「医者だって、俺を医者に診せたのか?」

 俺は自分の腕に視線を向けた。確かに奴の言う通り、腕には真新しい包帯が巻かれている。かすり傷なのに大袈裟な処置だ。



「医者に診せる為に、俺様を気絶させて、サラって、紐でふん縛った訳じゃねーよな?」

「そうだな、キミを殴ったのはすまないと思っている。ウチの島木(しまき)が興奮してな『お嬢が、お嬢がぁ!』なんてテンパってしてしまって、つい仕出かしたことなんだ」

 オッサンの後方のガタイのいい男が島木っていうらしい。ヘラヘラと苦笑して、気まずそうに頭を掻いている。

 確かにこんなデカい男に殴られれば意識もぶっ飛ぶだろう。そう思って奴を見据えた。そのデカい風貌どっかで見た気がする。




「貴様を縛ったのは成り行きだ。いきなり殴られて、違う場所に連れてこられたら暴れるだろ普通」

 オッサンか言った。確かにそいつも納得だ。縛られてなきゃ、ここにいる奴ら全部、半殺しだ。


「だが、もうその心配もあるまい。島木、縄を解いてやれ」

 こうして俺の拘束は解かれた。



「とにかく、何故俺を拉致った? コレじゃ犯罪だ。誰かが通報したらどうする気なんだよ」

 体を解きほぐすようにコキコキと首の関節を鳴らす。ネコを引き剥がしソファーに置いた。

 確かにこいつら、悪い奴らではなさそうだ。だが意味は分かんねー。モーリーが通報でもすれば警察が動くことは間違いない。


「警察は動かんわ。店は元通りに直した、強盗共はサラってカニ漁船に乗せた。数日後にはベーリング海だろ。じゃから証拠は残っておらんでのう」

 だが、そのオッサンの台詞で絶句した。

「娘は隣の部屋で寝ている。もうひとりの店員は、口止め料を払ったらヘラヘラして口を噤んでくれたわ」

 実際有り得ない返答だ。こいつらは俺だけじゃなく、あの女も拉致ったって訳だ。あのモーリーのクソ外道が金で売った結果だ。マジムカつく、無事に帰れたらぶち殺す。



「それと、お前には礼を言っとく。娘を助けてくれてありがとう。お前は娘の命の恩人だ」

 そう考える俺に、何故かオッサンが深々と頭を下げた。同時に場が沈黙する。その場の全ての視線が、俺に注がれた。


「命の恩人って」

 その意味が分からず俺は言った。しかしオッサンは堂々たる態度。煙草を口にくわえ、傍らの男が差し出す火を点ける。


「そうだ恩人だ。白城(しらき)マリアの」

 その表情が綻ぶ。口元を緩ませ目尻が落ちてる。そいつの顔を思い出してニヤケているらしい。



「………………誰だそれ?」

「誰だって、可愛いマリアちゃんだよ」

「だから誰だって聞いてんだ。マリアなんて奴、俺様が知る訳ねーべよ」

 俺は言った。実際意味が分かんねー、マリアって誰だ。自分が知ってるからって、他人が知る訳ない。俺様にとって他人は他人だ。


 そんな俺様を怪訝そうに見つめるオッサン。戸惑うように身動きを止めた。


「さっきまで一緒にいたじゃろ。言うにこと欠いて、あれほど可愛いマリアちゃんを知らんとは、摩訶不思議じゃろ?」

 煙草の煙を吐き出し、語気を荒げる。


「もしかして、あの醤油女か?」

 さっきまで一緒だったとすると、あの女しか思い浮かばない。一応助けたといえば助けた。多分そうだ。


「醤油女だぁ?」

 しかしその台詞にオッサンの表情が一変する。

「島木、道具(エモノ)持って来い。このガキ斬り伏せる!」

 額に青筋を立てて、ソファーを立ち上がって吠えた。


 実際こいつ意味が分かんねー。やること大胆、言葉遣いおかしい、しかも情緒不安定。まるでヤクザだ。


「暴れないで下さいボス」

 その状況に堪り兼ねたか、島木が言った。

「黒瀬さん冷静になってくだせぇ。あのお方は、白城マリア様。貴方の学校に転校したお方ですよ」

 そして俺に向き直り言った。



 オッサンはハァハァと息急ききるだけだ。誰もが固唾を飲んで、俺様の返答を待ち構える。流石にこれ以上、こいつらを刺激するのはヤバいかも知れん。


 仕方なしに俺は考えた。頭にいくつかのキーワードが浮かぶ。先ずはこの島木って男、どっかで見たことある。多分あの時の男だ、黒塗りの高級車を運転してた男。


 それにその時に漂ってた匂い、それにも覚えがある。さっきコンビニに漂ってた匂い。そう思うとマリアって名前も聞き覚えがある。太助達が言ってた転校生の名前だ。




「成る程な。あの女、ウチの転校生なのか」

 俺は理解した。あの醤油女がウチのガッコーに転校してきた女、つまりオッサン達が言ってるマリア。俺はそれを助けたってことだ。



 その台詞に、呼吸を整え睨みを効かすオッサン。

「やっと気付いたか、この唐変木(とうへんぼく)が」

 俺を覚めた視線で睨んでる。


「気付いたわ。だがそれがどうしたってんだ」

 俺はムカつきを籠めて返した。別に良いじゃんか、俺があの女の事を知らなくても。赤の他人に怒られるすじあいはねーっての。


「まったく、おとなしく静かに対応しようとすれば、このザマだ。データー通りの修羅野郎だな」

 オッサンは呼吸を整え、胸元から手櫛を出して、髪を整え始めた。


「データーだって?」

「悪いが、お前の行動は一ヶ月監視させて貰っていた。黒瀬修司、通称シュウじゃったな」

「はぁ、なんで俺様のフルネームを? しかも監視だと、意味分かんねーぞ俺様のストーカーか」

 ホント意味わかんねー。何故そんな事をしてるんだ。


 そう言えば修羅の頃、同じような奴が居た。そいつはある程度の権力を持ってた奴で、金が有り余ってよからぬことに情熱を注いでた。それは男色の気、金持ちの道楽だ。そんなことにうつつを抜かすから結局俺達の勢力に滅ぼされた。



「なんだ、その顔は?」

 そう考える俺の面を、探るように見つめるオッサン。

「帰らせてくれ。その趣味は無いんだ、クラスの噂は全部デマだ。だから……」

 俺は立ち上がった。


「待て、話は済んでいないぞ」

 オッサンも慌てて立ち上がる。何故にそこまでして俺を引き止めるんだ。確信した、このオッサン俺の身体を求めてる。


「性欲絶倫の中年オッサンは嫌だってんだよ!」

 堪らず吠えた。




 室内が沈黙で包まれた。誰もが度肝を抜かれ、俺とオッサンを交互に見つめる。



 オッサンのコメカミに、青筋が浮き立つ。


「誰が性欲絶倫の中年オッサンじゃ、ワシはまだ四十三歳じゃぞ! 何が悲しくて、ワレのような小僧のケツに興味持つんじゃ!」

 興奮したように、俺の胸ぐらを奪い取った。

「オッサンつったらオッサンだべよ! 人のプライバシー観察する奴は、変態オッサンだってんだ!」

 呼応して俺もオッサンの胸ぐらを奪い取る。ここで奴に負ける訳にはいかねー、我が身が大事だ。



「ワシは男なんて興味ねー、マジで首飛ばしたろか? 島木、拳銃(チャカ)持って来いや。ハンパなガキとっちゃるけぇ!」

「オッサンどこの出身だぁ、台詞が分かんねーぞ!」

「ワシは47国語話せるんじゃ、なんせ大物じゃからな!」

「47都道府県の間違いだべ!」

 こうして俺とオッサンの口論は続く。完全なる水掛け論、出口の見えない虚しき争い。それは知ってる。だけど引けない、引いたら負けだから。



 そしてその思いは、オッサンも同じようだ。俺を握る腕に力を籠める。

「ワシは本気で本気で、野郎なんぞに興味ない! 大体にしてワシが狙っちょるんは、クラブ・オスカーの愛ちゃんじゃ!」

 思いの丈を吐露するように一気に吐き出した。


「オスカーの愛ちゃん?」

 その新たなるキーワードに、俺は上目遣いでオッサンを見据える。オッサンは無言だ。勢いで口走った事を後悔するように何も無い宙を見つめる。力なく、俺の胸ぐらから腕を放した。



「愛ちゃんって、あの二十歳の娘ですか」

 島木が言った。その後方では男達が、『姐さん一筋じゃなかったのかよ』とか、『ボスは若い女が好きなんだ』とか、『それって不倫』とか、『一千万ぐらい貢いでんのにな』とか、ひそひそ囁きあっている。



 それで理解した。このオッサン、男色じゃなくロリコンだって。とは言えどっちにしろ変態だ。それでも取り敢えずの危機を回避して俺はホッとため息を吐く。オッサンの胸ぐらから腕を放した。

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