場違いな客
そう思う俺。ハッと我に返り店の入口に視線を向けた。いつの間にか新しい客が来店してた。予測通り、愕然とこっちを見つめてる。
「客っすよ、先輩」
俺はモーリーに耳打ちする。
「おっとミミちゃんからだ」
しかしモーリーは上の空。ケータイを大事そうに見つめ、奥の部屋に消えていく。ホント使えない奴だ。仕方ない、俺が対応するしかない。
「いらっしゃいま……」
挨拶しようとして、呆気に取られた。入店してきたのは異様な風貌の三人組。野球帽とサングラスで顔を隠したやせ形の男と、真っ黒なフルフェイスをかぶった大柄な男。それと頭からすっぽりと目だし帽をかぶったチビ。『最近風邪気味で』とか『俺のバイク、おニューだぜ。ヘルメットは中古品』とか『顔を隠さなきゃ、コンビにも行けない』とか、言い訳がましい台詞を吐いているが、完全に怪し過ぎる。どこからどう見たって強盗の類だ。
「やはりコンビニって凄いのですね。沢山の商品が並べられています」
しかし女はその状況を全然理解してない。呆れ返る程、輝かしい笑顔を見せて俺様に喋っている。なんなんだっての、コンビニがそれほど珍しいか。確かにこのコンビニ限定なら珍しいが。
そんな様子を他所に、男達は雑誌コーナーに進む。どうやら死角をつこうとしてるらしい。だけど地の利はこっちにある。なんせ防犯モニターで丸見え状態。それも知らず奴らは互いに視線を合わせヒソヒソと打ち合わせしている。
「先輩」
「シュウさんお静かに。今、ミミちゃんにメールしてるんだから」
俺の問いかけを無視して、モーリーはメールに夢中。つまりこいつは戦力外。元々あてにもしてねー。
因みにミミってのはモーリーの彼女の名前らしい。っても普通の彼女じゃない。メイドカフェの店員、モーリーの一方的な妄想。
全ての状況を把握した現在、この場の主導権を握るのは俺様だ。古今東西、それを手中に納めた奴が勝利を手にしてる。先ずは見極めるんだ、戦ってのはいきなり始まらない。最初は仕手戦、静かなる戦い。
ゆっくりとこっちに向かって歩き出すチビとやせ形。残る大柄は入り口付近に足を向ける。さしずめ見張り役と実行役って構図だ。
「このお醤油は、明日のお弁当の為に必要で」
女はまだ、ひとりで会話を続けてる。どうやらこいつも現状を理解していない。このままじゃ邪魔になることは必至だ。
「こっちに来てな」
そう思って、肩を掴みレジ側に引き寄せた。それに気づいたネコが肉マンのショーケースの上に飛び乗った。
「あっ! あ、あなたのお名前は? 私は……」
ハッと息を吐く女。瞳をキラキラさせて俺を見つめる。混じりっけない澄んだ瞳、油断すれば吸い込まれそうな危険を覚える。
それを遮るように、視界で鈍い輝きが閃いた。
「金!」
それはナイフだ。チビが目の前にナイフをかざしたんだ。
だが俺は動じない。
「商品は買わねーのか?」
こいつらが強盗なのは間違いない、最後通告の意味も含めて問い質す。
「金だよ小僧! こいつが見えないのか?!」
しかしチビも躊躇わない。ナイフをチラつかせ大声で叫ぶ。
そのやり取りで、モーリーもやっと事態を理解したようだ。蒼白になって奥の席から立ち上がった。実際この男、ミミに夢中すぎだ。防犯モニターの意味がねーっての。とは言え、確かにこいつみたいなパンピーならビビりもするだろう。
「客、じゃねーんだな!」
俺は吠えた。息を飲んで武装体勢をとる。
「こいつはオモチャじゃねーぞ!」
ナイフの軌道が俺の首筋を狙う。俺は右に身を逸らし、それをあっさりと躱す。その反動でチビがよろめき、レジに胸を打ち付けた。
「あめーんだよ!」
その背中を押さえ捲くし立てた。その様子を残りの強盗が愕然と見つめてる。
「先輩、こいつ、頼みます」
俺は言った。こいつをモーリーに任せたら、残りの強盗も一気に始末してやる。だがモーリーの動きは超スローだ、何かが転がるような、コロコロって音に興味を引かれてる。俺はムカつきを覚え、その方向に視線を向ける、そして絶句した。
コロコロって音は、醤油のペットボトルが転がる音。そしてそれを追いかけて、女がレジから抜け出る。
おいおい、おめーはなにしてるんだ。ウサギを追って穴ぐらに飛び込むアリスか? そんなんじゃ不思議の国に迷い込んじまうぞ。
「つかまった」
「つかまえた!」
意気揚々と醤油を拾い上げる女。だがその身柄をやせ形に押さえられた。小柄な体をねじらせ反抗するが、それでも成す術無く後ろ手を取られた。
「仲間を放せ!」
やせ形が叫ぶ。懐からナイフを取り出し女の首筋にかざした。モーリーは素直なぐらいあっけなくチビの背中から離れ、壁際に張り付いた。
「てめー、卑怯だぞ。女を放せ!」
「馬鹿だろお前。そんなこと言われて放す馬鹿がどこにいる」
その台詞で唇を噛み締めた。人質を取られた状態じゃ、いくら俺でも太刀打ちできない。握り締めた拳を静かに下ろした。
チビはその様子を見つめ、安心したようにホッと胸を撫で下ろす。俺を押し退け堂々とレジに侵入すると、怯えて這いつくばるモーリーを尻目に、悠々とレジから現金を抜いていく。金額にして数万円、俺のバイト代の何時間分だっての。
とにかくどうにかしないと。問題は人質を捕られている事。その状況下、『お話は終わってないんです』とかって、女は必死に藻掻いている。実際分かってんのか、お前は人質なんだぞ、相手を刺激するなっての。
人質さえいなければ、こんな三人ソッコー返り討ち。なんかのきっかけでもあれば……
「ミャァ!」
その時突然、ネコが飛んだ。そしてやせ形の頭に飛び降りる。その行為に、慌ててふためくやせ形。うっ、と息を吐き、女を握る腕を放した。
「いいぞリキ! 女、早く逃げるんだ!」
俺は言った。流石に呆れた展開だが、まさに千載一遇のチャンス。女がこのまま逃げてくれれば、再び俺達に有利な状態になる。
だがそんな望みは虚しいだけだ。
「こういうことは犯罪というのですよ。警察さんに捕まりますから止めた方がよろしいと思います」
女は男達が強盗団だってことをまったく理解してなかった。相手を心配し心から注意している。
誰もが戸惑い立ち尽くす。女の天然ぶりにも戸惑うが、危険きわまりない業界用語にも度肝を抜かれた。……普通デコスケなんて言葉、パンピーなら使わねーぞ。
やせ形の口元に笑みが浮かぶ。
「警察が怖くて、こんなことやるか。俺達は犯罪者、連続コンビニ強盗団なんだよ!」
意気揚々と女目掛けて腕を伸ばす。
「まさか、本当の強盗さんなのですか」
女の表情が青ざめた。流石に事態を理解したらしい。
「日本刀や拳銃で武装しているのですか!」
瞼を瞑り、恐怖に戦くように腕を振り払う。勢い余ってやせ形の頬をひっぱたいた。
場が沈黙に包まれた。この場でいうことでもないが、女の攻撃は、護身術でも習ってんじゃないかっていう程強烈なもの。それを如実に表すように、やせ形の頬は真っ赤に腫れ上がり、サングラスが外れかかっている。ハァハァと乱れた呼吸、真っ赤に染まる鬼の形相、血走った視線をぴくぴく動かす。
「てめー! 女のくせに、俺に暴力を振るったな!」
怒り狂ったようにナイフを手前に引き出した。本気で女を傷つけるつもりだ。女は微動だにしない。ただその場に立ち尽くすだけ。まさに絶体絶命のあり得ぬピンチ。
「逃げろって!」
それを止めさせようと俺はレジを飛び越えた。それでも絶対的な距離が違う。制御に入るより先にナイフが突き刺さるのは明白。
そして響き渡る鈍い衝撃音。視線に映るのは、宙を舞うどす黒い液体。
よたよたと後ずさるやせ形。その顔にはポツリポツリと、黒いシミが浮かんでいる。
女の方はレジカウンターに背を預けて座り込んでいた。ハァハァと浅い息を吐いている。白いコートの胸元がどす黒く染まっていた。