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愛と修羅な人生  作者: 成瀬ケン
第一章 契約 魔王と天使
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迷い込んだ天使



 午前零時を過ぎた店内は、客の姿もなく静かなものだ。時折酔ったサラリーマンや、夜遊びしてたヤンキーが来店するぐらいで退屈そのもの。

 俺はレジカウンターにうな垂れて夢見ごこちでいた。視点の合わない視線で、ウインドーの外を眺める。元々閑静な住宅街に建てられた店舗だ。通りを行き交う車は少なく街路樹脇の街灯が力なく灯っているだけ。まさに暗闇の世界、寒さだけが支配する冬の世界。


 それに対して店内は暖かい空気に包まれている。睡魔に(いざな)われるように、ゆっくりと瞼を閉じた__




 __俺の見る夢の多くは過去のビジョンだ。つまり志半ばで最後を遂げた、修羅界の夢__



 かつて俺と死闘を演じた男が言った台詞がある。

『希望に満ちた夢ってのは、所詮夢さ。夢ってのはよ、浅い眠りの時見るもんだろ? 本気の覚悟がない、だから実現しないって事さ。だけど深い眠りの夢は例外だ。分かるかシュウ? 深い夢ってのは、深層心理で見るもんだからさ。深層心理ってのは、人間が持つ本気の欲望だからな。だけど笑うよな、深層心理で見る夢は例外なく悪夢なんだからな……』


 俺はその台詞を確かにそうだと思っている。人間の姿に堕ちた今となっては、修羅界の夢など所詮夢でしかない。手をかざしても掴めない天空の月と同じ。歯痒(はがゆ)いだけの悪夢__







 修羅界での俺は、破竹の勢いで領土を広げていた。覇王と呼ばれた、大阿修羅リキ丸と共に。


 過去何万年と遡っても修羅界の統一を成した者はいない。一騎当千の戦士、戦略に長ける知将、名だたる猛者をもってしても、それを成し遂げた者は居なかった。それを実現させようとしたのがリキ丸。

 六界の慣わしとして、各界の王は時の大樹に謁見(えっけん)する。リキ丸もそれに習い、修羅界の王として謁見を果たしていた。つまりそれは修羅界の王として、他の世界の承認を得たも同然。

 リキ丸こそが修羅界統一にもっとも近い最強の勢力だった。




 もちろんそれは一筋縄ではいかぬ所業だった。次から次に起こる争乱、連日連夜の死闘。修羅界は広大な世界だ、未開の土地には未だ幾多の蛮族が潜んでいた。俺達が撃破した輩の遺恨の火種もくすぶったまま。

 誰もが長く続く戦乱の世に飽き飽きしていたのも事実。戦えど戦えど先は見えず、捻じ伏せようと叩き潰そうと、新たなる敵が出現する。まるで出口の見えない迷路、虚ろなる幻想、浅い夢でも見ている心境だった。


 だが俺達の覚悟は固かった、刃向かう輩は力でねじ伏せればいい。文句を言う奴は逆賊、(ことごと)く捻り潰すだけ。元々修羅は戦いこそが全て。目指すは修羅界の統一。それを成してこそが、大阿修羅王。俺達がその称号を奪わずなんとなる。

 感じろ修羅の宿命。想像しろ延々と続く屍の大地、真っ赤に染まった血の荒野。まるで舞い散る桜の花びら。その直中で酒を煽って宴を開く。それこそが修羅。


 俺達はその宿命の下突き進んだ。同じ戦場に戦い、志ひとつに歩む同士。死ぬ時は同じだと固く誓った仲間だから。


 信じていたんだ、必ず修羅界を統一できるって。誓ったんだ、必ずリキ丸を最強の阿修羅王にするって。



 その時までは__

 






「……シュウ、いつまで寝てるんだ?」

 そのモーリーの声で飛び起きた。寝ぼけまなこで辺りを窺う。整然と置かれた、商品の陳列棚。白く映える室内灯。暗黒に浮かぶ外の景色、全てがいつもの光景。いつものバイト先の表情。全てはまぼろしだったようだ。眠気から出現した夢の世界。


 壊れたドアの隙間から、心地よい匂いが流れ込んでいた。幻だろうか、黒い小動物の姿が浮かぶ。


「ミャァ」

 幻じゃないネコだ。黒い毛並みの子ネコ。ドアの壊れた隙間から侵入してきた。俺とモーリー、愕然とその様子を見つめる。


「ダメですよ、リキちゃん」

 続けて入店する白いネコ……天使か。……いやネコじゃない、天使でもない、人間だ。白いコートを着込んだ、俺と同じ年ぐらいの女。



「こんばんは、お邪魔します」

 入り口で一瞬立ち止まり、ペコリとお辞儀した。肩まで伸びる亜麻色の髪が揺れる。ふわりといい匂いが鼻をくすぐる。


「リキちゃん、大丈夫ですか」

 白いコートの裾をはためかせ、奥のコーナーに歩みだした。





「可愛いな」

 暫く後、モーリーが言った。鼻腔が開いて、口がだらしなく垂れ下がっている。こいつがこんな表情するのは好みの女を見た時だ。確かに良い女だと思う。奴が食いつくのも納得出来る。だけどこんな若い女が、こんな夜更けに来店するなど普通じゃない。



 そんな風に視線をくれる俺を余所に、女は奥の方に進んでいった。



「さぁリキちゃん、どれがお好きですか?」

 俺は愕然となった。その視線に飛び込む光景、マジあり得ない。惣菜コーナー辿り着く女。突然商品のパッケージを開封し始めた。しかも無造作に片っぱしから。どうやらネコに食わせる気らしい。


「この肉じゃがはどうかな。本当なら作って差し上げたいんですけど」

 その屈託ない笑顔。完全に悪気はないらしい。




「先輩、荒らしですって」

 俺はモーリーに言った。しかし奴は動かない。奴は夢の彼方、己の世界に飛び立った。



 その間に女は次々とパッケージを破り、床に並べていく。床は惣菜で溢れ、まるで宴会状態。



 俺は仕方なく単身歩み出す。馬鹿な先輩よりも店が大事だ。



「おめー、お金も払わないでなにしてんだよ?」

 女に歩み寄り言った。だが女は少しも気にしない。

「店員さん、夜中までお疲れ様です」

 はっとしたように俺に向き直り、深々と頭を下げた。つられて俺も頭を下げる。礼には礼、当然だ。


「リキちゃん、どうして食べないんです?」

 女は再びしゃがみこみ、ネコを見つめる、ネコは戸惑う様子だ。


「食う訳ねーべ。肉じゃがや冷奴なんか。ましてやイカゲソなんて」

 俺は言った。女が並べるのはネコからしたら食ってはいけないものばかり。玉ねぎに青ネギ、それと烏賊だから。俺は昔、ネコを飼ってたから知ってる。



 言い放つ俺を、きょとんとして見上げる女。透き通るような大きな瞳だ。

「もしかしてこいつ、おめーのネコじゃねーのか?」

 違和感を感じて言った。食わしていい食材と、ダメな食材ぐらい、ネコを飼ってる奴なら大体分かる筈。それが理解不能ってことは、ネコを飼った経験がないってことだ。


「そうなんです、実は」

 しゅんとして項垂れた。小さい身体がますます小さく見える。



「こいつ、リキって名前なのか」

「咄嗟に思い付いたんです」

「咄嗟にしては、いいネーミングだ。どっかで拾って来たのか」

「ありがとうございます。そのリキちゃんが、アパートの外でニャーニャー鳴いていたので」

「のらネコってことか」

「世間一般的に言って、そうですね」


 つまりこの女、外でノラネコが鳴いているのに気付き、ここまで連れてきたらしい。確かにこいつ泥で汚れているし、右目の上に大きな傷痕がある。飼いネコならここまではならないだろう。



 俺は呆れて息を吐いた。


「金は持ってんだろうな」


 視線をあげる女。こくりと頷く。


「子ネコなら暖かいミルクで充分だべ。もちろん散らかした商品はお買い上げ頂くがな」

 言ってドリンクコーナーを指差した。普通ならキャットフードだろうが、さっきの万引き犯に全て奪われた。明日になったら、ちゃんと手配しなきゃ。




 キラキラした視線を放ち、立ち上がる女。

「ありがとうございます」

 一礼してミルクを吟味始める。とは言え何故か醤油やマヨネーズまで手に取り、まじまじとにらめっこしてる。見てる俺の方がハラハラ状態だ。





 それでも悩みに悩んだ末、ミルクと醤油を両腕で抱きしめて、こっちに歩み寄ってくる。


「すみませんこれでお願いします」

 ニコニコと笑みを浮かべてそれを差し出す。もちろんパッケージを破った商品は買い取りだ。モーリーにぶつくさ言われながら、俺がパッケージし直した。こういう衛生的なことは、モーリーには任せられない。いつだったか、あの女子高生可愛い、と言って、ホットドッグに唾を吐きかけたことがある。もちろん未遂に終わらせてやったが。



 一方の女は財布とにらめっこしてる。


「百円玉は銀色の穴の開いてない方。開いているのが五十円で、小さいのが一円玉……」

 ぶつぶつと呟き、なれない素振りで硬貨を確認する。まるで初めてお金の存在を知った小学生レベルだ。

 それでも俺の興味は別の方にあった。微かに見える財布の中身、ぶ厚い何かが覗いていた。正常な心理で見つめればそれは札束。だが本気で普通に考えればそれ事態があり得ない。



 ネコはミルクをうまそうにピチャピチャと舐めてる。モーリーが気を利かせて温めたものだ。普段は文句ばかり言ってるくせに、美人相手だとこれだ。




「誰か、優しいお方に、飼って頂けたらいいんだけど」

 その様子を見つめ、ふっと浅い息を吐く女。その台詞から察するに、アパートじゃペットは飼えないってことだろう。


 だったらこんな偽善、早いとこ止めとけ、俺はそう言いたかったが止めておいた。酷だけどそれがこの世の摂理。所詮弱肉強食、自ら生きる強さがなければ生き残れない。


 そして沈黙が支配する。



「シュウの家って、確か一戸建てだよな」

 突然モーリーが言った。


「はぁ? 確かに一戸建てだが」

 俺は答える。確かに一戸建てだ。まだまだローンが残る、木造建築の古い中古物件。何度か車が突っ込んで、所々継ぎはぎだらけ。それでもお袋と親父、それと俺様の三人が住むには問題ない。


「シュウはネコ派か、犬派か?」

「まぁ、ネコっすね」

 犬は俺様のライバル。完全なネコ派だ。


「決まりだな。そのネコの飼い主はシュウ」

 そして大胆にも言い放つ。


 俺は耳の穴をかっぽじった。この外道、俺様にネコを押し付ける気だ。ドアの一件を理由にして。

さっきまで一弥の追い込みに恐怖してた奴とは思えない。流石にムカつきを覚えた。誰が主導権を握っているか、少しは教えてやる。


「てめー、マジ調子こいて……」

「本当でしょうか!」

 だがその俺様の台詞を女が遮った。



「ミャァ」

 ネコもなにを血迷ったか、俺様の頭の上に飛び上がる。俺はマジンガーZか。


「ほら、ネコもシュウがお気にだってさ」

「素敵です」

「ミャァ」


 その三人の和やかな会話を訊き、俺は立ち尽くす。





 なんなんだ一体。ここはマジコンビニか? 壊れたドア、貼られたガムテープ。惣菜の散らばった床。辺りに漂うミルクの匂い。頭にネコを乗せた店員。それを和やかに見つめる店員と女。


 知らない客が来たら戸惑うぞ。

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