捨て駒
「そろそろ話してくれよ、王城は何を企んでるんだ。マリアを付け狙う理由があんだべ?」
トイレにいくなり、俺は訊いた。
しかしオッサンは答えない。返答に困るような、困惑した表情だ。
「教えてくれなきゃ、俺だってやってられねーぞ。直接はどうか知らんが、この前の武装チームの件と、今日の火事の件は、あのコゾーが裏で手を下してた。何で親族である奴が、そんな事すんだよ」
俺は畳み掛けて語気を荒げる。実際ムカつく。王城に対してもそうだが、オッサンの焦れったい態度にもだ。
ダン! 音が響いた。俺はゴクリと唾を飲み、眼前を見つめる。視線に飛び込むのは、数センチ手前に迫ったオッサンの顔面。チラリと横を見据えると、オッサンの腕が壁に押し付けられてる。……つまり俺は、オッサンに壁ドンされたのか?
「じゃったら教えてやる。訊いた後で尻込みなどさせんぞ」
オッサンの表情は真剣そのものだ。俺はその気迫に気圧されて、声も出さずに首を縦に振る。直感で分かった。俺はとんでもねー事に巻き込まれかけてるって。これ以上訊いたら、ものすごいトラブルに巻き込まれるだろうって。だけど俺から訊いた手前、引き下がる訳にはいかなかった。
腕を戻し、煙草をくわえて火を点けるオッサン。
「奴は、王城はマリアと同じく、我がグループの頭首候補なんだ」
そして言った。
「頭首候補ってのは、ミカドグループの後継者って事か。マリアって訳じゃねーのか」
俺はマリアこそがミカドグループ次期頭首だと思ってた。あいつはグループ頭首、白城永吉の一人娘だ。だから自ずとそうなるって思ってた。
「我が一族は、世襲ではない。主だった親族が集まり、会議を開き、次の頭首を決める」
「確かにそうだわな。血筋だからってただの馬鹿が世襲したら、デカイ会社だってすぐに潰れる。そもそも世襲なんか、ヤクザ組織でも廃止傾向にある」
「血筋は大切だ。しかしそればかりじゃいかん。何事にも適任という言葉がある。荒波に打ち勝つ力強さを持ち、人を引き付ける魅力を備え、困難をも乗り越える勇気を持つ。その力量を備えた者が、次期頭首となるんだ。その検証の意味を含むのが聖王への転入、それと一年間の一人暮らし。可愛いには旅をさせろ、と言うじゃろ。獅子は千尋の谷に我が子を突き落とす。非情じゃが、それがワシらのやり方なんだ。全てはあの子の力量を測る試練」
極端なやり方だが、少しは理解もする。可愛いからっていつまでも箱の中じゃ生きていけない。誰しもいつかは巣だつ。そして世間の荒波に揉まれ、様々な災難にぶつかる。そうして人は成長していく。ミカドグループのような大規模企業を率いる者なら尚更だ。
「つまり王城の奴も、その試練に挑んでるのか。マリアと同じく、一族の頭首となるべくして」
「いとこである奴にもその権利はある。じゃから奴も、名乗りを挙げた。奴の親父、つまりワシの弟は、権力に対する執着心が並々ならぬからな」
「つまり立場は同じって事か。同じ戦場に立ち尽くす敵同士。だから影から手を回し、マリアに嫌がらせしてる。世間の辛さを感じて、家に逃げ帰る事を狙って」
「マリアは頭首候補の最右翼なんだ。我が白城家はミカドグループ宗家。徳川幕府でいえば正当なる世嗣。それでも最低限、この家訓は為し遂げなければならない。途中で逃げ出せば、その意味は成さん。そうなれば自ずと奴が、頭首候補として頭ひとつ抜け出す」
「恐ろしい構図だな。まるで戦国時代」
戦国時代の主だった争いってのは、殆どは一族同士の骨肉の争いだ。織田信長は家督を継ぐため弟と争いをしてる。齊藤道三は息子に殺されている。その他にも政略結婚とか人質政策とか、一族による駆け引きをおこなってきた。よくよく考えると、ミカドグループの構図もそれに酷似している。つまり王城レイは、グループのトップに君臨するために、白城マリアに嫌がらせしている。
「だけど卑怯だべよ。その為に他の奴が協力するなんて。男らしくねーじゃん」
そこまで訊いて俺は考える。己の力量を測る試練なら、堂々とやるのが鉄則だ、正直矛盾してる。どうせやるなら、俺様みたいに堂々としろっての。
「言っただろう。我が一族は武士の家系なんじゃ。武家において、知略、謀略、策略をもって戦に当たるは当然至極。自らの力量とは、他人を動かす器量。持たずとも事をなしえる度量。よき家臣がいれば戦争は起こせる。正直貴様にはトップの力量は皆無じゃな。衝動で動くのは、ヤクザの鉄砲玉タイプじゃ」
「鉄砲玉って……」
俺は返す言葉につまる。流石の俺様もそこまでは考えてなかった。要は現代版戦国絵巻だ。グループの次期頭首候補が、それぞれ兵隊率いて、頭首争いを繰り広げてる。そして俺はその駒のひとつに過ぎないって訳だ。戦国時代でいう足軽。ヤクザ組織なら鉄砲玉。それを率いるトップは、のほほんと胡座を掻いてればいいだけ。
そんな風に思い耽る俺を余所に、オッサンは煙草を携帯灰皿にもみ消し、新しい煙草に火を点ける。
「この件はマリアは知らんのだ。真実を知れば己から辞退するじゃろうからな。だが王城は本気じゃ、本気でレイを担ぎ出し、マリアを次期頭首の座から引き摺り落とそうと画策しちょる」
そして火を点け言った。
「それは、奴の兄貴ってのも関係してるのか?」
「関係あるじゃろ。あれが死んだせいで、レイが次期頭首候補として担ぎ上げられた」
「つまりそれがなかったら、奴があそこまでマリアを憎む事もなかった」
それがマリアが言った『昔は優しかった』って意味かも知れない。代々一族に伝わるしきたりが、二人の関係に亀裂を生じさせた。
「奴が鬼哭館から転入してきたのは何故だ」
「詳しい話しは訊いておらん。おそらくはマリアを直接追い込む為。その方が手っ取り早いからな」
「だったら奴の病気ってのは」
「病気? マリアから何か訊いたか」
「いや、あいつは何も言わなかった」
「じゃったらワシも言わん。それが武士の覚悟じゃ」
「さっきから武士って、てめーはゴン太か」
そして会話が途絶える。訊きたい事はいくらでもある。だがこれまでの事を整理するので精一杯。正直戸惑いだけが支配する。少し前まで俺は、マリアを警護すればいいだけだ、って思っていたのに、実際は大規模な思惑に嵌められてたらしい。
「それでは話は終わりじゃ。早くマリアちゃんの元に戻らにゃならんからな」
そんな俺様の思惑も余所に、オッサンは親バカ全開モード。くるりと踵を返し、ウキウキ気分で歩き出す。
「けっ、とんでもねー事に巻き込まれたもんだぜ。だったらあのコゾー、今から追いかけて、捕まえてぶち殺してやろうか? 鉄砲玉らしく、奴のタマ、とってやるよ」
俺は馬鹿らしく感じて言った。その台詞に反応してオッサンはピタリと足を止める。
「相手が卑怯だからといって、同じような手段を講じる馬鹿がどこにいる。相手がどんな卑怯な手段を講じようが、ワシらは堂々と跳ね返すだけ」
オッサンは振り返らない。まだ火の点いた煙草を、掌で握りつぶす。
「そんなんじゃあっさり叩き潰されんぞ」
「その時はその時。汚い手段で勝利するより、無惨に潰された方がよっぽどましじゃ」
そしてオッサンは消えて行った。多分最後の台詞が本気の気持ちなんだろう。くちでは色々言ってるが、正義と悪の分別はつくようだ。勿論俺だって、そんな汚い真似する筈はない。奴が動かない限り、こちらからは仕掛けない。それが修羅のプライドだから。
とにかく奴とマリアの関係は分かった。奴ら一族のしきたり、それこそが三崎の言っていた、二人をつなぐ鎖って事だ。
三崎は俺がマリアの護衛してるように、王城の護衛をしてたんだ。そして弾正も護衛の一人なんだろう。
そして王城は本気だ。名声や権力の為に、本気でマリアに嫌がらせを仕掛けてる。つまりいつかは奴らともぶつかる。
そんな風に漠然と考えていたんだ。
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