真実
室内灯が灯る、白一色の病院待合室。鼻につくのは消毒薬の臭い。とはいえ心苦しさを覚えるのは、それだけが理由じゃない。
続く沈黙。マリアが治療室に入って数十分。俺やオッサン、ソウイチロウ達が会話を繰り出すが長くは続かない。待ってる時間が苦痛だ。
俺の両手には真っ白い包帯が巻かれている。全治数週間の火傷。俺なら数日で完治する自信がある。
「おじさん、マリアは無事なのかい?」
そこに別の誰かが現れた。
「レイ」
ぼそっと言い放つオッサン。
「うちの親父に言われてね。マリアの住んでるアパートが、火事になったって」
それは王城だ。後方には弾正を従えている。
「マリアなら、今治療中じゃ」
ゴホンと咳払いして言い放つオッサン。さっきまでの弱々しさや、いつもの馬鹿さ加減は見当たらない。威圧的な抑揚ない響きだ。
「酷い火事だったそうじゃん。あんなボロアパートに、住ませるからだよ」
王城は飄々たる態度だ。おどけて腕をかざし、口元に笑みを浮かばせる。どこからどう見たって、心配する素振りは見えない。
「おめーな、ボロアパートって」
俺はムカつきを覚えて立ち上がった。奴の胸ぐら目掛けて腕を伸ばす。確かにあのアパート、どこからどう見たってボロだ。だけど他人から言われたらムカつきを覚える。
あの火事、三崎単独の犯行だとは思う。だけどその件に関して、このコゾーも一枚噛んでる。何故って三崎があの場所を知り得る筈はないから。それだけミカドグループの偽装は完璧だった。ならばあの場所を教えたのは、このコゾーって事になる。
「止めろ」
だがその腕を、後方の弾正に振り払われた。野太い腕だ。丸太で殴られたような衝撃を感じた。
辺りに漂う醜悪な空気。誰もが息を飲み、その展開を見守る。
「お父様」
その空気を切り裂き、マリアが現れた。
「マリアちゃん!」
すかさず立ち上がるオッサン。大声を挙げてマリアに駆け寄る。ここは病院だぞ、っての。
「私は大丈夫です。それより、皆様にはご心配をお掛けしました」
言ってペコリと頭を下げるマリア。
「特にシュウさんには大変ご迷惑をお掛けしました」
そして俺に向き直り、一際大きく頭を下げる。
「おう、無事ならなによりだ」
俺は紅潮してそっぽを向く。火傷の怪我より、顔の火照りの方が酷い状態だ。
「私の怪我より、シュウさんのお怪我の方が酷いですね」
「こんなもん、医者が大袈裟なんだ。ボクシングのバンテージじゃあるまいし」
「拳闘士みたいですね」
無邪気に笑うマリア。その右手には、真っ白い包帯が巻かれている。他には怪我してる様子はない。端から見たら、俺の方が酷い有り様だ。
その様子を見つめ、ソウイチロウ達の歓喜の声が響き渡る。無事だとは理解していたが、こうして直接会うと喜びも倍増する。誰もが笑顔で、心から安堵していた。
しかし浮かない表情の人物が一人、それは王城。
小さく舌打ちして、怪訝そうにマリアを見つめている。俺以外は誰もが気付かないだろうが、醜悪な覇気を感じた。
「レイちゃん、来てくれたのですか?」
その空気を察せず、マリアが言った。それと共に、辺りから覇気が掻き消える。
「言ったよね、ちゃん、付けは止めてって」
言って歩み出す王城。
「よかった。無事そうで。連絡受けたときは驚いたんだよ」
「私はこの通り無事です」
「そうみたいだね。だけど気をつけなよ。キミはお嬢様だから知らないだろうけど、世の中ってのは、危険な事ばかりだから」
「そうですね」
淡々と会話する二人。楽しげなマリアに対し、王城の台詞には心が籠っていない。逆に残念そうな様子さえ窺える。
「しかし三崎の野郎は残念だったな。間違って火事にして、警察にしょっ引かれちまうんだからな」
俺は堪らず言い放つ。王城の真意が知りたかった。
はっと視線をくぐらす王城。
「翔君が」
漠然といい放ち、呆けたように口を開ける。その表情から笑みが消えた。どうやらその事実は知らなかったようだ。
「放火じゃねーとしてもだ、間違いなくあの火事は三崎翔が原因。己の愚かさに気づき、自ら出頭したよ」
そして続く沈黙。三崎の逮捕は、王城と弾正からすればかなりの衝撃なようだ。二人微動だにせず、その場に立ち尽くす。一方のマリアは、その意味を理解してない。おろおろ戸惑う素振りで、俺と王城、その表情を見つめてる。
「あはは、翔君、捕まっちゃったんだ」
突然王城が高笑いしだした。
「なんだてめー、何笑ってんだ?」
「あはは、ゴメンね。翔君、ボクらに隠れてそんな事してたんだ。散々言ったんだよ、マリアはボクのいとこだって。酷い事はしないでって」
そしてあっさり言い放つ。
「はぁ、つまり奴の単独だって言いたいのか?」
「勿論そうさ。翔君の女好きは半端じゃないから」
王城の言い回しは、人を食った、おちょくるような言い回しだ。俺達はともかくとして、仲間である三崎さえもおちょくっている。
「てめー、言ってる意味、分かんねーぞ。誰の為に奴が、あれだけの芸当したと思ってんだ!」
俺は心底吠えた。こいつらの関係や思惑なんかどうだっていい。それが奴らの生き方ってなら、好きにすればいい。問題は俺様の気持ちだ。王城の言い回しに、無性に腹がたった。
場に漂う張り積めた空気。笑顔を崩さず、カリカリと爪を噛む王城。その後方では弾正が危険な覇気を放っている。普段飄々としたソウイチロウも、やれやれといった状態で武装体勢を構える。誰かが迂闊に動き出せば、ここが戦場になることは火を見るより明らか。
「止めて下さい!」
その情況を引き裂くようにマリアが吠えた。
「レイちゃんはそんな悪い子ではありません。優しい子なんです」
俺と王城の間に立ち塞がり、必死に言い放つ。その様子はまるで幼子のようだ。現実はどうであれ真実は違う。そう言っているような気迫さえ感じる。
「シュウさんだって優しいお方です。喧嘩ばかりしてるけど、優しいお方。だから太助さん、一弥さん、真優さんなどに慕われている」
そしてその台詞で、俺は愕然となる。
「勘弁しろって。俺様は全然優しくねー。あの馬鹿どもは、勝手に関わってくるだけ。だからイヤやんだよ」
とんだやぶ蛇だ。まさか王城の文句を言って、俺に被害が飛ぶとは思いもしなかった。
「まぁいいや。所詮友情なんか、その場かぎりの茶番劇だしな」
俺は言ってそっぽを向く。確かに他人の関係なんかどうでもいい。それに首を突っ込んだ、俺様が馬鹿だっただけだ。
「流石は魔王だね。よく分かってるじゃないか。正義だとか、友情だとか、そんな事を言う奴は下らない」
王城が言った。その台詞、そっくりそのまま一弥に言えって思った。
「とにかくボクは帰るよ。マリアの無事が分かれば、ここにいる意味がない」
こうして王城は、弾正を従えてその場から消えて行く。
その後ろ姿を睨み、俺は考える。奴は直接ではないがマリアを狙っている。狙っている、ってよりは、嫌っていると言った方が正確かも知れない。だけど対するマリアは、その事実にまるきり気付いていない。気付いていないってより、幼かった頃のイメージが大きいんだろう。
「オッサン、便所行かねーか?」
俺は首をしゃくり、オッサンに言った。鍵を握るキーワードはオッサンだ。一族の家長であるオッサンなら、全てを知ってる筈。
静かに視線を向けるオッサン。その意味を感じ取ったか、無言で頷いた。




