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愛と修羅な人生  作者: 成瀬ケン
第三章 炎上 絡みつく鎖
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地獄の業火編4

 不意に耳なりが響いた。『大丈夫か』というおぼろ気な響き。グッと眼前を見据えた。



「そこだな!」

 今度はハッキリと声が聞こえた。同時に激しい水流が辺りを包んだ。そこに立ち構えていたのは銀色のジュラルミンを身に纏った消防士だ。激しい飛散は炎をグッと押し止める。水流に煽られ、黒煙が後方に身を逸らす。


「ここだぜ!」

 俺はありったけの大声を放った。

「よし! 退路は確保する、こっちに来るんだ!」

 消防士の答えと共に目の前から煙と炎が掻き消え、水流の道が形成された。



 それはキラキラと眩い程に輝いていた。まるで希望に溢れるように。俺達はその輝く道を真っ直ぐに駆け抜けた。






 __俺はまどろみの中にいた。意識はあるが記憶の彼方に。



 記憶の彼方であいつの声が響いた。『キラ、お前に必要なものは力だ。この世界は優しさだけが全てじゃない。優しさを力に変える勇気、それがお前をさらに強くする』リキ丸が見つめるのは、幼き少年。憂うような、それでも期待するような、慈愛に満ちている。


『シュウ……』今度は俺に向かって言った。何故だろう、嫌な記憶じゃない。和むような懐かしい響きだ。『お前に必要なのは優しさだ。拒むのではなく受け入れろ。誰かを愛し守ってみせろ。そうすればお前はさらに強くなる』




 それはリキ丸の残した最後の台詞だ。覚えていた、自ら封印していたんだその記憶を。


 あの時は、その意味が分からなかったんだ。あんたの解脱を阻止したくて必死だったから。

 その意味は今でも分からない。俺の中に流れるのは、闘いを求める修羅の狂気だから。それでもひとつだけ分かりうる事がある。それは、あんたが俺達の事をちゃんと見てくれてたって事実だ。

 俺達はあの時、修羅界での別れを済ませていたんだな__






 外に飛び出した俺の視線に映るのは、赤く煌めく光の世界。


 数台の消防車両が、赤い輝きを放ち停められていた。幾多の消防士達が消火ホースを携え、一心不乱に消火活動をしている。


 集まっていた奴らが駆け寄ってくる。その誰もが声を荒げて何かを言い放つ。それは俺達の無事を祝福する安堵の声だ。



 それを訊いて、俺はやっと自分達の生還を確信する。安堵感からがっくりと膝を折る。全身の力が消失して、その場にへたれこんだ。

 沸々と沸き上がる生きてる実感。空気はうまいし、見える光景も新鮮だ。普段ならうるさい、野次馬の喧騒も耳障りじゃなかった。



「黒瀬、無事だったんだね?」

 アニータが駆け寄ってくる。

「俺はどうでもいい。問題はこっちだ」

「マリアちゃんの方ね。彼女は無事なの?」

「わかんねー。一応は医者に診せねーと」

 マリアは俺の腕の中で、スヤスヤと寝息を発てている。だけど予断は許さないだろう。目立った火傷はしてないと思うが、あれだけの黒煙と熱気を浴びたんだ。中から(おか)されてる可能性もある。

 


「マリアちゃーん!」

 その時泣き叫ぶような大声が響いた。それは永吉のオッサンだ。慌てて駆けつけたらしく白いガウンを羽織っている。興奮から気違いじみた様相を顕わにしていた。

「とにかく病院だ」

 俺は投げ掛けた。涙目になり視線を向けるオッサン。

「シュウ、お主が助けてくれたそうじゃな。そんな火傷までして」

 その視線は俺の掌の注がれていた。



 そんな俺達のそばに、救急隊員がストレッチャーを携え近づいてきた。奥の方には救急車も待機している。それを見つめ、オッサンは俺からマリアの身体を奪い取る。『遅いんじゃ馬鹿たれ』なんて奇声を放ち、救急隊員に駆け寄る。


「ギャグみてーな奴だな」

 その様子に俺は苦笑した。心配したり安心したり、(うれ)いたり怒ったり、マジ喜怒哀楽が激しすぎる。だけどそんな思いも少しは理解もする。あれはあれで娘を思う父親なんだと。




「ははっ、本気であの女、助け出したな」

 三崎の声が響いた。俺は反応して振り返る。


 三崎の側には数人の人影があった。それは警察。私服の女刑事と、制服警官二人。どうやら火を点けた罪で捕まったらしい。


「あたりめーだろ、俺様を誰だと思ってんだ」

 俺は言った。ゆっくり動き出す三崎。警官が制御しようとするが、従う素振りは見せない。



「逃げたりはしないだろう。おとなしく自首したのだから」

 その様子に女刑事が言った。この女、俺様もよく知る女だ。色んなトラブルに巻き込まれるせいで、俺は警察にも知り合いが多い。

 その台詞に従い、渋々身動きを止める警官。その間に三崎が俺の側に歩み寄った。



「なんだてめー、おとなしく自首したのか」

 会話から察するに、三崎は自らの罪を認めたようだ。


「我ながら、馬鹿げた事をしちまったと思ってな」

 覚めたように言い放つ三崎。許せる事じゃないが、甘んじて罪を受け入れようとする表情だ。



「今更後悔してんのか? 後悔するぐらいなら、最初からやんなっての」

 既にアパートは崩れかかっていた。焼け落ちて黒い炭と化し、哀れな姿をさらしている。


「結局俺の負けって事だな。大切なものを守る勇気でも貴様には勝てない。運命を突き破る力強さでもな」

 淡々と言い放つ三崎。先ほどまでの剣の消えた、穏やかな表情だ。


「この世界の王様は、リキ丸じゃないぜ」

 俺は言った。はっと視線を泳がす三崎。

「だけどおめーの話も面白かった。この世界に落とされて、世界の真実の姿を、確認するのは叶わないと思ってたからな」

 実際散々だったが、少しばかりは収穫もあった。俺や三崎、それと同じように前世の記憶を持つ奴がいるって知ったから。


「前世の記憶を持つ奴なら、俺以外にも存在するぜ」

 その俺の思いを察したか、不意に三崎が言った。


「俺が前世の記憶を取り戻したのは、新人戦で不戦敗した直後」

「その話は訊いた。何て言うかその、大変だったらしいな。不慮な事故だったらしいな」

「もしかして、俺を(いたわ)ってくれてんのか?」

「馬鹿、んな訳あるか」

 三崎を労るつもりは毛頭ない。だけどその死んだ女に対しては感じる。三崎の罪に巻き添え食らって死んだ女。運命だったといえばそれまでだが、言葉に出来ない虚しさは感じる。

 それにこの男、心の底から憎めない。やり方は極端だが、大切なものの為なら、己を犠牲にする事も(いと)わない。

 例えるなら王女を守る騎士のような志だ。




「それで、いったいそいつは誰なんだ?」

「率直に言って、よくは知らない。いきなりだったからな。新人戦不戦敗の数日後、街を歩いていたら、いきなり声を掛けてきた。俺が精霊界の生まれ変わり、だって断言した。『彼女の事は悲しかったわね。だけど全てを受け入れなさい。全てを受け入れて、前に突き進む事だけが、この修羅の荒野を生き残る手段なのよ』ってな」

「つまりそれが、おめーの言ってた修羅の荒野の意味か?」

 その俺の台詞に、ぐっと頷く三崎。つまり奴の台詞は受け売りだった訳だ。



「それで、それ以上の情報は?」

「それだけだ。それが俺の知る、前世の記憶を持つ存在」

「なんだそれは?諜報部隊のくせに、ちゃんとした情報はなしか」

「あの時は正常な心理じゃなかったんだ。女に死なれ、決勝戦を不戦敗になり、前世の罪の存在に気付いた。そんな心理じゃ戸惑うだろ、そんな事いきなり言われたら。だけど後になって思えば、あいつも前世の記憶を持ってたんだろうな」


 確かに記憶を取り戻した直後にそんな事言われたら戸惑うだろう、それは俺も思う。俺の場合、半年ほど家で引き籠ったし。




「俺がそいつに出会ったのは、磯子(いそご)駅近辺だ。赤ん坊を背負った女。あの様子からすると、近所の主婦だろう。普段着を着込んで、慣れた様子で散歩してたからな」

「それがおめーの見解か」

「ああ、諜報部隊としてのな」


 磯子駅って、俺様がテリトリーとする場所じゃねーか。そんな近辺に、この世界のキーワードが存外してたのか。


 そんな風に考える俺を、三崎はまじまじと見つめてる。


「だけど前世(むかし)の事より、現世(いま)の事にも注意しろよ」

「何の事だ?」

「貴様はまだ知らないんだ。王城の事、白城の事。奴らを繋ぐ、鎖の存在を」

「さっきから鎖がどうだとかって、何を言いたいんだ?」

 俺は訊いた。しかし三崎は答えない。


「少なくとも俺は、勘違いしてたって事さ。黒く染まったものは元には戻らないんだ。ただ単に、鎖を引きちぎればよかったんだ」

 夜空を見上げ意味深に言い放つだけ。

 呼応して俺も夜空を見上げる。コバルトブルーの空に、街の明かりが反射している。微かに漂うのは梅の花の香りだろうか。



「もういいだろう」

 女刑事が言った。それに従い三崎が歩き出す。


「この世界は牢獄だ、闘い続きの世界。だけど、いや、だからこそ、守る存在はあるだろう」




 それが奴が言った最後の台詞だ。俺は奴を乗せたパトカーが消え去るまで、その姿を見届ける。ムカつく思いもあったが、虚しさの方が勝っていた。それだけ奴には、苦労させられたって事だろう。



「黒瀬君、行くよ!」

 奥の方でソウイチロウが言った。その傍らには救急車が待機してる。


「ああ、今いく!」

 俺は振り返り走り出す。とにかく面倒くさい事は考える必要ない。俺は俺であり、修羅な運命に変わりはないんだから。マリアの警護は、その延長上にあるだけであって、それさえ一緒に受け入れるだけ。それが俺様の覚悟、改めてそう決心した。



 それは卒業式まで一週間前。春の匂いの感じられる、穏やかな夜の出来事だった。


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