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愛と修羅な人生  作者: 成瀬ケン
第三章 炎上 絡みつく鎖
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動き出す宿命編3

「奴も金持ちなのか?」

 俺は訊いた。コクりと頷くマリア。


「ミカド建設、と言う建築業を営んでいます」


 確か中区の商業街に、そんな名前のデカイビルがあった。そんなビル建てるぐらいだから、かなりの金持ちだ。


 だから金持ちは嫌いだ。因みに一弥んちも金持ち。親父は大病院の院長。お袋は世界的ピアニスト。ついでにいえばエリザベートも金持ち。どいつもこいつもひねくれた性格だ。



「レイちゃん、昔は優しかったんですよ」

 マリアが言った。俺達は視線を向ける。


「小学生低学年までは、しょっちゅう遊んでいて、私に色んな事を教えてくれたり、時には泣いている私を勇気づけてくれたり」

 過去を思い出すような遠い視線、その頃に戻ったような優しい口調。


「あんな事故と、病気にさえならなければ……」

 だがその台詞と共に笑顔が崩れる。


「事故って?」

 その太助の問い掛けに、ハッと視線を上げる。


「レイちゃん、五つ歳上のお兄様がいたのですが、レイちゃんが小学六年の時、事故に遭って亡くなったんです」

  そしてその台詞で愕然となる。人が生きている限り、別れの時は必ずくる。今生の別れ、死別も避けては通れない。


 人はそれを突然突きつけられると、ドン底にでも落とされた気分になる。全てを否定し、荒んだ道を歩む事もある。


  それはもちろん許される事ではないが、その心境はその場の誰もが理解はする。『私も小学生の弟がいるけど、それは辛いよね』って春菜が言えば『おいらも悲しいな。愛する人が急に居なくなるんだよ』と、太助も言って塞ぎ込む。


 マザコンの太助の事だ、愛する人ってのはお袋さんの事だろう。一方の一弥も神妙な面持ち。奴にも兄弟はいる。っても姉貴、メスを握ると性格が変わるメスの鬼。俺様でデータを収集する。



 話は脱線したが、兄弟の重みは俺様も知ってる。っても人間界に兄弟はいないけど__





「だったら病気って?」

  再び訊ねる太助。だがマリアは戸惑う様子だ。『えっと、あのー』と言って視線を泳がせテンパるだけ。


「そんな事どうでもいい。他人のプライベートなんて、俺達には関係ない」

 一弥が言った。はっとする太助。


「えへへ、そうだね。色々あるもんね」

  気まずそうに後頭部を押さえ、気恥ずかしそうに俯いた。

「ホントデリカシーねーやろーだな。病気ってのは大概秘密なんだ。俺の親父だって、痔になって、密かに通院してる。誰にも内緒なんだ」

 俺は言った。ホント太助は空気も読めない奴だ。病気ってのはデリカシーの問題なんだぜ。

そして続く沈黙。誰もが目をしばつかせ、俺に視線を向ける。



「何だよ、俺様の名台詞に、恐れをなしたか?」

「ご馳走さん、そろそろ帰ろうか」

 俺の背中を聞き流し、一弥が立ち上がった。




「あはは、美味しかったな」

「一弥君の言う通り、そろそろ帰りましょ」

「はい」

 それに呼応して、他の連中も立ち上がる。そしてガヤガヤした会話と共に歩き出す。


「おめーら、俺様を完全に無視したな」

 俺はその後ろ姿に吐き捨てる。それでも立ち上がり、その後を追って足を進めた。




「相変わらずデリカシーの欠片もない男じゃのう」

 俺の背中にエリザベートが投げ掛けた。


「デリカシーなくて悪かったな」

 ムカつきを覚え振り返る。



「アルタイル、ワシ座の主星じゃったな」

「はぁ?」

「夏の大三角形の一角、七夕の伝説でいう、彦星の事じゃ」

 淡々と響くエリザベートの台詞。俺は星座とか、その手の話はよく分からない。だけど七夕の話は、辛うじて知ってる。確か、七夕の夜にしか出逢えない、織姫と彦星っていう恋人の話だ。



「その意味でいう、織姫が琴座のベガ。言っておくが、彼らは恋人じゃないぞ、夫婦星じゃ」



「そんなの誰だって知ってる。それがどうしたってんだ」

 ずっと恋人だと思ってた。ってもどっちでも同じだ。この際問題なのは、エリザベートが何を言いたいのか理解不能って事。



「全ては絵空事だ。所詮本当には巡り会えないんじゃからな。バランスを維持して、宇宙空間に浮いておるだけ」

 やがてエリザベートの声が止んだ。やはり抽象的で言いたい意味は分からない。それを表すように、ゴン太達も首を傾げてる。


「難しい話をしてしまったのう。それよりお主、三崎翔と張り合ったらしいな」


 それを察してか、エリザベートが話題を変えた。


「それがどうした?」



「あの男、すさまじい宿命を背負ってるようだぞ」

「はぁ?」

「元々あの男、ボクシングの世界じゃ有名じゃった。学生大会、総なめも確実といわれていた」


「そのようだな。酒と煙草に溺れなきゃ、それぐらいの実力はあったかもな。馬鹿げた事件なんか起こさなきゃ」


 エリザベートは学園の影の支配者ってぐらいだから、校内の生徒の素性なんかも知ってる。


「馬鹿げた事件、というのはそうでもないようじゃが」

  意味深に言い放つエリザベート。マスターがコーヒーを持ってきて、ゴン太のカップに注ぐ。淹れたてのコーヒーのいい匂いが辺りに漂う。


「新人戦の決勝戦、その直前に奴の愛する彼女が死んだ。不慮の事故だったらしい」

 それは驚愕の事実だ。まさかあのドスケベに、そんな過去があったなんて。


「それで奴は、真っ先にその彼女の元に駆け付ける。故にタイトルは掴めなかった」

 何となくだが、三崎の言ってた意味を理解する。『俺に対する罰は、欲しいモノを掴む事ができないって罰さ。馬鹿げてるだろ、女を本気で愛する事も出来ないんだ』もしかしたら、それ自体が、奴に対する罰なのかも知れない。


 同時にさっきのマリアとの会話も脳裏を過る。三崎と王城の関係、それは共に大切な存在を無くした事に所以するのかも知れない。



「その後、奴はボクシングの世界から姿を消した。裏の世界に落ちて、手当たり次第に女を奪うようになる。ブラックスと関わりを持つようなったのもその頃からじゃ。そんな時、あの事件が起きる」

「あの事件?」


「対抗するチームの幹部、十数人相手の大立ち回りじゃ。その全てを半殺しにして、数ヵ月の入院まで追い込む、非情なる争い」

「うそだろ、あの三崎が?」

 堪らず言った。確かに三崎の野郎は、とんでもないドスケベで、完全なる武闘派だ。だがだからこそ、そこまで非情になるとは思えない。


「その理由を奴は、一切喋らなかった。目撃者の証言によれば、その場に中学生ぐらいの女の子がいたそうなんじゃ。だがその子はいつの間にか消えていた」


「つまり三崎は、その女を守る為に、ヤローを半殺しにした、って言いてーのか?」

 その問い掛けにエリザベートは首を振る。

「所詮真水の中では、人は生きていけぬのじゃ。微生物がいて、澱みがあってこそ人は生きていく。正義一辺倒では息苦しい。真っ白なものも、いつかは黒く染まっていく。それがこの世の理」



 それは理解する。偉い先生は、『礼儀正しく、良い行いをしなさい』って言うけど、そんなに真面目過ぎちゃ、融通がきかなくなる。警察だって、一切合切を取り仕切っていたら、この世の人間は全て捕まっちまう。生まれた時は真っ白でも、永く生きていけば世間に染まっていく。いつかは真っ黒に染め抜かれる。

 生きてくって意味は、それだけの覚悟があるかどうか。ただそれだけだ。




「結局三崎は、一年間の懲役。その後鬼哭館(きこくかん)に転入して、王城や弾正と共に、聖王に転入してきた」


 そしてエリザベートの話は終わった。鬼哭館ってのは近隣にある高校の名前。聖王に劣らず、悪党の揃った男子校だ。俺はばりばりと髪を掻き上げる。


「そんな話、俺様に喋ってなんの得策があんだよ」

言ってエリザベートを見つめた。

「気をつけよ、と言っておるのじゃ。あの男、ヘラヘラした表面とは違い、中身は真っ直ぐした男じゃ。間違った事と知っていても、目的のままに突き進む。それが破滅と知っていても。それはあの弾正も同じ事」


 多分この女なりの、俺様への忠告なんだろう。この女も、見た目と裏腹に、他人を思いやる気持ちはあるから。


 俺は天を仰ぎ、ふっと浅い息を吐く。


「おめーらだってあんま変わりねーだろ。真っ直ぐ過ぎる気持ちと、突き進む志なら」

 言って店を後にした。



 

 俺達修羅は、戦場に身を置き戦いに生きるのが本分。出会う相手は全て敵。情けをかければ寝首をかかれるのはこっちだから。

 だけど誰かを守るってのもありかもしれない。

 マリアは今まで、切り取られた空間の中で大事に育てられていた。だけど古臭い家訓のせいでこうして自由をその手にいれた。世の中には多くの心が煌く光景が溢れてるんだ。それを知るいいチャンスなんだ。

 無論世の中、いい事ばかりじゃないってのも分かってる。王城が何を考えてるか理解はしないし、三崎が何故あそこまで王城を押し上げるのかも知り得ない。だけどひとつだけ理解している事がある。マリアがピンチになっても、誰かが手を差し伸べればいい。俺はその為の護衛なんだから。


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