修羅の荒野開演編8
こうして俺達はZⅡを停めた駐車場まで辿り着く。
「さてと、知り合いの修理工に引いていかなきゃな……」
覚めたようにZⅡに歩み寄る一弥。ヘッドライトは取れかかり、タンクもへこんだ状態。交機のオッサンとの、激しい追走劇を勝利した俺達だったが、その代償は大きかったという訳だ。
「ご苦労だな、一弥」
俺は右手をかざして投げ掛けた。
「なんでアスファルトのロードが、オフロードみたくなるかな。……神様にでも呪われたか?」
あり得ないけど、賠償請求なんかされたら迷惑だ。ここはしらをきって逃げるのが正解だ。
「じゃおいら達は帰るね」
「いろいろお世話になりました」
春菜と太助も伝える。
「ああ、俺とこいつは、こっちだから、ここで解散だな」
少し前までその誰もが笑顔さえ忘れていた。目に見えぬ恐怖に震え、困惑し怯え抗い、光を求めて駆け抜けていた。
だがこの瞬間、その場にあるのは満面の笑みだけ。だからこそこの一瞬の安らぎを大切なものだと感じていたんだ。
それでも何故か浮かない表情の男がひとりいた。それは一弥だ。何かを考え込み、その答えを探り出そうと腕を伸ばした。その刹那、マリアの渾身のアッパーパンチが炸裂した。
「グギャー!」
透き通った夜空に響き渡る悲痛な叫び。一弥の馬鹿は、正義だ友情だとほざいてる割には人の話を信じない。だからそうなるんだっての。
俺はマリアを背負い、闇夜の支配する国道沿いを歩いていた。
ブルルル……ケータイが鳴った。
「誰だ、おめー」
『ワシじゃ! マリアが、マリアがまだ帰っておらぬようなんだ!』
相手は永吉のオッサンだ。
「何すか、俺にボディガード頼んでおきながら、いちいちチェック入れるのか?」
呆れて返した。
『ま、まあな、たまにはよいじゃろ?』
「マリアなら無事だ」
『無事? マジなんじゃろうな小僧!!』
「ウルせーっての。大丈夫だって。ヤバかったけど何とか寸前で助け出したから」
そして通話が途絶える。
『そうか。……良かった」
やがて聞こえたのは、安堵するオッサンの声だった。口では金持ちだとか会社が大事とか言ってるが、流石は親だ。オッサンも所詮は人の親って事だろう。
「色々とゴタゴタがあってさ。とにかくこいつ寝ちまったから連れて帰るわ」
『ね、寝ただと!』
そして再びオッサンの驚き声が耳をつんざく。
『マリアに近寄るなよ! マリアが寝入ってしまったら普通の男では相手にならん』
「何の話すか」
『マリアは寝入ってしまったら、直ぐには起きん。しかも男が近付くと無意識に拳を浴びせる。だから近寄るな』
淡々と伝えるオッサン。
「なんだよそれ?」
『なんだといっても、そうなんだ。ワシの一族は武家の出身じゃからな。自らの身は自らで守る。故にたまにそのような者が生まれるのじゃ。高貴なる血は何者にも侵される事はないって事だ』
「金持ちの防衛本能って事か? 俺みたいな貧乏人には理解不能だぜ」
俺は呆れて伝えた。それでも一応は納得した。天然で無防備なマリアだけど、その本能だけは誤魔化せないって事だろう。
それでも、いやだからこそ納得出来ない情況もひとつだけあった。
「なぁオッサン、マリアは全ての男に暴力を振るうのか?」
それは今現在の情況だ。防衛本能が働いて男を容赦なく殴るってんなら、何故こいつは俺の背中で寝てるのかって事だ。
『いや、ワシや一部の従兄など、気を許す男には手は出さんが……それがどうした?』
戸惑うようなオッサンの声が響いた。
「気を許すって……」
俺は訳が分からなかった。愕然と宙を見据えその場に立ち尽くした。
『どうした、小僧? 何かあったのか?』
「いや、何もない。とにかくマリアは無事っす、安心しな」
『おい、どう言う意味だ? 答えろ……』
そして戸惑うオッサンを無視し、通話を切ったんだ。
「……まさかな」
そして背中で寝入るマリアを見つめた。マリアは相変わらずスヤスヤと寝ている。
その寝顔を見ていると、考えるのが馬鹿らしくなった。
「帰ろうぜ、あのボロアパートに」
それは、空気が澄み切って幾多の星が輝く、そんな夜だったんだ。




