修羅の荒野開演編4
「勿論俺だって、真実は知らない。人間の身に落ちてからは、あっちの世界の事は知らないからな」
「そりゃー当然だ」
それが分かれば俺だって苦労はしない。知らないから、焦りが生じる。俺が消えた後、修羅界はどうなったとか、あいつは無事だろうか、とか、様々な不安だけが頭を支配する。
「率直に言えば、誰がこの世界の王かなんかどうだっていい。理解してるのは、ここが闘技場って事。次から次へと、罪を背負った罪人が送られてくる。その意味も知らず、血のたぎりのままに闘い続ける。実際は誰かに踊らされ、マリオネットのように操られてるだけなのに」
「カブトムシみたいにか。無邪気なガキに捕まって、互いのツノを突き合わせられて、意味もなく闘う」
「言ってみればそんなとこだ。闘犬や闘牛と同じ。それを眺め、笑っている奴がどこかにいるのに」
三崎の言い分は俺にも理解できる。数年前まで俺も、血のたぎりのままに闘いを繰り広げていた。操られていたとは理解もせずに。
しかし意味は分からない。三崎の話からすれば、この世界を創り出したのはリキ丸。だが奴は現在修羅界を解脱して行方不明。それに俺に罰を与えたのはルカ。
そもそもその存在意義は何だ? ただの大樹参拝の副産物か。特別に設えた牢獄か。マジで死ぬまで闘わせる闘技場なのか?
とは言え三崎から真実を聞き出す事はムリだろう。奴がリキ丸がこの世界の王と思ってる限り、真実は聞き出せない。
「おめー、俺達みたいな前世を知る者、って言ったよな。つまり他にも前世の記憶を持つ奴がいるのか?」
その台詞にはっとする三崎。
「調子に乗って、色々喋っちまったな」
おどけた表情で言った。
「散々聞かせてもらったさ。真実はどうあれ、楽しい会話だった」
俺は耳の穴をかっぽじる。
「こんな話、普通じゃできないだろ。誰も本気じゃ訊きはしない。林田やツバサでも信じない」
「それは言えてる。頭がおかしいって思われて、精神科に送られる」
窓の外は暴風雨。風にあおられ、ガタガタと何かがぶつかる。
「ここまで訊いておいで何だが、てめーはカブトムシとして生きるのか?」
「闘犬だろ。奴に踊らされるのは心外だが、この決着だけは着けなきゃな」
ちらりとマリアを見据える三崎。何か思うところがあるような影ある視線だ。
互いに馬鹿げた事だとも理解してる。血のたぎりに任せ、傷つけあうのもゴメンだとも知ってる。だがそれでも引けない思いがあるのも確かだ。
修羅とか聖霊とか、そんな事を抜きにした人間同士の思い。
「俺は強いぜ。負ける気はしない」
煙草を灰皿にもみ消し立ち上がる三崎。奴の強さの原動力は、前世の能力を引き継いでいるからだろう。金狼族は諜報に長ける一族だ。そのくせ暗殺にも長ける。ヘタな修羅なら一瞬でおだぶつだろう。この男の場合、その能力で女を毒牙にかけてたんだろうけど。
「たいした自信だな。俺様の首、ここで奪うか?」
否が応にも張り積める緊張感。俺は拳を突き出し、奴に標準を合わせる。ヘタな修羅ならおだぶつかも知れない。だが俺様は大阿修羅、こんなとぼけた奴に、馬鹿にされるのはゴメンだ。
「悪いが貴様は邪魔なんだ。奴の思い、遂げる為に邪魔なんだよ!」
怒濤の如く飛び出す三崎。とてつもない速さ、その起動を追うだけで精一杯。
「これでどうよ!」
三崎の右ストレートが煌く。俺はそれを両腕を駆使して弾き出す。それでも三崎は、小刻みなフットワークで俺の懐に飛び込む。えぐるようにフックを放った。
「がぁ!」
それは俺のわき腹を的確に捉える。堪らず後ろに身を逸らす。しかし三崎はその攻撃を止めない。ぐっと踏み込み、連打を浴びせる。腕でガードするが、それごと後方に持ってかれそうな勢いだ。
「俺は今まで負けた事がないんだよ。あんな馬鹿げた罪を背負わされなきゃ、この拳でボクシングのてっぺんだって掴み取れた。それだけの自信はあった!」
意気揚々と拳を繰り出す三崎。確かにその台詞通り、素早さと重みが感じられる。対する俺は既に体中ボロボロだ。瞼や頬が腫れ、血が滲んでいる。ボディの方も、ジリジリとした痛みで覆い尽くされていた。ガキ同士の喧嘩じゃありえないプロの強さだ。
とは言え俺だって負けはしない。奴が十の攻撃を繰り出せば、五の攻撃を繰り出す。不利な状態には変わらないが、やられっぱなしはゴメンだ。
「ははっ、なるほどな。魔王って呼ばれるだけの事はある。これだけの痛み、よくも耐えるもんだ」
ヘラヘラと嘲け、腕を振る三崎。
「流石に魔王は言い過ぎだろ。俺様はあそこまで強くない」
「確かに言い過ぎだな。魔王は六界最強の要人、俺だって敵わない」
「そうかい、だったらお互い様って事か!」
こうして続く俺と三崎の闘い。拳を放ち、それを喰らい、逆に打ち返し、瞬時にかわす。魂の焦げるような死闘。
酷い痛みだが、何故か高揚感が包み込んでいた。普通の奴だったら、俺の台詞には興味を持たない。修羅だ魔王だと言っても、誰も相手にしない。その会話が成り立つ故の高揚感だろう。
ベットではマリアがスヤスヤと寝息をたてている。ごうごうと嘶く風音。季節の間に荒れ狂う嵐は、その勢力を増大させつつある。
「しかしタフだよな。攻撃してる、俺の方がキツいぜ」
俺達の闘いが開始されてから、既に数十分は過ぎている。その間三崎は拳を乱打している。額から流れる大量の汗、ハァハァと響く小刻みな息。流石に息があがった状態だ。
とは言え俺の方が酷い状態。既に立ってるだけで精一杯。次に強烈なダメージを貰えば、立ち上がれないだろう。
「そろそろおしまいにするか。貴様さえ倒せば、この女を追い込むのも容易だ」
三崎が言った。
「何故、この女を追い込むんだ?」
俺は訊いた。
「宿命って事だろう。生まれ持った宿命。特に金持ちって人種は、おかしな掟で繋がれているから」
意味深に言い放つ三崎。ムカつきの意味も籠められてると直感した。
ぐっと気合いを籠めて、右腕を振りかぶる。
「最強の拳、くれてやる!」
そして俺の顔面目掛け、鋭い拳を打ち放った。激しい凶音が辺りに響き渡る。そして続く静寂。風の音だけが耳障りだ。




