修羅の荒野開演編
開いたドアの向うに存在したのは、他とは雰囲気の違う立派な作りの部屋だった。多分に高級さを売りとしたシックな作り。白一色で統一されていて、厳かな雰囲気まで兼ね揃えている。それでもその目的は女の売買。中央部にしつらえてるのは一際大きなベット。
だが現状そんな事は問題じゃない。何故かマリアは、その上でスヤスヤと寝ていたんだ。そしてその手前の床に、ひとりの男が座り込んでいた。長い金髪で、ちゃらちゃらした銀のアクセサリーを着けた奴。黒いボクサーパンツ一丁の姿。まさしく三崎。そのイケメン風の面構え。うっすらと頬が腫れあがっていた。
その状態は他の男達からしても戸惑いの対象らしい。
「三崎さん、どうしたんすか?」
ツバサが訊ねた。
「実際笑えんよな」
意味深にいい放つ三崎。
「血筋ってのはバカにできないもんだよな。まるでウララ」
バリバリと髪を掻きあげ、マリアの体に手を伸ばす。
「うおっ、止めろ!」
俺は叫んだ。だが後ろからはパーマとサングラスが羽交い絞めしてる。
「てめーら、ぶち殺すぞ!!」
俺はそれを振り解こうと暴れる。自分でも意味が分からないが心臓が激しく高鳴っていた。この外道がマリアの体に触るのだけは許せない。
とはいえそんな感情は虚しいだけだ。身動きを封じられた俺に対し、三崎の魔手は確実にマリアに伸びていく。
だが次の瞬間、我が目を疑った。三崎の体躯が何かに弾かれるように後方に吹き飛ぶ。結論からいえば、マリアが反撃したんだ。寝てるはずなのに、咄嗟に寝返りをうって三崎の腹に拳を叩き込んだんだ。
「嘘だろ。三崎さんは、元東日本チャンプだぞ」
ツバサ達もその光景を信じられず見つめている。確かに信じられない光景。マリアみたいな華奢な女が、しかも寝込んでる筈なのに、荒くれである三崎を吹き飛ばしたんだから。
「た、狸寝入りやろこのアマァ。寝たふりなんぞして三崎さんを騙しとるんや」
ムカついたように歩みだすサングラス。起きろ!と、ばかりにマリアの胸ぐらに腕を伸ばした。しかし攻撃を喰らったのはサングラスの方。マリアに寝ながらのアッパーカットをぶち込まれ、壁に吹き飛び崩れ落ちる。
誰もが言葉を失った。俺も三崎もその他の男達も、後から現れた太助と春菜も、寝入るマリアを愕然と見つめるだけ。確かにマリアは寝ている事は確実だ。何故ってどう見ても平和そのものの寝顔だからだ。まるで自分の置かれた情況など少しも察してはいないだろう。
「まったくとんでもねー女だぜ。何人も女を抱いてきたがこんな寝癖の悪い女は初めてだ」
最初に言ったのは三崎だった。呆れたように髪を掻き上げ、煙草を銜え火を点ける。
「何だツバサ、女はどうした」
そして煙草の煙を吐き出しツバサ達を睨んだ。
「殴りこみです。こいつが女がどうとか、いきなり強襲してきて。……俺も阻止したんです。だけど石崎の奴が、俺の血染めのバットを持ったまま使いに出たもんで」
ツバサが俺を指差す。
「天下無敵のバットマンも、エモノがなきゃ実力半減か」
呼応して三崎の視線が俺に向けられた。
「一年の黒瀬じゃん」
覚めたように言い放った。
「知り合い、ですか?」
「知り合いもなにも、同じ聖王だからな。有名だろ、魔王シュウ」
そしてその台詞で、ツバサの表情が蒼白になる。今さらながら、俺様の正体に気づいたらしい。
「魔王っても、昔の話だがな。いちいち驚く必要はねー」
天を仰ぎ立ち上がる三崎。
「何だてめー、俺様とやり合うつもりか?」
俺は投げ掛けた。ビリビリした緊張感。意気揚々と踏み出すツバサ達。重苦し緊迫感が包んだ。
「今夜のパーティーは終いだな」
その緊迫感を断ち切るように、三崎が煙草を灰皿に揉み消した。
「逃がす、って意味か」
俺は言った。意外過ぎる答だ。そしてその意味はツバサ達も分からない。戸惑い視線を向ける。
「実際こんな状況で、女など抱けんだろ。こいつらが踏み込んだ時点で、俺達の目的は終わりを告げた。これ以上女を置いとく理由はないって事だ。……勿論この件、警察にはオフレコで願うけどよ」
三崎の台詞はマリアや春菜、その他の女を解放するという確たる台詞だ。
「良かったね、太助君」
「うん。マリアちゃんと、一緒に帰ろう」
春菜と太助の表情が、安堵感から一気に崩れる。
「そのハンチクコゾーと女は逃がすが、それだけだ……」
だがその安堵感を、三崎の台詞が遮る。
「俺らの商売はプライドだけで成り立ってる。だからここにぶっ込んできた貴様だけは返せねーな」
そして俺に向かい、非情なる視線をぶつけた。確かにその通りだろう。チームというカンバンを掲げる奴らにとってプライドだけは特別なものだ。実際アルタイルは前のリーダーを潰されて一度壊滅状態まで追い込まれてる。つまりこの場に乗り込んだ俺は、五体満足じゃ帰さないって事だ。
「そうこなくちゃ、流石はリーダー」
その台詞を受け、ツバサがゆっくりと歩みだす。同じくパーマも俺を取り囲んだ。こうなった以上、俺も覚悟を決めた。その場の全員を薙ぎ倒し、堂々と帰ろうって。
「さっきは油断した。今度はそうはいかないぜ!」
颯爽と走り出すツバサ。その腕には、何か握られている。
「バットマンなめんな!」
それが低い軌道で走り込み、俺の頬を殴打した。それはこうもり傘、奴の握る傘の切っ先が、俺の頬に切り傷を与えた。
「何がバットマンだ!」
「これで終いだ!」
すかさず激突する二つの体躯。ツバサの額から脂汗が滴る。こうもり傘は俺の腕にぶつかり、完全に折れ曲がっていた。逆に俺の放つ拳が顔面を捉えていた。それでもまだ意識はあるようだ。ぶつぶつと何かを呟き、俺を睨みつける。俺は止めをさそうと体勢を構える。
「シュウ、後ろ!」
不意に太助が叫んだ。
「油断大敵だぜ!」
刹那後方からパーマが突進してきた。虚を突かれた俺は、後方から羽交い締めにされた。
「がはっ、はぁはぁ。……俺の鼻をこんなにしやがって!!」
憤怒の感情と共に頭をふるツバサ。俺の二度の攻撃でその鼻は歪んでいる。ボタボタと滴る血。息をするのも儘ならないようだ。
それでもその狂気だけは健在。らんらんと輝くその瞳。本気で俺に恨みを覚えたらしい。
「放せよ、コラァ!」
俺は裏肘をパーマに叩き込む。しかし奴はグッと握り締め引き下がる様子はない。
その間にツバサが、気合を籠めて拳を握り締める、右拳をかざしぶっ込んで来た。
否が応でも高まる緊迫感。ツバサ放つ拳の軌道は、確実に俺の顔面を狙っている。その距離あと数センチ……
「あまいぜ!」
俺は両足に力を籠め、その場から飛び上がった。パーマが羽交い締めしてる事で、高い体勢を維持できる。そのまま襲ってくるツバサの顔面に、強烈な蹴りを叩き込んだ。
「べぎゃーー!!」
室内に響くツバサの断末魔。激しい痛みに苛まれ、完全に白目をむく。無惨にひしゃげた鼻、俺の三度の攻撃で、完全に碎けていた。
「ツ、ツバサ君?」
戸惑い視線を向けるパーマ。
「いつまでも、俺様に触ってんじゃねー!!」
俺はその隙をついて奴の拘束から脱出する。そして低い体勢からの回し蹴りを足元に叩き込む。
バランスを崩しぐら付くパーマ。そのまま一回転して、奴の顔面にハイキックを叩き込んだ。
苦痛に悶え天を仰ぐパーマ。そのまま膝を折りガックリと崩れ落ちた。
「このシュウ様をなめんじゃねー!!」
俺は拳を天にかざし、雄叫びを挙げる。こうして雑魚共の一掃は完全に終了した。
「やったやった! 凄いやシュウ!」
「流石シュウ君ね。男らしい」
場に太助と春菜の歓喜の声が響き渡る。それでも現状最悪の修羅場を脱した訳じゃない。
「流石は魔王だな。ツバサじゃ戦力にならんか」
残された三崎が、やれやれといった表情で煙草を揉み消す。そしてゆっくりと立ち上がった。
「俺様は頑丈だぜ。あんなやろーに敗けはしない」
俺は投げ掛けた。苦笑する三崎。
「だわな、鉢植え直撃して、けろっとしてるんだから」
そして意味深にいい放つ。
「鉢植えだ?」
「おっと、それは言っちゃ駄目だった」
そして沈黙が過ぎる。鉢植えってのは、いつだったか俺様に直撃した鉢植えだろう。そう言えばあんとき、奴はその様子を、上から見ていた。いや、もしかして……
「一応訊いておく。あれはてめーがやった訳じゃねーよな」
その可能性はある。実際今になればそう思える。最近立て続けに起こる事件。F組のナンパ師、サル面の男、迷い込んだ土佐犬。
ナンパ師とサル面はアルタイルメンバーだし、土佐犬はさっきの番犬だ。
「ははは、言い訳はしねーよ。確かにあれは俺がやった」
大胆にもいい放つ三崎。自分のしでかした事に、悪びれる素振りは一切ない。
「何故俺様を狙った?」
「はぁ、何言ってる、貴様が勝手に巻き込まれたんだろ」
「巻き込まれた? おめーは、俺様の首、狙ってんじゃねーのか」
俺は思考をフル回転させる。確かにこいつが俺様を狙う理由はない。逆に言えばイレギュラー。
「もしかしてマリアを誘い込んだのはおめーか? 堀田使って、春菜を騙して、マリアまで引き込んだ」
そうするとこいつの狙いは最初っからマリアだ。この外道はマリアを狙ってる。
「違うよシュウ君、マリアちゃんを誘ったのは王城君」
その緊張を断ち、春菜が言った。
「王城だって?」
「王城君とマリアちゃん、昔から仲がいいらしいの。カラオケ屋までは王城君もいたのよ。だけどいつの間にか帰ってた」
それは驚愕の台詞だ。
「王城のやろーも、こんな事に興味あんのか?」
「興味というより、見ている事が趣味らしいわよ。堀田先輩が言ってたの。『王城は変な趣味があるんだ。三崎が女を犯すシーンを、ただ黙って見ているだけ。それで満足なんだ』って」
「つまりあのチビはド変態か? 他人の行為を見ているだけなんて普通じゃねーだろ」
「ははは、口の軽い女だな。あんま調子のると、ただじゃ帰れねーぜ」
呆れたようにいい放つ三崎。怪訝そうに春菜を睨む。
「どういう意味だてめー、てめー王城の命令でマリアを穴ぐらに引き摺り込んだか。あのチビ助に、てめーと、マリアが、あれだ……」
「なに想像してるんだ。顔が真っ赤だぞ」
「馬鹿てめー、話逸らすな、王城の命令か、って訊いてんだ」
「全部俺の意志だ。奴は関係ない」
ゆっくりと俺に歩み寄る三崎。さっきまでと違う独特の雰囲気を感じた。とぼけた台詞の奥には、危険な香りがプンプンしやがる。だけどパンツ一丁で間抜けだ。
「とは言えもうどうでもいい。貴様を叩き潰したくて、ウズウズしてるからな」
三崎の放つ拳が、俺の眼前で閃いた。
俺はその拳を拳で相殺する。三崎の髪が風ではためく。そのままバックブローを飛ばす。
俺は左腕をかざし、それを阻止する。刹那、俺の眼前から三崎の姿が消えた。
愕然となる俺の視界、真下から拳が閃くのが見えた。咄嗟に後方にバックステップで回避した。だが拳が顎を掠めた。
「てめー、いきなり何する!!」
負けじと俺は奴との間隔を詰める。そして右のフックを放つ。だがその攻撃は、三崎にさらりと躱された。
「それが、喧嘩だろ」
回転からのバックブローを飛ばす三崎。それは俺のこめかみを的確に捉える。
堪らず後方に飛び退いた。三崎の強さは俺の想像の上をいくもの。流石に少しばかり戸惑いを覚えた。




