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愛と修羅な人生  作者: 成瀬ケン
第一章 契約 魔王と天使
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若かりし過去の記憶



 俺の人生はトラブル続きだ。生まれた時から最悪だった__



『あなたが生まれたのは、酷い嵐の日でね。あたしは近くに落ちた雷に驚いちゃって、それで産気づいたの。救急車で病院に行って、緊急手術になったのよ。手術も大変だったわ。雷で停電しちゃってね、二日がかりの大出産よ。あなたの首にはヘソの緒が幾重にも絡まっていてね、あなたは外そうともがいていたわ』お袋はそう言って笑う。確かにその後の俺の人生に比べれば笑い話。



 とにかく俺は、こうしてこの人間界に生を受けた__






 幼稚園年長組の時、親子揃ってのピクニックに行って修羅場に巻き込まれた__


 まーくんのママと園長先生は不倫してたんだ。俺はそんなことも知らず転がったシュウマイを追いかけて、その間に飛び出した。そしたらまーくんのママに捕まって、首にナイフを突き付けられた。俺は逃げようと暴れた。結果、崖から落ちた。

 結局そのあとまーくんは引っ越し、園長先生はクビになった。


 別れの時、まーくんのママはお詫びだって崎陽軒(きようけん)のシュウマイを持ってきた。だけど俺はそれ以来シュウマイが嫌いになった__









 小学一年の頃、近所の犬と激闘した。仲間内で有名だったんだ。ヤクザが飼い慣らすドーベルマン。飼い主に似て見境なく吠えてガキを威圧する奴って__


 そんなわけで俺はクラスメートからその討伐を依頼された。コーラ一本で引き受けた俺が馬鹿だった。太陽がそうさせたんだ、とにかく喉が渇いていた。


 奴は数十頭の仲間を引き連れていた。数時間に及ぶ激闘の末、俺は勝利した。


 だけどそれから犬はライバルになった。噂じゃあのドーベルマン、犬界のカリスマだったらしい__







 小学六年の頃、謎の組織に捕まった。奴らは国際テロリスト集団。俺は総理大臣の息子と間違われたんだ。普通に考えれば分かる筈だ。俺みたいなくそガキがエリートの息子な訳ない__


 だけど奴ら日本語も分からない外人部隊。俺の言い訳も信じず大々的に声明文を報じる。

 当然日本政府は黙認、マスコミをもねじ伏せた。テロリストには屈しない、それが政府の(うた)い文句だから。

 それでも俺は逃げ出したんだ。奴らの見張りを気絶させ、狙撃手を半殺しにして、命からがら交番に駆け込んだ。結果その組織は壊滅。俺は難を逃れた。

 だけど政府はこの事件を黙認した手前、事件を隠蔽(いんぺい)する。

 

 テロリストの間では今でも俺の写真が流れてるらしい__







 実際トラブル人生だ。自転車に乗ると事故(ジコ)る。遠足は大雨。おみくじは常に大凶。たんすの角に小指をぶつけた事数え切れず。出会った不良は先ずは敵。バナナの皮で数多くこけた。本当に信じられぬ人生。なんで俺って、こうトラブルに巻き込まれるんだ、っていつも疑問だった。






 だけどその疑問はある事件と共に一気に解消される__




 中学二年の頃の話。やけに暑い夏の日の昼下がり。雑踏(ざっとう)は幾多の人々で埋め尽くされている。太陽が眩しくて、溶けたアスファルトの臭いが鼻につくのを覚えていた__



 俺は仲間達と繁華街の通りを闊歩(かっぽ)していた。当時の俺は市内の中学の半数の覇権を手にしていた。幾多の不良が襲ってくる。その都度返り討ち。その結果に過ぎない。ついた渾名(あだな)は、魔王(まおう)統治者(とうちしゃ)の意味だ。



 突然、数メートル程先の人だかりから叫び声があがった。俺はその方向に視線を向けた。しかし込み入る人々が邪魔で様子が見えない。



 再び悲鳴が挙がった。頭に響く逼迫(ひっぱく)した声。ざわめく人々。誰もが予測不能の出来事に混乱し、なにかを叫ぶ。蜘蛛の子を散らすように駆けている。


 その時、目の前で小学生ぐらいのガキが転んだ。逃げようとしたサラリーマンに押されたんだ。俺はムカつく気持ちを押し殺して、そのガキを引き上げた。その間にも大勢の奴らが押し合うように走ってくる。誰もが自分のことで精一杯だ。



 ガキが『お兄ちゃん、ありがとう』って言った。続けて誰かがなにかを言った。『俺は神だ』そう聞こえた。


 俺は振り返った。見知らぬ男が胸元にぶつかってきた。二十歳ぐらいのやせ形の男。くぼんだ目付きで吐く息が臭い。意味不明な言葉を発し、ふらふらと後退る。微かに寒気を覚えた。遠くの方で耳鳴りがする。



 底知れぬ怒りが込み上げ男の腕を握り締めた。男の表情が青ざめる。俺のことを見たことない生き物でも見るような表情で見据えている。乾いた熱気が鼻につく。むせるようなアスファルトの臭い。



 男が泣き出した。泣きながら俺の胸元に視線を集中させている、ぶつぶつと懺悔(ざんげ)の台詞を呟いている。


 流石に違和感は感じた。男だけじゃなく、ガキもそして通りの人々の視線も、俺の胸元に注がれていたから。


 ゆっくりと自分の胸元に視線を落とした。白い開襟シャツが赤く染まっていた。とめどなく溢れるそれは、ポタリポタリ滴り、乾いたアスファルトに染み込んでいく。熱気で弾けてユラユラと陽炎(ようえん)が昇っていた。



 ようやく理解した。これは無差別の通り魔事件。この男は通り魔で、俺はそれにナイフで刺されたんだと。

 ドクンドクンと体中の血が(うごめ)く。脳内麻薬が爆発する。込み上げるのは怒りの感情。



 狂気を撒き散らし男の頬に拳をぶち込んだ。男は唾液を滴らせ後方に吹き飛ぶ。ゴミ箱をなぎ倒し、地面に倒れ込んでガクガクと痙攣した。


 だが俺の怒りは治まらない。男に馬乗りに飛び掛りその頬に拳をぶち込む。


 男の意識がぶり返す。口から真っ赤な血飛沫(ちしぶき)を吐いた。それでも俺は躊躇(ためら)うことなく奴の顔面に拳をぶち込む。返り血で真っ赤に染まり、幾度となく拳を打ち込んだ。




 その状況に堪りかね、仲間達が後ろから羽交い絞めする。俺はそれで少しだけ落ち着きを取り戻す。

 仲間達は青ざめた様子だ。まるで死人でも見るような悲痛な表情。



 ……激しい痛みが体中に走った。視界がおぼろげになった。息をするのも辛くなる。意識が混濁し全ての感覚が消えた気がした。


 そして仲間の腕の中でがっくりと崩れ落ちた。薄れゆく意識の中、かすかに覚えているのは、ざわめく人々の叫び声と遠くから鳴り響く救急車のサイレンだけ。



 仲間達からすれば辛い出来事だったろう。だけどそんな奴らの思惑と俺の思いは違った。


 やっと死ねる。このふざけた世界からやっと解放される。そう思った……




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