欲望の街編3
「待ってろよ、外道がぁ!」
俺は心底冷える夜の街中をばく進する。ただ走り続けた、当てもなく闇雲に。ただ光輝く街を目指して。
奴らがどこにいるのかなんては見当付かない。だけど大概の悪党ってのは夜の光が大好きな筈、光に集まる蛾と一緒だ。光に惑わされてくるくる踊ってる。だからこの方向で間違い無い筈。
……いや待てよ。中には光も届かぬ深い闇も好む奴もいる。闇に潜むカマキリのように、獲物が来るのを待ち構えてる。って事は港の方かも。そんなふうに考えるがスピードを落とす事はない。
ヴォーーン! 冷たい空気を切り裂いて、甲高いマシンのエキゾーストの音が響きだした。国道を疾駆するのは二人乗りの単車。赤いkawasaki・750RS、通称ZⅡ。俺の側によるとすかさず減速する。
呼応して俺もスピードを押し殺す。
「はぁはぁ……何だよ、まだ何かあるのか?」
そして膝を押さえつつ、ZⅡのライダーに視線をくれた。
「奴らの居場所、見当は付いてんのかよ?」
おもむろにフルフェイスを脱ぎ出すライダー。それは一弥だ。
「流石徘徊のプロ。だけど見当違い」
後ろに乗り込む奴が、トンと単車から降り立つ。そしてフルフェイスを脱ぎ捨てる。それは真優だ。いつものメガネはしてない。
「ケッ、何だおめーら、深夜のドライブか。暢気な奴らだぜ」
俺は言い放つ。この女、メガネを外すとその見た目が変わる。澄んだ視線ってか、目力がありすぎんだ。そのせいもあって、言い放つ嫌味も迫力を増す。
「馬鹿、そんな訳あるか」
一弥が言った。
「気にしないで、私は一弥に連絡受けて、これを運んできただけだから」
同調して真優が言った。
その会話から察するに、あの後一弥は真優に依頼してZⅡを届けてもらったようだ。
「ケッ、女のくせにそんな鉄の塊、転がしやがって」
一弥と真優の実家は、かなり近くにあるらしい。その繋がりもあってか、真優はこれぐらいの単車、軽く乗りこなせる。
「シュウ、原付にさえ乗れないから、ひがんでるのかな。免許も取れないから」
「流石にそれは言い過ぎだろ」
淡々と言い放つ真優に、一弥は苦笑混じりに言い放つ。そうだ言い過ぎだ。もっとその女スパイに言ってやれ。そんな確証もない嫌味は言うなって。
「だけど有名だよ。教習車を何台もスクラップにして、出禁になってるって」
……嫌味じゃない。それは確証済みだ。因みにこのZⅡ、俺んちの隣に住む成瀬って男の所有物だったんだ。昔は俺にくれるって言ってたのに、俺が免許取りに二十五回失敗した頃には、何故か一弥が所有していた。成瀬さんと一弥の繋がりは一弥が園児の頃からだそうだ。幼稚園への送り迎えをたまに成瀬さんがやっていた。それが原因で一弥はスピード狂になった。
「勝手に言ってろ。てめーらこそ無免許だべ。お巡りさんに言い付けてやる」
俺は足を進める。実際何なんだこの二人。俺様を馬鹿にするために、ここまで来たのか。俺様が免許取りに失敗してるのは、何も運転が下手な訳じゃない。単車を運転すると何故か事故るんだ。修羅の運命だ。
そんなふうに考えながら走り出す俺に、一弥はゆっくり併走する。
「何なんだよ、早く帰れ」
「奴らのアジトは、日の出町にある」
ボソッと呟く一弥。それに反応して俺は足を止めた。
「三崎は日の出町の風俗店、数店舗借り切ってるんだ。今夜パーティを開いたって事は、幹部を含めた十数人規模のメンバーが集結してる可能性もある」
その一弥の話で俺は行くべき場所が分かった。俺は奴らの策略に嵌まって三十分も時間を無駄にしたらしい。同時に込み上げるのは困惑の感情。ヤバい連中が相手なら、一刻も早く奴らのアジトに行かないと、どんな被害にあうか。そんな焦りだけが支配してた。
「乗れよ」
一弥が言った。
「はぁ? 何の事だ?」
「三崎翔はただのすけこましじゃない。実年齢は十九歳、傷害で前科があるんだ。十人相手の大立回りだったらしい。それだけの相手、お前一人で大丈夫なのか」
「そんなもんおめー、俺様の拳で吹き飛ばすのみだ」
俺は拳をかざし豪語した。どんな大物だろうと、この拳があれば問題ない。
「だけど敵は三崎だけじゃない。副長の林田や、バットマンも揃ってる筈。それに人質だっている」
そんな俺の思惑も余所に言い放つ一弥。
「……人質って、マリアや春菜か?」
確かに一弥の言う通りだ。一人でも何とかなるが、足枷はゴメンだ。
「一気にブッ込んで、一気にぶちのめし、一気に助ければ何とかなるだろ」
それでも考える余裕はない。出たとこ勝負の大博打をするしか手段はない。
暫しの沈黙が過ぎる。覚めたように見据える一弥。ごうごう嘶く風が国道線を吹きさらす。
「俺が加勢してやる」
不意に一弥が言った。俺は意味がわからず視線を向けた。
「加勢って、真優はどうすんだよ」
真優は数メートル奥で、一人佇んでいる。この辺は夜になると物騒。族やギャング、変質者なんかが出没する。流石に女一人じゃ危険だ。
「あいつは大丈夫だ。直ぐに仲間が来てくれる」
「仲間ってのはナイトオペラか」
「ああ」
淡々と会話する俺達を余所に、真優は寒そうな様子だ。両手を胸元で擦り合わせ、祈るような格好で空を見上げてる。吐き出す息がやけに白い。風に煽られ、辺りに飛散した。
「言ったろう。俺はお前の仲間になるって。お前の敵は俺の敵。お前が戦争を仕出かすって言うなら、俺も参加する。それがダチって事だろ?」
「戦争って大袈裟な。それに今の時代、ダチなんて台詞を真顔で言う馬鹿はいねーっての」
馬鹿げた台詞だと思ったた、だの殴り込みなのに戦争とか大袈裟な考えが理解不能。ダチなんて言葉、大声で主張するなんて、聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
「いいから乗れ。考えて行動するなんて、お前らしくないぜ」
それでもその志だけは理解出来た。真っ直ぐで、単純で、熱くて本気の志だけは。
「仕方ねーな! 乗ってやんよ!」
そして俺はZⅡの後方に乗り込んだ。少しだけ嬉しかった、一弥の思いが。少しだけ力強かった、一弥の気持ちが。
「一弥、真優!」
爆音と共に、別の単車が現れた。運転するのは、黒髪をオールバックに撫で付けた男。同じ聖王一年生でナイトオペラのメンバー。俺や真優とも面識がある。真優を迎えにきたんだろう。
「一弥、戦争なら加勢すんぜ」
真優を後ろに乗せると、こっちに向けて意気揚々と単車を走らせる。そのダンデムシートには、木刀がくくりつけられている。襲撃する気で一杯のようだ。
「ダメだよ永倉君。一弥やシュウの馬鹿に付き合っては」
すかさず後方の真優が言った。
「そうだお前らは帰れ」
同じく言い放つ一弥。
「この件、チーム同士の揉め事にする気はない。仮にもお前らはナイトオペラのカンバン背負ってるんだ。そんな事、他の奴らが許さないだろ」
一弥の台詞は恐ろしい程的確なもの。確かにオールバックはナイトオペラのメンバー。それがアルタイルのアジトに強襲するって事は、チーム同士の抗争を意味する所。
流石のオールバックもそれに従うしかなかった。
こうして一弥の運転するZⅡが国道を疾駆始めた。
空は真っ暗だ。厚い群雲が支配し、うねりをあげて突風を巻き起こす。
待ってろよまだ見ぬ大金。マリアを助けなきゃその金も消えてなくなる。だから助けに行ってやる。……ついでに太助の馬鹿も助けてやるから泣かずに待ってろ。




