欲望の街編
夕闇が支配する街並み。俺はいつも通り、コンビニでバイトだ。
「なあシュウ、おいらに大根おごってくれよ」
その店内、太助がおでんの入った器を見つめて言った。
「何故におめーに、俺様がおごらなきゃならんのだ」
「こう寒いと、あったかい物が食いたいよ」
「だったら金を出して買え」
「アハッ、金なんか無いじゃん」
相変わらず馬鹿げたやり取りだ。考えてみりゃあ俺の人生は学校とバイトとアパートの三つしかない。特にこれといった趣味がないのが要因だが、高校生としてこれで良いのだろうか。例のごとく太助の馬鹿はいるし、雑誌コーナーでは一弥もエロ本読んでる。
窓の外はごうごうと吹きずさむ嵐の世界。無機質な暗黒だけが支配している。
「ハァ、優しい彼女がいれば、おいらにも春が来るのに」
「俺様に付きまとう時点で、おめーの季節は万年氷河期だ」
「春菜はいいなぁ、春が来て」
太助の奴は俺様の台詞に聞く耳を持たない。夢見心地で呟くだけ。
「あん? 春菜が春?」
その意味深な台詞に、俺は訊ねる。
「春菜と春ってダジャレだね」
「おめーが言ったんだべ」
てめーの脳ミソは石ころか、ギャグじゃねーんだぞ。実際こいつ、いつもよりも浮き足たってやがる。普段からお調子者だが、益々調子付いてる。
「じゃなくてよ、春菜は堀田と付き合う事になったのか?」
「うん、そうだよ。春菜『今日は堀田先輩とデートなの』って嬉しそうに言ってたもん」
そしてその太助の台詞で気付いた。春菜と堀田がうまく行ってるから、太助はこんなに幸せそうなんだと。こいつにとって、周りの幸せは己の幸せ。そういう真っ直ぐな性格が唯一の太助のいいところ。己の損得勘定なんかどうでもいいんだ。とはいえ、そんな性格だからナメられる。調子に乗って他人の不幸を背負わされる。それが災いして、入学した頃ボクシング部に入部した程だ。結局いじめられ、俺様が動く事に なったが……
「堀田は既に廃人だぜ」
だがそののほほんとした会話を断つように、一弥が言った。
「廃人だ。えらくトゲがあんな」
俺は意味がわからず視線を向ける。太助はテンパった様子だ。おどおどした視線を一弥に向ける。
「堀田は伊勢佐木を拠点にする、アルタイルの兵隊だ」
アルタイルってのは中規模クラスの武装チームだ。いつだったか一弥に壁ドンされた奴、奴もその一員だ。チーム名騙って、息巻いていたから覚えてる。
「だけどあそこって、リーダーがボコボコに叩き潰されて、解散寸前じゃねーのか」
俺は返す。数ヶ月前、ウチのガッコーに殴り込み騒ぎがあった。その殴り込みをかけたチームが、アルタイル。だが逆に返り討ちに遭った。ウチのガッコーの恐ろしさ、理解してなかったんだろう。
「確かに解散寸前だった。だが今は完全に復活して、派手な商売に打ち込んでいる。リーダーが代わったからな。その新しいリーダーこそが三崎翔」
「誰だそれは」
「三崎翔、聖王学園二年生。王城とつるんでる金髪の男だ」
その一弥の台詞に、俺は思考をフル回転させる。王城がいつでも一緒にいる奴は二人。少し背の高い金髪と、熊みたいな大男。とは言え、三人共その素性はよく知らない。王城を含めて、三人共最近転校してきたばかりだから。
「奴こそが今のアルタイルリーダーだ」
「ちょっと待て、奴はブラックスじゃないのか?」
堪らず訊ねる。俺は王城がブラックスのリーダー補佐をするぐらいだから、その取り巻きも同じブラックスだと思っていた。
「元々三崎は、ブラックスのメンバーだ。だがアルタイルが弱体化した事で乗っ取って、奴がリーダーになった。ブラックスは直参制度を利用して、傘下にいくつもの武装勢力をまとめてるから」
「成る程な。吸収したって事か。ブラックスは最近、勢力を増してっからな」
市内最大規模の武装チームといえばブラックスだ。敵対する勢力を力で叩き潰し、その傘下に治めていく。ヤバい商売は、その傘下にやらせて、その売上を搾取する。それこそが奴らのやり方。
だけどそんな俺らの会話、 太助にはちんぷんかんぷん。
「俺には難しい事、分かんないけど、それと堀田先輩がどう繋がるのさ?」
困惑し訊ねる。
「堀田はその女に興味ある訳じゃない。ただ単に、チームの生け贄なんだろう」
「生け贄って……」
ごくりと息を飲む太助。
「堀田は今夜、アルタイルの大規模な集会に参加してる筈だ。集会といっても、女を集めてのパーティーだがな」
一瞬太助を見やる一弥。
「だけどパーティーなんてのは表向きのカモフラージュだ。実際の中身は女をかき集めて、浚って強引に犯す。アルタイルは影で売春の斡旋なんかもしてるらしいしな」
そして一気に吐き捨てた。
「けっ、とんだコマシ野郎だ」
俺の脳裏に浮かぶ三崎の面影は、軽薄そうで、薄っぺらなイメージ。確かにあいつなら、その辺の女をあっさりたぶらかす事も可能だろう。
「だけど堀田先輩は、春菜を彼女として……」
「いい加減気づけよ。堀田は三崎に利用されてるんだ。全てはチームの為、己の欲望の為」
そこまで聞けば疑いの余地はないだろう。堀田は三崎の為に女をかき集めていた。それにまんまと引っ掛かったのが春菜。そして今現在、アルタイルの集会に参加している。
その意味は流石の太助も理解したようだ。ケータイを取りだし、春菜に繋ぐ。だが春菜は出る様子はない。何度繋ごうと同じ結果だ。
「シ、シュウ?」
やがて俺に縋るような視線を向けた。
「わりぃな太助。俺は動かないぜ」
「だって、俺が後押ししなきゃ春菜は」
「斉藤」
一弥が言い放った。
「確かにこれは堀田や三崎の罠だ。だがそのぐらいの事、春菜って女も理解してなきゃおかしいだろ? 所詮男女の仲、肉体関係ぐらい分かってて付いていった。それだけの事じゃねーのか?」
その一弥の台詞には、同意出来るものがあった。
酷な言い方だが、男を見る目が無かった春菜も悪い。自分で付いて行ったんだ、自己責任だろう。
「だけどほっとけないよ。俺、行かなきゃ」
しかし太助は納得しない。ふらふらっと外に向けて歩み出す。
「あ、おい!」
俺は慌てて呼び止めた。それでも太助は、聞く耳を持たず外に消えていく。
「ば、馬鹿野郎!」
俺も後を追い、レジを飛び出した。開いた扉から、強烈な風が吹き込んでくる。同時に若いカップルが入店してくる。
怪訝そうな男。俺が謝ると、カップルは飲料コーナーに足を向けた。既に太助の姿は見えなくなっていた。外に広がるのは、所々に輝く明かりと、真っ黒な夜空のみ。
風はその威力を増大していた。いつしか冷たい雨が、ポツリポツリと降り出していた。




