電話番号と女帝編4
「シュウさん、大丈夫なのですか?」
マリアが言った。俺は口元を腕で拭い捨て、無言で頷く。その視線の先、エリザベートが後方に腕をかざし、颯爽と歩きだす。その意味を察してか、ゴン太達は動かない。鋭い視線を投げつけるだけ。
辺りを包むビリビリした空気、その最中俺達は対峙する。
「相変わらずとんでもねー人気だな」
「そろそろ卒業の季節じゃからな」
静かに言い放つエリザベート。小さな声だがやけに耳に響く。風が吹き込み、その長い黒髪をさらした。心地よい香りがする。っても、安らぐ効果はないけどな。
「意味わかんねーぞ」
「別に意味などどうでもいいじゃろ」
カレンダーはもうすぐ二月。三年であるこいつもあと少しで卒業だ。三年生とは色々な因縁もあった。幾度となく闘い、幾度となく報復を受けた。かなりムカツク思い出だが、今となっては笑い話。それは俺も承知してる。
「彼女の電話番号、訊かなくていいのか?」
そのエリザベートの台詞にはっとした。
「てめーどこまで知ってる?」
俺は上目遣いで返す。確かに勢いのままに、こんな場所でマリアの電話番号を訊こうとした俺様も馬鹿だ。だがさりげなく訊いてるつもりだ。他の奴にバレないように、こそこそと。隣のマリアにしてもそうだろう。おどおどと、その小さな身体を更に小さくして、俺とエリザベートを見つめてる。
「知ってる奴は、知っていると思うぞ」
覚めたように空を見上げるエリザベート。空からはいつの間にか、雪が降りだしていた。どうりで寒い訳だ。さわさわと風にはためき、ゆっくりと舞い落ちていた。
「知っているって……」
俺は空を見上げ、愕然となった。
辺りを包み込む、醜悪な覇気、まるで針のむしろ、そこにいるだけで吐き気をもよおす。
視界に映るのは多くの生徒の姿だ。いや、言い方が逆だ。俺達は真上から見られていたんだ。ここは校舎にぐるりと囲まれた場所、上からなら隠れようない、完全に目立つ場所。マリアとエリザベートに気をとられ、その事実と、視線、覇気に気付かなかったに過ぎない。
しかしこの覇気、いったい誰のものなんだ。普通じゃこんな覇気、あり得ない。何故ってそれは、戦場に赴く者の、死を覚悟したそれだから。ストレートに言って俺と同様の覇気、修羅ばりのイカれた覇気だ。
校舎の中には見慣れた奴もいる。まずは沖田一弥。仲間と共に怪訝そうな視線を向けている。一弥はナイトオペラを辞めたけど、チーム内でもその人気は健在。現在ナイトオペラリーダーの座は空席、いつこいつがリーダーの座に戻ってもおかしくない。
それと王城、確か下の名はレイ。仲間達がそう呼んでいるのを覚えてる。後方に仲間二人を従え、卑下た笑みを浮かべてる。この男も謎が多い。凄まじい実力を秘めてるらしいが、実際に闘う姿を見たことない。全ての騒動を、後方の二人が解決しちまうからた。
片隅には堀田の姿も見える。おどおどした視線で、俺達を見つめてる。多分この覇気は、奴のものじゃない。奴はパンピーだ、見た目が派手なだけ。
実際この場に集う連中、その狂気がいつ爆発してもおかしくない。それはエリザベートやゴン太にも言えること。何故なら奴らの中には、前世の因縁でこのガッコーに封じられてる奴もいるからだ。そう、俺と同じように、前世の罪を背負って生まれた奴だ。
「しかし噂に違わぬ美しさじゃのう」
不意にエリザベートが言った。俺はその声にはっと我に返る。さっきまでの覇気は、辺りから消滅していた。俺が上に視線を向けたから、多くの奴らは、ばらばらに撤収していた。
エリザベートの視線はマリアに注がれていた。舐めまわすような、ねっとりと絡み付く視線だ。多くの倶楽部住人の、興奮ぎみな声が響く。『エロいですな。まるで調教のようです』とか、『極楽ものです』とか、まるでエロ動画でも観るような熱い吐息。
「あのー」
その視線を一身に浴び、マリアは紅潮して俯く。実際エリザベートの視線はエロ過ぎる。ってか、ヤバい視線だ。高飛車なこいつの事、マリアを見下して奴隷か何かと思ってんだろう。もしかすると女の修羅場ってのが始まるかも知れない。
「私が卒業しても、問題はないじゃろうな」
そんな俺様の思惑も余所に、エリザベートは言い放つ。
「シュウ、お主も気を付けるのじゃな。私達は卒業するが、お主らの時間は始まったばかりじゃから」
脇目も向けずに俺に言い放つと、ゆっくりと歩みだす。今までと違う、ひどく穏やかな表情だ。
それを認めゴン太達も動き出す。俺様とのすれ違い様に、散々悪口を言い放ち、マリアに向けては称賛の嵐。俺としたらムカツクが、いちいち本気で相手してられない。
奴らは校門を出ていくエリザベートに大きく頭を下げてお見送りする。エリザベートの姿が通りの向こうに消えるまで、それは続くだろう。奴らは奴らで規律は弁えている。校門を出たら、倶楽部は一旦休止。エリザベートも淀川エリとしての時間に戻る。
「お綺麗な方ですね。まるで映画の中の、姐さんのように凛としてました」
マリアが言った。緊張から解きほぐされたように、胸を撫でほっとため息を吐く。
「姐さんかどうかは知らんが、口にするほど綺麗じゃねーよ」
俺は言った。確かに奴が、絶世の魅力を持つのは否定はしない。だが俺からすれば一番って訳じゃねー。
「シュウさん、これを」
言って右手を差し出すマリア。その掌には何か握られている。小さな紙切れ、多分電話番号の書かれたメモだろう。
「後で送るわ」
俺は視線を上に逸らし、さりげなくそれを受け取る。掌を介して肌のぬくもりが伝わる。こんな小さな掌なのに、しっかりした力強さを感じた。
多分エリザベート以外は、俺達が電話番号のやり取りしていたのには気付いていないだろう。上から見てた連中の中に、太助と真優が居なかったのも幸い。太助はスポークスマン、真優は女スパイ、あることないこと全部含めて校内にバラす。
実際終わって見れば簡単な事だ。一通りのやり取りを終えた俺達は、校門を出て左右ばらばらに進みだす。倶楽部の連中は、未だにエリザベートの後ろ姿を見送っている。相変わらず馬鹿な連中だ。とは言えそんな台詞、口が裂けても言えない。どうせエリザベートが卒業すれば、こんな馬鹿げた倶楽部は解散。俺様との因縁も消滅だ。頼むから宅ちゃん、一生冬眠しとけ、って思っていた。




