電話番号と女帝編3
「エリザベート殿」
だがそのゴン太の声ではっとした。よく見りゃ倶楽部の奴ら、校舎側に向かって視線を注いでいる。その視線の先は校舎とグラウンドの間にある中央階段だ。その一番上、三人の女生徒の姿がある。中央に立ち尽くす背の高い黒髪の女を、左右の女が従う格好だ。黒髪の女、その名を淀川エリ、通称エリザベート。俺らの二つ歳上、三年生だ。
長い黒髪を揺らし、颯爽と階段を降りだすエリザベート。同じ制服な筈なのに、奴が着込むと気高く感じる。オークションで出回っている訳じゃねーのに、その価値は数百万の値踏みがされてるらしい。下手なブランドも真っ青だな。
エリザベートと共に左右の女も後を追う。それを羨望の眼差しで追い掛ける倶楽部の面々。さながらトップモデルのランウェイのようだ。てめーは赤じゅうたん歩いてんじゃねーんだぞっての。
ゴン太達がエリザベートに酔狂するには訳がある。この女こそが、宅ちゃんが担ぎ上げた女だから。淀川ファン倶楽部、それが今現在の倶楽部制式名称。
「ちっ、メンドーだ」
俺は舌打ちした。俺とあの女には因縁がある。
半年程前の事だ。聖王は続々入学してきた荒くれ達で、激しい抗争に明け暮れた時期がある。三年生や生徒会も巻き込む、熾烈なる抗争だ。誰が味方で誰が敵かも知れぬ泥沼の抗争。
当時エリザベートも、倶楽部を率いてその抗争に参戦してた。実際この女、学園一って程の魅力を秘めてるらしい。だからこそ宅ちゃんが動いて、倶楽部のてっぺんに担ぎ上げた。とはいえ俺様には、そんな魅力効きはしない。その俺の態度がエリザベートのプライドに火を点けた。奴自身じゃなく、その取り巻きが動く事態になったんだ。後方に従う女二人、宅ちゃん、ゴン太と、執拗な攻撃を喰らわす。時には姑息な嫌がらせ。どれもこれも、エリザベートの傲慢で高飛車な性格が災いしてんだ。
抗争は数ヶ月に渡って続いた。さしずめ校内は戦国時代。様々な派閥が争い、淘汰と増幅を繰り返し、学園を戦火に包んでいく。その最中に死んだ奴もいる。報復に駆り立てられ、刃物持ってぶっ込んだ奴もいる。屋上から蹴り落とされた奴もいる。心の内をさらけだし、泣きながら助けを求めた奴もいる。
抗争は警察の介入と共に終結する。抗争の首謀者たる男が、傷害の容疑で逮捕されたんだ。それでもその遺恨は、まだ残されたままだけど__
エリザベートの視線が俺を捉えた。鋭い眼光だ。殆どの野郎はその視線だけで奴に魅了される。奴の毒牙にかかった野郎いわく、姫の視線は雄大な湖。穏やかで心地よくて、まさに姫ぎみなんです、らしい。とはいえ俺様にはそんな馬鹿げた言い訳効かない。奴の瞳はブラックホール、ただの穴ぼこだ。
「シュウさん?」
不思議そうに言い放つマリア。俺は微動だに出来ない。内ポケットに腕を突っ込み、そのまま固まる。奴に魅了された訳じゃない。奴の目の前で、電話番号の交換なんか出来ないからだ。
そして続く沈黙。部活動に打ち込んでる奴ら、帰宅しようとしてる奴ら、その全てが固唾を飲んでその様子を窺っている。エリザベートや倶楽部の怖さは、パンピーだって知っている。
エリザベートがゴン太に何かを言った。ここからじゃ聞き取れない。奴の赤い唇だけが異様に際立つ。多くの奴らは、その白い肌と赤い唇の対比に魅了される。真っ白な雪原に咲く、鮮やかな桜の花のようだって。だが俺様からすれば吸血鬼のそれだ。奴らが壊滅させてきた生徒は数多。奴らの生き血を吸って、真っ赤に咲き誇ってんだろう。
やけに長い沈黙だ。俺も声が出せない。激しい息苦しさを覚える。何故って奴らが消えなきゃ、マリアとのやり取りは出来ん。
その時不意に、俺の方に向かって小学生程の大きさの生徒が近づいてきた。口におしゃぶりを銜えた、金髪ソフトモヒカンの生徒。
「……パイナップル」
俺は訝しく感じ視線を向けた。このガキみてーなコゾー、パイナップルって渾名の住人だ。
パイナップルは視線を下げたまま、俺の足元まで歩み寄る。そしていきなり俺のすね足を蹴り上げた。
「ぐおっ!」
俺は慌てて飛び上がった。小さな奴の蹴りだ。さほど痛みはない。それでもムカつきを覚えた。
「てめー、何の真似だ!」
すかさずパイナップルの首根っこを引き上げ、目の前にかざす。
だがぬかに釘状態。パイナップルは手足をばたつかせ、キャッキャッ、と笑うだけ。実際こいつ、意味が分からない生命体だ。笑うだけで他の感情が欠如してる。
目を細め、冷笑を浮かべるエリザベート。まるで現代に蘇るクレオパトラって様相。血を欲し、闘技場から見つめるそれだ。それを如実に物語るように、辺りに多くの歓喜の声が響く。
俺はグッと気合いを籠めた。確かにこのパイナップルは強烈な性格の持ち主。それは俺も痛感してる。だけどそれだけだ。
「へヘヘッ。何が爆弾攻撃だ。知ってんだぞ」
パイナップルをつまみ上げ、エリザベートの手前にかざす。
「こいつはおしゃぶりさえ銜えてれば、派手な攻撃はしてこない。学習済みなんだよ」
そして勝利を確信し通達した。このパイナップルとも、何度か争そった事がある。だから知っていた。パイナップルって渾名は、見た目がパイナップルではなく、安全ピン、つまりおしゃぶりを銜えた手榴弾だって事だ。つまりそれさえ抜かなければ、危害は及ばない。
覚めたような笑みを向けるエリザベート。その感情は殆ど変わらない。一方のゴン太達は酷くざわめいている。パイナップルの能力は、俺より奴らの方が知っている。
実際ゴン太の殺気は感じるが、エリザベートの殺気は感じない。多分あの女の嫌がらせなんだろう。実際奴は高飛車だ。さっさとパイナップルを投げ返して、この馬鹿げた争いを止めよう。
だが次の瞬間、プッ、という何かを吐き出す音が響いた。俺の視線に、宙を舞うおしゃぶりの姿が映る。
「フギャーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
空に響き渡る、強烈なる金切り声。同時にパイナップルの体当たりが、俺の顔面を直撃した。今度の威力は、さっきまでとは違う、体重の掛かったヘビー級の威力だ。
「てめー! おしゃぶりを吐き出すとは、高度な技を!」
堪らずその手を放した。すかさずパイナップルの顔面目掛け、右のストレートを繰り出す。
「ギャーーーー!」
だがその拳に、手ごたえはほぼ皆無。拳が当たった瞬間パイナップルが回転し、その衝撃を吸収したからだ。幾度となく拳を放つが尽く封じられる。逆にベビー級の体当たを喰らうだけ。
「もうよい、パイナップル殿。お遊びはそこまでじゃ」
エリザベートが言った。それに呼応して、パイナップルが撤収を図る。
「てめー逃げるなんざ卑怯だぞ!」
俺は言い放つが、その逃げ足は異様に速い。脱兎の如く通路を駆け抜け、エリザベートの陰に隠れこんだ。




