電話番号と女帝編
カラーンコローンと鐘がなって、 その日の授業が終わった。
俺は活気溢れるグラウンドを尻目に、ひとり校舎の側を歩く。目的地はバイトするコンビニだ。 マリアの警護をするはめになった俺様だが、簡単にコンビニのバイトを辞める訳にはいかない。
マリアの警護をするにあたり、ボーナスと称しての報酬が支払われる。とはいえそれは、この任務が成功すればだ。
一応前払いで百万円の現金収入はある。ゲームやマンガ、コーラなんかの必要な物はそれで買った。まだ半分以上は残ってる。だが派手には使えない。計画をもって有意義に使わないと。それに、あっさりとコンビニを辞めたら、おかしいと思われる。ドラマなんかじゃ、急に仕事を辞めるから足がつく。それと一緒だ。
太陽の光は注いでいるが、吹き付ける風はまだ冷たい。多くの奴らが背中を丸め、校舎の側に寄り添って下校してる。その中にはマリアの姿もある。コートの裾をはためかせ、髪を吹きさらして、校舎脇を一人歩いている。
俺は気配を隠し、見つからぬようその数メートル後を追う。そこに仲のいい春菜の姿はない。あいつは吹奏楽部に所属してるらしい。近々大会があるらしく、その練習で忙しいらしい。
マリアの警護は校内を出るまで。それで任務完了。あとはソウイチロウが引き継ぐ。ソウイチロウってのは俺の階下に住む住人。見た目通りかなりエロいがオッサンの受けはいい。
こうしてマリアの警護をして数週間、マリアはその事に一向に気づく様子はない。俺様に尾行のセンスがあるのかもしれない。将来の職業は、警察、あるいは探偵ってのもありだな。
突然、『きゃっ』ていう戸惑う女の声と、『おおー』っていう歓喜溢れる野郎の声が響いた。風に煽られスカートが捲れ上がったんだ。捲れ上がったのはコギャル系の女、目の当たりにしたのはサル顔のヤンキー。
そして始まる『ちょっと見たでしょ?』『げへへ、見てねーよ』という、お決まりなやり取り。周りの覚めた視線もどこ吹く風、激しい口論と相成る。
「ちっ、馬鹿なエロ猿め」
俺は呆れて言い放つ。女のパンツなんぞ見て、何が嬉しい。一銭の得にもならん。女にしても、見られて怒るくらいなら、最初からそんな短いスカート穿くな。
とはいえ凄まじい突風だ。グラウンドで部活動に打ち込んでいる奴らも、その場にうずくまっている。聖王は元々文武両道の進学校。部活動も充実してる。
マリアの奴も、この風に動揺してるらしい。コートの裾を押さえ、その場にしゃがみこむ。奴のパンチラは拝めないだろう。……他の奴らに対してだぜ。
そう思う俺様。その眼前、思いがけない光景が飛び込んだ。
マリアの遥か頭上、何かの物体が浮かんでる。それは鉢植えだ。浮かんでるんじゃない、マリア目掛けて落下してるんだ。
「あぶねーぞ!」
俺は叫んで動き出す。はっとして振り返るマリア。だが鉢植えには気付かない。風の強さだけが増していく。
「ぐぎゃーー!」
やがて響き渡る絶叫。誰もが愕然と、その方向に視線を向ける。
「大丈夫ですか?」
あわてふためき、マリアが駆け寄る。
「なんとかな」
鉢植えは俺様に直撃した。突風に煽られ、俺様目掛けて進路を変えたらしい。幸いなのは、その中身が空だった事だ。土も入ってないから、ダメージは半減。茶色い破片だけが、バラバラに砕け散って、辺りに散乱してる。季節は冬、寒い季節に鉢植えなんぞ育てない。少なくとも聖王にはいない。とはいえ俺様じゃなきゃ、大怪我は確実だったろう。
「ですがあのような物が当たったら、普通は大怪我です。一応お医者様に診てもらった方が」
「大丈夫だって、頭は丈夫だ。たんこぶのひとつもできてねー。どうせ鉢植えも、頭の中身も空っぽだしな」
不安げに言い放つマリアを、俺は宥める。医者なんか嫌いだ。金がかかるし注射なんか大嫌い。それに医者の中には俺様をモルモットと勘違いする奴もいる。俺様の不死身な身体が珍しくて、データを蒐集するんだ。『ナイフで刺された傷を、バンドエイドて治すなんて普通じゃない』って。
「ご無事ならいいのですが」
ほっと安堵のため息を吐くマリア。どうやら納得したらしい。
「よく、同じ時間にお帰りになりますよね」
「同じ時間?」
「昨日もこの時間、髪の長いインテリヤクザのようなお方と、お喋りしてましたし」
「ああ、あれか。別にお喋りする程、仲がいい訳じゃねーけどな」
インテリヤクザってのは、F組のナンパ師の事だろう。獲物を捕獲するように、マリアを陰から見てたから、俺様が引き摺りだし、因果含めて追い込みかけてた。
「一昨日も地上げ屋さんが飼うような、御犬様とじゃれあっていましたし」
「ああ、あれか。別にじゃれあってた訳じゃねーけどな」
御犬様ってのは一昨日校内に浸入してきた土佐犬だろう。最初、マリアに興味を示してたが、俺様の面見て襲ってきた。危うく喉笛、咬まれそうになった。
「何故だか気づくと、いつも、シュウさんのお姿が見えますから」
「そんなの気のせいだべ。俺様はストーカーじゃない。全部たまたま。この時間に帰るのもたまたまだ」
どうやらこの女、俺からの視線に気付いているらしい。いや、気付かないのがおかしいのか。俺様の周りは馬鹿な奴が多い、昼時の太助のように。ああいう輩がいるから俺様が目立つ。
「そうですね。私の勘違いですね」
寒さの為か、頬を赤らめるマリア。はにかみ頷いた。
「今日もバイトですか?」
「ああ、今日もバイトだ」
「働く男の方って素敵です。シュウさんの、バイト先での制服姿も素敵ですし」
「まぁな。馬鹿にも衣装ってな」
「……馬子にも衣装、ですね」
こんなふうに校内で、俺達が向き合って話すのは初めての事だ。その場に居合わせた奴らが、不思議そうに視線を向けている。『シュウが女と喋ってる』とか、『あり得ねー組み合わせだ。魔王とお姫様だぜ』とか、そんな事を口々に囁いてる。
実際自分でも不思議な光景だとは思う。女嫌いで有名な俺様が、こうして女と喋ってるんだから。
そう思うと、俺も紅潮する。別にパンピーに、何を思われようがどうでもいい。俺様が誰と喋ろうが、俺様の自由。俺様は俺様、女が嫌いなのは今でも変わりない。それは揺るぎない。
だけどざわざわと耳鳴りがする。頭に響く呪いにも似た台詞。馬鹿だとか、死ねだとか、妬み嫉み怨みの籠る不気味な響き。




