独り暮らしのお嬢様
そんな風に考える俺を、一弥は怪訝そうに見つめてる。同じく太助と真優も、俺の顔を不思議そうに覗いている。『お腹がすいて、死にそうなんでしょ』とか『シュウはいつでもこんな感じよ』とか、のほほんとした会話を繰り出してる。
実際こいつらに独り暮らしの件は内緒だ。マリアを警護してるのがバレるし、あることないこと言われる。
「悪かったな。昼休みの貴重な時間だったのに」
しばらく後、一弥が言った。さばさばと頭を振りその場を後にする。
実際さっきの『迷惑』って台詞、一弥も含んでる。駅前の武装チームの中で、一番の死闘を繰り広げた相手は一弥だ。元々あの男、俺様の首を取りたくて、この聖王に入学してきた。
前にも言ったがこの聖王学園には、ガラの悪い生徒が集まり始めてる。『喧嘩上等、目指せてっぺん』を合言葉にした荒くれ達が集結してる。
そのきっかけを作ったのは理事長だが、起爆剤になったのは実は俺だ。ご存知の通り、かつての俺は魔王の異名を持つ統治者だった。市内の半分は俺様の勢力、残った半分が敵って構図。
あの通り魔事件でその勢力は解散したが、未だ俺の首を狙う者や魅力に惹き付けられる者がいるのも事実。
そんな俺様が聖王に入学したと訊いて、幾多の猛者が結集した。幾つもの中学を統べる荒くれ、最年少を誇る暴走族の総長、駅前武装勢力の幹部、喧嘩が取り柄のヤクザの実子など様々。つまり俺の修羅な運命が、そいつらを引きつけたんだ。
だから俺にその気がなくてもこのガッコーのてっぺん争いの中心には、俺の名が連なってる。その中の一人が沖田一弥ってだけだ。
とはいえさっきの王城、奴に関しては俺の首を取ろうと入学した訳じゃない。半年前、いきなり転校してきただけだ。その当時は一弥もナイトオペラのリーダーをしていた。一ヶ月ぐらいは、ピリピリした緊張感が支配してたのを覚えてる。
そう考えてる間にマリアの姿を見失っていた。この状況じゃ問題ないとは思う。だけどいきなり視線から消えたままじゃなんか後味悪い。きょろきょろと視線を巡らせた。
「春菜だ」
そしてその太助の台詞にはっとした。マリアと春菜は、教室の中から廊下側に移動していた。さっきまでと違って、はっきりとその姿が確認できる。逆にいえば、あっちからも俺の姿がまる見えじゃねーか。
「隣にいるのって、三年の堀田先輩だよね」
分厚いメガネの奥から視線をくぐらせる真優。堀田って名前には、俺も覚えがある。元ハンドボール部のキャプテンを務めた、熱血イケメンのことだ。
確かにマリアと春菜の隣には別の存在の姿があった、それが堀田だ。とは言え昔の面影は微塵もない。金髪に染めた髪の毛、浅黒く焼けた肌。ハンド部を辞めて軟弱野郎に鞍替えしたらしい。
ニコニコと笑みを浮かべ、なにかを語りかける堀田。それを頬を赤らめ聞き入る春菜。その後方でマリアが、和やかな笑みを浮かべている。その会話の内容は、ここからじゃさっぱり理解不能だ。
正直言って、マリアは人を疑うってことを知らなすぎる。なんでも信じて鵜呑みにしちまう。
あのコンビニの事件の後、マリアと再会したのはマリアの部屋だった。
俺は部屋の修繕契約を取り付けて、再びリキの探索を続けていた。よくよく探してみれば、リキは部屋の奥の方、剥がれた壁の隙間から、隣の部屋に浸入していた。チョコンとお座りして嬉しそうに鳴いていた。飼い主である俺の苦労も知らず、暢気な表情。
俺は不思議に思い、その壁にもたれ掛かる。それと同時に壁が剥がれ落ちた。
それに巻き込まれ、隣の部屋に雪崩れ込む。ガラガラ音を発てて、壁が背中に直撃した。
怒りと共に頭を上げた。だけどすぐに治まった。俺の視線に飛び込んだのはマリアの姿だった。リキと並んでちょこんとおすわりしてた。考えれば、俺の隣の部屋はマリアの部屋だ。リキの相手はこいつがしてたんだ。既に時刻は五時を過ぎてる。ガッコーは終わってる。
俺はドキドキしながら、その室内を見渡す。正直女の部屋なんざ、見るのも入るのも初めて。
そして愕然となる。マリアの部屋は特注だった。横に三部屋ぶち抜いて造られた、充分広い空間の絢爛豪華な造り。白く真新しい壁紙に、清潔感のあるフローリングとカーペット。辺りにアンティーク調のテーブルや椅子が並べられている。とはいえ金持ち趣味の胡散臭さは感じられない。
なにより奥に置かれたドデカいベットが異彩つ。何人もの大人が寝れそうな大きなベッドだ。貴族やお姫様が眠るような、何重にもレースで仕切られたそれだ。とはいえそれは納得する。このアパート自体が、マリアの為に用意されたものだから。
因みに俺の頬に貼られた絆創膏、これはマリアが貼ったシロモノだ。ホントただの掠り傷なのに大袈裟だ。
その時のマリアの受け答えにも戸惑った。マリアはあの強盗事件の後、このアパートに自分を連れ帰ったのが俺だと思っていた。実際はマリアを連れ帰ったのはオッサンだ。だが家訓のこともあり、警護をしていたとは言えない。だからここまで連れ帰ったのが、俺ってことにしたんだ。
それだけなら問題ない、問題はその後だ。醤油で濡れた衣服、それは誰が替えくれたのか、って話題になった。
俺が『大家じゃねーか』って言うと、マリアはハニカミながらもそれを受け止める。実際俺の方が戸惑い気味だ。俺様が女の着替えを手伝うなどあり得ねー、考えるだけで顔から火が出る。
そんな風にテンパる俺を他所に、マリアは『シュウさんに助けてもらったのは感謝します。ですがどうして隣の部屋に居るのですか?』そう聞いてくる。確かに不思議だろう。強盗騒ぎでたまたまピンチを救った俺が、同じアパートの隣にいるのは不自然すぎる。
だから俺は『馬鹿だな、俺はずっとここに住んでたぜ。お前が住み移る前のことだ』って答えた。それはオッサンに言われていたマニュアル通りの嘘っぱち。普通なら信じる筈はないだろう。
だがその嘘をマリアはアッサリと納得する。ホント人を疑う感情が欠落してる。流石の俺もその対応には戸惑いを覚えるに充分__
「春菜!」
その叫び声が、俺を現実世界に呼び戻す。叫んだのは太助だ。窓を開けて対面に向かって両手を振ってる。この辺一帯に響き渡る大声。多くの視線が俺らに注がれる。マリアと春菜はともかく、一般の生徒、狂気染みたヤンキー、挙動不審のオタク、生活指導の体罰教師まで、こっちに向けて視線を向ける。
「馬鹿野郎、太助」
俺は咄嗟に身を屈めて、その姿を隠す。大声を出したら、俺様の存在がバレるだろ。ガキじゃあるまいし、大声出す意味が分からん。そんな俺様の思いも知らず、太助は笑みを浮かべ両腕を振る。
「春菜って堀田先輩の事、好きなんだよね」
暫く後、太助が言った。
「この前、その相談を受けたの」
この前ってのは、あん時のコンビニでの事だろう。確か堀田は太助や春菜と同じ中学出身だ。それ故の相談って事だろう。じゃなきゃ太助なんかに相談する筈もない。
「へー、それであんなに仲良くなったのか」
俺は少しだけ理解した。堀田は女達に中々の人気を誇るイケメンだ。普通なら春菜なんか相手にするとは思えない。それがあそこまで仲良くなるなんて、太助のお陰だろう。
「まぁ、上手くいけば良いな」
言って立ち上がる。昼の偵察はこれで終わりだ。便所に寄って、内容をメールしよう。
実際、俺自身からすれば他人の色恋沙汰なんか関係ない。だけど邪魔するつもりもない。上手くいけばいい、って思うのは当然のこと。他人の不幸を願う奴なんか普通はいない。それだけだ。
そん時は、そんな風に漠然と考えるだけだった。とにかくこんな感じで、俺様のマリアの護衛生活が始まった訳だ。




