誰が味方なのか知らない
のぞみんとことのっちのライブは大成功だった。
ライブ後、舞台袖から出てきた小太郎に声をかけると、小太郎は照れたようにはにかんだ。
「のぞみんも楽しかったって言ってくれたんだぜ」
「そうなんだ、よかったね」
「最近はのぞみんがよくことのっちに話しかけてくれるようになったんだぜ」
嬉しそうに声の調子を上げて話す小太郎はかわいらしい女の子のようだ。
「じゃあ、帰るか。コタロウも一緒に帰れるか?」
「もちろんだ!」
小太郎が頷く。
「…そういえばゆゆ、誰に会ったんだ?」
「あっ。えっと、ゲームの実況者さんなんだけどファルマさんって言う人で
イメージ通りな感じだった、かな」
「今流行りの実況者だな!おれもよく見てるんだぜ、ファルマさん」
「えっ、コタロウくんも!?会えたらよかったね…」
「そうだな、今度のイベント来てくれるといいけど…」
ことのっちのライブがあるイベント、とつぶやいた言葉にそれまで黙っていた灯がくるりと振り返る。
「ライブチケット」
「…分かってるぜ…」
顔が引きつっている。灯に真顔で単語だけで要望されたら誰だって引くが。
「はははっ、それも皆で行けたらいいよな!」
「うん」
首を縦に振ってから、ふと心に冷たい風が吹くような心地がした。
(…でも、私なんて皆と一緒にいていいのかな)
この気持ちは不意に由々を苦しませる。
(皆は一緒にいてくれるから、いいのかな)
無理矢理納得させても心の隙間は埋まらない…。
皆について行く帰り道、胸が苦しいのを我慢して。
ーちりんっ…
「…?」
由々が足を止める。
すれ違った人の方から、鈴の音がしたのだ。
澄んだ、綺麗な…自分がどこかに落としてきてしまったような音。
人ごみの中、その音の主はすぐに見つかった。
後ろ姿だったが、真っ白な髪と着物が妙に目を引く男の人。
その人が髪を結うのに金色の鈴を使っていたのだ。
名前を呼ばれたのか、こっちを振り返った顔を見て由々ははっと息をのんだ。
(似てる…!)
遠目にも見て分かる、あの顔は。
高い鼻、大きな口、そして黄色い光の入ったたれた目。
その男の人はあの彼とはきっと正反対の性格だろう。太めの眉毛をふにゃりと下げて誰かにほほ笑んでいる。
「ゆゆちゃん?」
小太郎に肩をたたかれ、思案世界から呼びもどされた。
「どうした?忘れものか?」
「えっ、ううん…違うかな。
ねぇ、コタロウくん」
「ん?」
立ち止まったまま、小太郎に質問をしようと口を開いたのだが。
「……っ…?」
(声が出ない!?何で…!?)
「ゆゆちゃん?具合悪いのか!?」
ざざっ…脳内で電波の受信を止めたテレビのように白黒の波が浮かんでは消えていく。
「声が…あれっ?」
声が出ないと思ったのに、今、すんなりと出た。
同時に白黒の波が引いて行く。
「大丈夫か?」
「うん。おかしいな、今さっき声が出なかったんだけど」
「ええっ!?のど痛いか!?もしかして脳が…!?変なものが見えたりしない か!?」
「そ、そんなことはないかな」
小太郎はとても驚いたようだ。たしかに声が出なかったのは異常だ。
「そっか…大丈夫かなぁ。あっ、ゆゆちゃん、おれに何か言いかけたよな?」
そうだ。
「うん、えっと、…っ!?」
またあの波だ。声も出ない。
考えたいのに考えられない。もどかしい感覚が由々を襲う。
「ゆゆ!?」
上と灯も気づいて駆けつけてくれた。
(あの人が、誰かに似てるって思ったのに…あれっあの人ってどんな顔してたっけ …。何で私は振り返ったんだっけ。何があって何に気付いたの?)
今さっきの記憶が波にさらわれて行く。
「大丈夫か?水飲め」
灯が渡してくれたペットボトルの中の水をごくりと飲むと、すっと脳内が晴れた。
「…ごめん、ありがとう」
「どうしたんだよ、一体…」
「分かんない」
「ゆゆちゃん、何か言いかけたよな?それって幽霊が見えたとかそういうこと だったのか…?言っちゃいけないことだったり…誰かに止められてたり」
小太郎が恐る恐る聞くと、由々は、ええと。と言葉を詰まらせた。
「な、何を聞こうとしてたんだっけ」
「嘘だろ…マジで幽霊見たんじゃね?それをコタロウに言えねぇって…誰かが邪魔 してるんだよな、きっと」
上がおびえたようにあたりを見回す。
「いや、でも多分そんなに重要じゃないことだから。
だって忘れちゃう程度のことだし」
由々が苦笑いで言う。きっとそうだと自分に言い聞かせることにした。何があったか思いだせないことなら、聞く必要なんてなかったんだ。
(少し変な感じ…)
頭の片隅で、ちりん…と音がしたのを無視して家路に急ぐことにした。




