きまぐれ
「だっでぇ…………」
訛りを隠す素振りのないその呟きは、しとどに身体を濡らすこの雨を表している。俗に秋雨と呼ばれているこの雨は、確かに嫌悪感を抱いてしまうこともあるだろう。
鳥のさえずりで朝の訪れを知らせてくれる麗らかな春とは違い、停滞前線による長雨の音で目を覚ましたからであろう。顔には不快感が滲み出ている。目覚めの悪い朝というやつだ。
とりあえず顔を洗い、真新しいシャツに半分頭を突っ込みながらよたよたとベッドまで歩く。シャツにボクサーパンツと、いかにもだらしない男という格好で枕元に置かれた時計を見る。
AM11:00
「早く起きちったな…。何すっべ」
訛りの具合から東北の出身であることがうかがえる彼は、時計の時刻を見て溜め息混じりに呟いた。参考までに言えば、本日は火曜日である。ごく一般的な方の解釈を借りれば、彼はニートか夜間の仕事をしてる人、その様に考えるのが妥当ではないだろうか。
彼は違った。まぁ結論から言ってしまえば、彼はサッカーチームのコーチである。彼の地元である山形県に本拠地をおく「モンテリオ山形」。彼はそのクラブのユースチームの監督を任されている。
一口にコーチ職と言っても様々だが、簡単に分ければ、監督の指導を補助したり技術的な指導を行うアシスタントコーチや、身体能力の強化やケガに強い身体作りを指導するフィジカルコーチ等がいる。
彼が就いているユースコーチは、ユースチームの強化から試合での采配、トップチームでも通用する選手の昇格までの手引き等が主な職務となる。
プルルル…プルルル…
まだ寝ぼけた様な顔で携帯を片手に誰かに電話をかけている。その最中も洗面台に向かい歯ブラシを口に突っ込む。電話しときながら話す気があるのか問いかけたくなる様な行為だ。
「あぁ…りしゃ?今、暇?今日オフにゃからさ…たみゃに飲まにぇ?」
「あんた今何時だか解ってる?あと何喋ってるか分かんないんだけど?なめてんの?」
いきなりの先制パンチにもどこ吹く風といった微笑みを浮かべ、遠慮なしにうがいをする。おっさんの様にスッキリした口内を、シーシー言いながら確かめている。
「ッ…きるっ」
「ちょい待ち!昼間からカッカすねぇの♪明日初戦だから緊張すんのよ~。莉紗に喝入れてもらわねど調子出なくてさ…」
「…………何時?」
「え?いいの?マジ!?やりぃ~♪」
「…………きる」
「ちょい待ち!悪かったから怒んなよ。お前が空いてる時間で構わねよ。俺から無理言って頼んでんだし」
「……んじゃ、19時」
「場所は…ゆらりでいいが?」
「……うん。じゃあ後で」
「おぅ!サンキューな♪」
プープープー……
にんまり笑みを浮かべ、口笛を吹きなから、再び洗面台に歩を進めた。いつの間にか服を脱いだ、真っ裸の姿で。