僕と満月
その夜はとてもとても静かで、
満月の光が降りそそぐ音さえ聞こえてきそうでした。
僕はいつものように夜八時にベッドに入りました。
けれどもなんだか興奮して寝付けず、そっと家を出て見ました。
お父さんやお母さんはもう寝ているようで、
僕の家の明かりは全て消えていました。
空を見上げると、大きな満月がサァーと辺りを照らしていました。
少し道を歩くと、遠くに薄ぼんやりと光が見えました。
近づいてみると、それは小さな満月でした。
それはバレーボールほどの大きさで、表面にはきちんとクレーターがあり
道の上でコロンと転がっていました。
僕は満月が落ちてきたのかと思い、上を見上げました。
満月はさっきと同じく空で光っていました。
とりあえず僕はその小さな満月を持ち上げてみました。
すると、その満月は頭の中へ話しかけてきました。
“私、海へ帰りたいの。お願い、海へ連れて行って”
僕は頼まれたら嫌とは言えない性格なので
「うん、いいよ」
とついつい言ってしまいました。
海へは歩きだと少しつらいけれど、自転車だと丁度良いのです。
なので僕は家へ自転車を取りに戻りました。
自転車の前カゴに小さな満月を入れて、
僕は中央公園の裏の白浜海岸へ向かいました。
小さな満月がとても明るいので
夜道でも安心して自転車を走らせることが出来ました。
僕はそれから、少し気になって
小さな満月にいろいろなことを聞いてしまいました。
小さな満月は、海の底の底の底で、海の夜を照らす海の満月だということ、
実は空の満月の娘だということ、
海の夜はもうすぐ始まってしまうこと、
どうやって地上に来てしまったかは覚えていないこと・・・。
僕はこの小さな満月がとても心配になってきました。
「大丈夫なの?海の底へちゃんと帰れるの??」
“大丈夫よ。海の中は私にやさしいの”
海の中にさえいればこっちのものだわ、とも小さな満月は言いました。
僕は中央公園に自転車を止めて、
小さな満月を手に持って海岸を歩きました。
こんな静かな夜に、満月を持って海岸を歩いている僕は
現実から離れたところにいるようで気持ちがフワフワしました。
それから、小さな満月が
“ここでいいわ”
といったところで僕は小さな満月を海へ放しました。
僕は心配で小さな満月の様子をずっと見ていました。
小さな満月は泡のように波に揉まれながら
だんだん遠くへ、だんだん沈んでいきました。
僕は、その光が届かなくなるまでずっと見ていました。
それから家に帰ろうとしたとき、
さっきのように小さな満月が照らしてくれないので
ちょっと帰りづらいなと思いました。
でも、ふと見上げると空の満月がこちらを照らしていて、
とても明るいことに気づきました。
空の満月はずっと娘のことを見守っていたのだな、
と僕は思いました。
それから帰り道は空の満月が
お礼を言っているように僕を照らしてくれて、
僕は少し照れくさかったです。