表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
湯船始めました。  作者: 世良美素
50/50

第五十ニ話

 ミーティングルームに、軽い緊張が漂っていた。壁のスクリーンには、宇宙輸水社の配送データと、マーズ・ガーデンの資料が並んでいる。エレノアが指先で画面を切り替えながら言う。

「まず状況整理をするわ。

 マーズ・ガーデンの新しい水循環システムは、予定より早く安定段階に入った。結果として“余剰水”が出て――その水を、複数の輸送会社に売り始めた。」

 ローグが腕を組む。

「つまり、俺たちの“水”の価値が下がる。

しかもより近場で手に入るなら、わざわざ輸送する必要が減る、ってわけだな。」

ユーリが補足する。

「再利用効率が上がった、という点だけを見れば、技術的には正しい。

でも、その波がいちばん強く当たるのは、うちみたいな会社……ですね。」

 エレノアはうなずき、視線をドアの方へ移した。

「そこを、直接聞きたい人がいるの。入ってください。」

ドアが静かに開いた。

入ってきたのは、白衣を羽織った女性。

落ち着いた眼差し――それでいて、どこか感情を抱え込んでいる気配。

シャアラ・マホール・クシャトリヤ。

サラスの姉であり、マーズ・ガーデン所属の植物学者。

「今日は、研究所の立場を説明しに来ました。」

エレノアが軽く会釈する。

「ありがとう。正直、助かるわ。」

シャアラは資料を机に置き、淡々と話し始めた。

「結論から言います。私たちの部門は、“宇宙で人が長く暮らすための基盤”を作ろうとしている。植物の循環、水の循環、空気の循環。外部から“運び続ける”構造から、一歩でも離れたい。」

ローグが眉をひそめる。

「つまり、輸送は“仮”であって、最終的にはいらなくする方向だ、と。」

「理屈だけで言えば、そうです。」

少し間を置き、シャアラは静かに続けた。

「《憩の湯》は、非効率です。

水もエネルギーも、研究所の基準では“無駄”の領域に入る。」

エレノアの表情が、わずかに強張る。

だが次の瞬間、シャアラは首を振った。

「ただし――」

彼女の声に、やわらかい色が混じる。

「それでも、私は切り捨てられません。

弟が、あそこに救われた顔で帰ってきたから。」

静かな言葉だった。

誰も口を挟まない。

シャアラは真っすぐにスクリーンを見る。

「数字では説明しづらいものが、あそこにはある。

ストレス軽減、睡眠改善、作業効率、対人関係の回復。

研究としては“研究対象”であって、即座に無駄とは言い切れない。」

ユーリが小さく息をのむ。

エレノアが、ふっと微笑んだ。

「つまり――あなたの部門としては?」

「反対もしません。全面的に賛成もしません。

ただ、《憩の湯》が“何をもたらしているのか”――

研究所として、正式に観察したい。」

静寂。

その後で、ローグが肩をすくめた。

「観察される銭湯、ってわけか。」

少し笑いが起きる。

エレノアはうなずいた。

「いいわ。

だったら、こちらも正面から向き合いましょう。」

会議は、次の段階へ進み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ