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湯船始めました。  作者: 世良美素
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第四十九話

湯気は静かに立ちのぼり、天井に触れてから、ゆっくりと消えていく。

 誰も声を出さない。誰の顔も、少しだけ真面目だ。

 エレノアが小さく息を吐いた。

 「確認しておきたいのは、ひとつだけよ。

  ここ――《憩の湯》が、私たちにとって“何なのか”。」

 それは、責める口調ではなかった。

 ただ、言葉の位置を整えようとする声。

 ユーリが頷く。

 「設備としては、たしかに非効率です。

  水を輸送して、さらに湯にして戻す。

  数字だけ見れば、正気じゃない。」

 サラスが苦笑する。

 「機関部から見ても同感だな。

  燃料も手間も、もっとラクな使い道が山ほどある。」

 そこまで言ってから、誰も続けなかった。

 言葉より先に、湯気の匂いが鼻に触れる。

 ローグが、湯縁に腕を置いたまま、ぽつりと口を開いた。

 「だけどさ。ここを“無くしていい”って話には、ならないんだよな。」

 皆が、自然と視線を向ける。

 ローグは正面を見ず、少し上の空を見たまま続けた。

 「仕事がきついとか、効率がどうとか、そういうのとは、ちょっと違うんだよ。」

 言葉は、ゆっくり湯気に混ざっていく。

 「ここに入るとさ、いったん“働いてる自分”がいなくなる。空っぽになって、しばらく放っておける。」

 しばし、静寂。

 ローグは肩をすくめた。

 「で、湯から上がったあとでさ。また、“やるべき自分”に戻れる。」

 マーガレットが微笑んだ。

 「それがないままだと、こわれちゃう人、結構見てきたよ。」

 エレノアは目を伏せる。

 「……つまり、ここは“娯楽”とも違う。 《業務》でも、《贅沢》でもない。人として戻る、境目みたいなものね。」

 ユーリが静かに息をついた。

 「マーズ・ガーデンが提示してきた案は、合理的です。水の使い方としては、たぶん正解でしょう。」

 サラスがうなずく。

 「だが、合理だけで全部を決めたら、俺たちは、いつか自分の首を絞めることになる。」

 しばらく、誰も次を言わなかった。

 湯の中で、波紋だけが揺れている。

 エレノアが最後にまとめる。

 「結論は急がない。まずは、立ち位置を共有できただけで十分よ。《憩の湯》は“余剰”でも“無駄遣い”でもない。でも、守るなら——理由を言葉にしなきゃいけない。」

 その言葉に、全員が小さくうなずいた。

 湯気が、また、ゆっくりと天井に溶けていった。

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