第三十八話
シャアラは、連絡もそこそこに現れた。
「久しぶり」
それだけ言って、建物の中へ視線を向ける。
噂に聞いていた施設を、頭の中で組み立てるような目だった。
「急に来てごめん」
そう言いながら、足を止める。
「……想像してたより、ちゃんとしてる」
浴場の手前で立ち止まり、湯船には目を向けない。
制御盤、配管、循環表示。
初めて見るはずの設備を、確かめるように追っていく。
「全部、常時稼働?」
「ええ」
一平太が答えると、シャアラは小さく息を吐いた。
「手、抜かないのね」
感心しているようにも、呆れているようにも聞こえた。
「だから、心配になる」
サラスが一歩、前に出る。
「心配?」
「効率が、良すぎるのよ」
シャアラは配管を指で示した。
「マーズガーデンは逆。効率化しすぎて、水が余ってる」
その言い方に、誇らしさはなかった。
「余剰が出るのは悪いことじゃない。でも」
一拍置く。
「売るか、回すか、止めるか。
それを決めるのは、私たちじゃない」
線を引く言葉だった。
「水の売買に、私は口出しできない。
植物部門の人間だもの」
それでも、視線は逸らさない。
「ただ」
声が、少しだけ低くなる。
「サラスが働いてる場所が、
このやり方で、いつまで持つのかは別」
感情が、そこではっきり顔を出した。
「ここは、人のための設計でしょう?」
ノーマンが答える。
「ああ」
「それ自体は、間違ってない」
シャアラは強く言った。
「でも、人のための設計は、
数字に嫌われやすい」
サラスが、静かに聞いた。
「姉さんは、何がしたいの」
シャアラは一瞬、言葉に詰まった。
「……壊したくない」
それは、研究者の声ではなかった。
「だから、データを見せてほしい」
ノーマンを見る。
「研究のためじゃない。
続けるための材料として」
提案だった。
同時に、逃げ道を少しずつ塞ぐ言葉でもある。
「効率化すれば、余剰は出る」
それを否定はしない。
「でも、その余剰が、
この場所を守るとは限らない」
帰り際、シャアラは振り返らなかった。
「考えて」
それだけ言って、去っていく。
しばらく、誰も動かなかった。
「……正論だったな」
一平太が言う。
「ああ」
ノーマンは湯船を見たまま答えた。
「立場を外れている分、なおさらだ」
湯は、今日も変わらず熱い。
だがその熱が、
誰の判断で守られるのかは、まだ決まっていない。
正しさは、
熱を嫌う。




