第三十七話
驚きの
会議室は、思ったよりも静かだった。
机の上に並べられた端末が、淡い光を放っている。
壁面には簡素なグラフ。急落ではないが、伸びてもいない。
「……ここまでが先月分」
エレノアが言った。
「今月は?」
一平太の問いに、彼女は一拍置いた。
「まだ途中。でも、傾向は見える」
誰も否定しなかった。
数字は嘘をつかない。
「水の単価は?」
ノーマンが尋ねる。
「微減。誤差と言えなくもない程度」
「つまり、下がっている」
淡々とした確認。
エレノアは次の資料を表示した。
「簡易浴場が増えてる。仮設型、短時間用。
湯温は低め、循環も最低限。でも――安い」
一平太は唇を引き結んだ。
ぬるくても、入れればいい。
そう考える人間がいても、不思議じゃない。
「致命的じゃない」
エレノアが言う。
「まだ回ってる。維持できる。
今すぐ方向転換する段階じゃないわ」
正論だった。
誰も反論しない。
沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、
端末を操作していたリー・チェインだった。
いつもの軽い調子ではなかった。
「……念のため、言っておく」
声が、低い。
「選択肢として、“撤退”という線もある」
空気が止まった。
「その言葉は、まだ早い」
エレノアが即座に返す。
感情は抑えられていたが、強い。
「想の湯は終わってない」
「分かってる」
チェイン兄は視線を上げた。
「今すぐ決める話じゃない。
ただ、可能性として排除すべきじゃないってだけだ」
「可能性、ね」
エレノアは短く息を吐いた。
「数字が崩れてから考えればいい」
「崩れてからじゃ遅い場合もある」
一瞬、視線が交わる。
誰も割って入らない。
「今は様子を見る」
エレノアが結論を告げた。
「それでいい」
チェイン兄も、それ以上は言わなかった。
会議は、それで終わった。
結論は出ていない。
だが、言葉だけが先に出てしまった。
廊下に出てから、一平太はノーマンの隣を歩いた。
「……早すぎますよね」
「何がだ」
「撤退、なんて」
ノーマンは歩調を落とし、前を見たまま言った。
「早いかどうかは、後でしか分からん」
それ以上、言葉は続かなかった。
想の湯に戻ると、いつもの匂いがした。
湯は、変わらずそこにある。
それでも一平太の中には、
会議室で聞いたあの言葉が、残っていた。
撤退。
戻らないものは、
たいてい、こんなふうに始まる。




