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湯船始めました。  作者: 世良美素
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第三十四話

まさかの②

『余剰水、ですか』

 ノーマンは、言葉を反芻するようにゆっくり言った。

『ええ』

 ホログラムの向こうで、研究服の男が頷く。

『我々の循環系では、水は消費されるものではありません。

 回り、戻り、また使われる』

「……理屈は分かるわ」

 エレノアが口を開いた。

「でも、その“余った水”が市場に流れれば、

 水の値段は崩れる」

『崩れるのは、非効率な価格です』

 男は即答した。

『水は、生きるために必要な資源だ。

 高価である理由はありません』

 会議室が静まり返る。

 一平太は、湯気の向こうで聞いた客の言葉を思い出していた。

(安くなったら……どうなるんだ?)

「質問がある」

 ノーマンが言った。

「君たちの技術は、すでに完成しているのかい?」

『……実用段階です』

 一瞬の間。

 エレノアは、その間を見逃さなかった。

「“完全”じゃない」

『だが、時間の問題です』

「時間は、こちらにはない」

 エレノアはそう言って、端末を閉じた。

「協力の話は、検討する。

 でも――」

 彼女は画面を見据えた。

「私たちは、“水を売っている”んじゃない。

 “風呂に入る理由”を売っているのよ」

 男は、言葉を失った。

『……理解できません』

「でしょうね」

 通信が切れる。

 しばらく、誰も喋らなかった。

「敵、なのかな」

 一平太がぽつりと言う。

「違う」

 ノーマンが首を振った。

「価値観が違うだけだ」

 その言葉が、

 いちばん重く響いた。

 想の湯の配管から、湯の流れる音がする。

 水は、今日も流れている。

 だが、その意味だけが、変わろうとしていた。

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