第三十三話
まさかの
その日の憩の湯は、いつも通り営業していた。
「いらっしゃいませー」
一平太の声も、湯気の量も、何も変わらない。
宇宙船乗り、採掘業者、補給帰りの作業員。
皆、変わらず湯に浸かっている。
――会話の中身を除けば。
「最近、水の値が落ちてるって聞いたか?」
「火星のほうだろ」
「噂だけどな。液体で、だってよ」
湯気の向こうから聞こえるその言葉に、
一平太の手が一瞬だけ止まった。
(また、その話か……)
タオルを畳み直しながら、胸の奥がざわつく。
昨日の会議室の空気が、まだ抜けていない。
番台では、エレノアが端末を操作していた。
売上は、数字だけを見れば問題ない。
「……“まだ”ね」
誰に言うでもなく呟き、画面を閉じる。
閉店後。
再び、会議室。
「増えた情報は?」
ノーマンの問いに、ユーリは首を横に振った。
「確定したものはありません。ただ……」
「ただ?」
「研究施設の名前が、いくつか挙がっています」
エレノアが顔を上げた。
「マーズ・ガーデン……」
ローグが低く唸る。
「植物屋か」
「ええ。水循環の効率化を研究している施設よ」
ノーマンは、椅子に深く腰掛け直した。
「嫌な空気だ」
「社長?」
「昔、似た話を聞いたことがある。
資源が安くなる前ってのは、いつも静かでね」
沈黙が落ちる。
一平太は、思わず口にした。
「……それでも、風呂はなくならないですよね」
ノーマンは笑った。
「なくならないさ」
だが、その笑みは、どこか硬い。
「ただし、“守らなければ”だ」
エレノアは黙って頷いた。
想の湯は、ただの商売じゃない。
――船であり、会社であり、
そして“帰る場所”だ。
その価値を、
誰かが数字で量ろうとしている。




