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湯船始めました。  作者: 世良美素
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第二十二話

 第二十二話です。

 「失礼しまーす。マットを交換しに来ました。」

 大量のマットを抱えて自由にならない片手で隙間を開け、足でその隙間を広げるようにしてサウナへと入る。端から見れば従業員として非常に失礼な入り方だが、マットを濡れたタイルにはおけない。ある意味これが流儀なのである。………一平太は、そんなことを考えてはいないが。

 とにかくそうやって入ったサウナは、単純な熱気だけではない別の“何か”で満ち満ちていた。

 (熱っ!!………っていうか、なんか空気がピリピリしてる?)

 サウナ内には数人の男たちが居た。どの男もその目は鋭く、妙に血走り、お互いがお互いを牽制しあっているように見えた。むしろボイラーよりも、室温を上げているんじゃないかと錯覚を覚えるほどの熱量で視線がぶつかり合っている。

 (……ナニコレ。怖いんですけど。)

 「あのっ、マットを交換するので一旦外に出ていただけますか?」

 何とかそれだけ言葉を絞り出すと、サウナ内でぶつかり合っていた視線が熱量そのまま一平太に注がれる。

 (あぁ、この感じ何か前にも感じたわ。命が危険に晒されているときの奴だわ。)

 一平太は一瞬、変態兄弟のことを思い出す。

 「スイマ「あんチャン、新人さんかぃ?」」

 一平太に被せるように話しかけてきたのは、先程まで水風呂に浸かっていた逞しいオッサンだった。

 「そうですけど……。」

 「さよか。なら、ここのルールを教えてやる。」

 「はぁ……。」

 正直、一平太は早く仕事を終わらせたかったが、尋常ならざるこの空間で何も分からないまま動くのは危険に思えた。ぶっちゃけ、絶対面倒なことになることが目に見えていた。そして、

 (先輩、確実に面倒を押し付けたな。)

 ……先輩の悪意も感じ取っていた。

 「あんチャンは、ここをなんだと思ってんだぃ?」

 「いや、えーと……。」

 一平太は考えていた。この流れは確実に平凡な答えを求めているのではない。《サウナ》とか言ったら(例の兄弟とは違った意味で)ヤられるし、「汗をかく場所」とか言っても確実に(もしかしたら例の兄弟と同じ意味でも)ヤられる。ここは慎重かつエキセントリックに答えなければならない。気分はさながら爆弾処理班。赤を切るか白を切るか。制限時間はオッサンのさじ加減だ。

 「……アレですか?紳士の社交場みたいな。」

 案外、いい答えが出た。これならいけるかもしれない。そんなことを思いながら答えを出した一平太は、オッサンに顔をむける。

 「……ふむ、悪くはない。悪くはないが……あんチャンはここに集う者たちを見誤っている。」 

 「?」

 「感じないかぃ?ここに溢れる熱気以外の”気“を。」

 「“気”?」

 「そうだ。”気“だ。ここには《漢たち》が放つ《漢気》に溢れているっ!!」

 (なに言ってんだコイツ。)

 「そうさっ、ここには《漢気》がある。ここは紳士の社交場なんざの温ぃサロンなんかじゃあない。ここは《剣闘士》(グラディエーター)が集う《闘技場》(コロシアム)。”漢”達の言わば、《サウナ》(戦場)なのよ。」

 (コイツ、マジでダメだ。早く何とかしないと。)

 「ゲンさんの言うとおりだ。」

 ゲンさんと呼ばれた男と同じように水風呂に入っていた男達が、口々にそう言って頷く。

 (“漢”って言わなきゃ怒られるぞ。)

 ……“漢”達が口々にそう言って頷く。

 「それだけ神聖な場所での闘いをじゃましちゃ行けねぇのさ。あんたみたいな従業員でもな。」

 「はぁ。」

 理解が追いつかない一平太は気のない返事をするばかりである。

 そうして問答をしていると、いつまでもたっても帰って来ない無能な後輩に痺れを切らせたのかローグが受付からやってきた。

 「おせぇぞ一平太。いつまでやってやがるんだ。」

 「先輩!!何か戦場がどうとかで、マット変えるなって入れてくんないです。」

 「チッ、やっぱり捕まってたか。」

 「先輩……今、”やっぱり“って……。」

 そんな一平太を無視してローグはゲンさんと呼ばれた男にたずねる。

 「ゲンさん、今どれくらいだ?」

 「今25分。」

 「そうか、じゃあそろそろ決着だな。それよりも《ルール》分かってんだろうな。」

 「あ、あぁ。分かってるよ。あの《ルール》だけは、し、しっかり覚えている。が、出たばかりの奴らは、頭がバカになっているから、わからない。」

 「例外はねぇ。リーチがかかれば警告なしでアウトだ。」

 「っく……、承知している。奴らも漢だ。自分の面倒は自分で見るさ。」

 オッサンの妙な緊張感だけが伝わってくるワケのわからない話が、二人の間で繰り広げられている。その間も当然ながら、刻一刻と時間は過ぎていく。そして、遂にその時はやってきた。

 

 遂に、最後の二人にまで残った。どちらかがでた時点で勝者と敗者が決定する。ヤツももうミイラみたいになっている。俺も一滴の汗も出ない。あとは、気力。今日の栄光の為に俺は身命を賭す。

 ……熱い。………もう出てしまおうか。良いじゃないか。ここまで来れたじゃないか。……。出よう。もう、無理だ。よくやったよ。

 

 そうして漢は立ち上がる。と、それよりも一拍速くもう一人の漢が立ち上がり部屋を後にする。最後まで残った漢は、確かな達成感を噛み締めながら一歩一歩ドアへと向かい、外に飛び出すのであった。

 

 最高の瞬間だ。俺は真の漢になったんだ!!ようやく至福の時を味わえる。

 漢の目には水風呂と言う名のオアシスが見えていた。というより、水風呂しか見えていなかった。一気に飛び込む。

 気持ちがいい。

 火照った身体を冷やし、今までのことを思い出す。《ルール》に則った、文字通り熱い闘い。栄光。……アレ?何か大事なことを忘れているような。

 水で冷やされて、熱さでバカになっていた頭も動きだす。

 背中に水風呂の心地良い冷気とは違った、悪寒がはしる。見ていたはずの、否。魂に刻み込まなければならなかったとある注意書を見て思い出す。

 <…。サウナからでた際は、必ず水、またはお湯などで“かけ湯”をしてから浴槽にお入り下さい。これらのルールが二回以上同じ方が守らず、当銭湯従業員が発見もしくは他のお客様からのクレームがあった場合 、特定のペナルティーを受けて頂きます。>そして、とってつけたかのようなトドメの一文。<拒否権はありませン。>

 そうして漢は、音もなく忍び寄ってきた兄弟の悪魔に連れられて、アカスリ《スペシャル・ペナルティー・エステ》を受けさせられたのである。短い栄華であった。

 後に男は優しい微笑みを浮かべながらこう語った。

 「真のオトコは、有無を言わせず、何でも食っちまうんだよ。そう、なんでもな。」


 「一平太、終わったぞ。交換しちまえ。」

 「……ルールって大事ですね。」 

 「当たり前だ。ここは銭湯。皆が気持ち良く入るには一人一人が節度を持って、皆の事を考えながら楽しく入るもんなのさ。じゃなきゃ、気持ち良くさせちまうぞ。」

 「そうですね。」

 一平太はそう言って、一心不乱にマットを交換するのであった。

 銭湯でも、温泉でもルールはきちんと守って入った方が皆気持ち良く入れます。

 っていうか、最近お風呂でのユチケットが守れない方(特に中年)の方が多いです。銭湯大好き人間の私としては、誰かの汗が大量に入った水風呂には入りたくないのです。本当に。

 完全に愚痴回になってしまいましたが、書きたいことがかけたので私的には良いかな、みたいな。

 お読み頂きありがとうございました。

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