第二話
第二話です。物語はまた動きません。すいません。登場人物はふえました。
気長に待ってやってください。
「何だこれ……」
なにがなんだか分からない。そんな気持ちで一杯の一平太に陽気な声が飛び込んでくる。
「いらっしゃい!!ひとっ風呂、浴びてくかい?」
“銭湯”っぽい建物の玄関を掃く、少し体格の良いおばちゃんから発せられた言葉に、ますますなんだか分からなくなって、一平太は泣きたくなるが
「あの、ここは宇宙輸水水道社で間違いないですか?」
いっそ間違っててくれと願いながら訊ねてみる。
「何で社名の方を知ってんだい?」
訝しげに、一平太の顔をのぞき込むと、おばちゃんは何やらぶつぶついいながら考え込んでいる。
「社名の方」って……普通社名しかないだろ。そう言いたい気持ちを抑え、考え込むおばちゃんからの言葉を待つ。
「ちょっと待ってな。」
そういい残して、おばちゃんは建物の中に入っていくと中にいる誰かと大声で話しているようだ。かすかに聞こえてくる話し声を聞きながら、(仕事場……もうちょっと選んだ方が良かったかもしんない……。)と少しだけ後悔し始めていた。
悶々と自分の浅はかさを呪っていると、先ほどとは違う、神経質そうな女性の声が聞こえてきた。
「小山一平太君ですね。私、人事課長をやっている、エレノア・ムラサメといいます。よろしく。」
早口で挨拶をしてきた女性は地球で行われた採用面接で、面接官をしていた女性だった。当時もズバズバと、重箱の隅をつつくようなメンド……重要な質問をしてきた人物だ。面接の時にも、早口だったが普段も変わらない性分なのだろう。
「あ、そうです。えーと、やはりここが宇宙輸「そうです。ここが今日からあなたが働くことになる宇宙輸水水道社です。」ですよね。」
「着いてきて下さい。職場に案内します。」
若干食い気味に、一平太の質問を確認へと、変えた上司となる女性は言い慣れているであろう言葉を告げると踵を返して社内(?)へと戻っていく。一平太があわてて追いかけて玄関に入る。先程のおばちゃんがニコニコしながら番台にいる小さな老人と話しており、一平太が入ってくると手を振ってきた。一平太は軽く会釈をすると、おばちゃんはますますニコニコとして、番台の老人は小さく頷き返してくれた。
少しだけほんわかすると、どう考えても銭湯としか思えない番台(よく見ると小さく受付と書いてある札がある。)と、木製の番号札付き靴入れを横目に、エレノア課長は靴を脱いで階段を上がっていく。(俺の宇宙デビュー……。)心に込み上げる負の感情をどうにか抑えつけながら、黙って着いていくと二階には意外にも普通のオフィスが広がっていた。
「こっちです。」
エレノア課長に招かれた場所に早足で行くと、妙にジャパニライズされた部屋に通された。でっかい将棋の駒に、達磨、こけし、果ては地方みやげ(当時)筆頭の富士山のペナントまで、土産物ごった煮状態である。変な物珍しさにキョロキョロしていると課長から抗議の、咳払いが聞こえ部屋の真ん中にあるデスクへと目を向ける。デスクには面接の時に、黙って質問せず、しきりに頷くだけだった中年男性が座っていた。当時は何故か何も言わない面接官ね違和感を覚えたが、緊張でそんな違和感を心の隅に追いやっていた。
「やあやあ、小山一平太君だね。面接ぶりかな?ようこそ、我が《想の湯》へ。」
「社長。」
「失敬、失敬。ようこそ我が《宇宙輸水水道社》へ。」
私はこの社名、会社みたいで好きじゃないんだけどなぁ。そんな社主にあるまじき事をボヤきながら右手を差し出す柔和そうな中年男性に、同じように右手を差し出して先程の言葉を右から左に受け流し、握手に応える。
「改めて、私が社長のノーマン・ブレタだ。気軽に社長だの、艦長だの、ノーマンさんだの、よんでくれ。一番いいのは番台頭かな。大旦那ってのもいいなぁ!」
笑いながらそう言う大旦那こと、ノーマン社長と握手をしていると、「社長」と冷やかな言葉をエレノア課長がかけた。
困ったような顔になりながら、社長は手を外すと一平太の方に顔向ける。
「さて、君には今日から我が社で働いてもらうわけだが、業務内容はこんな感じになっている。細かいことは現場の先任と、別に資料を渡すから、後で目を通しておいてくれ。」
スッとエレノア課長が五枚ほどのレジュメをデスクにさしだした。社長からレジュメを渡されると、目を通す。以下業務内容。
①、輸送艦船に航宙士として乗り込み、操舵補佐、甲板部での機材点検、及び補修。
②、輸送艦船の航路設定補佐、並びに艦内での設備点検、及び補修。
③、輸送艦船に積み込まれる、積み荷の載せ降ろしの監督補佐、並びに周辺設備の保守、点検、清掃、及び補修。
④、輸送艦船航行中の積み荷の維持管理補佐、並びに点検、清掃。
⑤、輸送艦船航行中の非常時における対艦戦闘行為の対応補佐、並びに白兵戦闘における対白兵戦闘の参加。
⑥、会社での内勤。
その他、細かい業務は別紙参照の事。
以上が一平太に課せられた業務の概要である。これらの業務は、一般的な航宙士にとって、至極ありふれたものである。もっと、とんでもない仕事を任されるのではと、身構えていた一平太にとっていささか拍子抜けするものであった。その後彼がこの時安心した己を恨むことは、想像に難くない。とはいえ紙面で満足した一平太は、給与体系や福利厚生など雇用内容を確認し再度契約を了承すると社長とエレノア課長は胸をなで下ろし、ニヤリと心の中でほくそ笑むのであった。そんな事とはつゆ知らず、社長室からエレノア課長と共に出てくると一平太は社内を案内されることとなった。
読んでいただき有り難うございました。