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湯船始めました。  作者: 世良美素
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第十九話

 あけました。第十九話です。新年一発目に久しぶりの投稿です。

 一平太が意識を取り戻したのは通常航行に戻ってからすぐのことだった。

 「コレぐらいで寝てちゃア、一人前の航宙士とは言えないわネ。」

 リー姐が一平太をからかう。

 「でもまぁ、《ロスト・ヴァージン》は誰でも痛みを伴うものヨ。その後、痛みが快感に変わるノ。私みたいにコッチもリードが上手いと、なお早いワ。」

 一平太は言葉を返せない。呆れていると言うのも有ったが気持ち悪過ぎて、口を開くと言葉じゃないキラキラした物が出そうになっていた。

 「それは《ジャンプ酔い》だ。たちの悪いニ日酔いと似ていて、場合によっては二、三日続く。《ジャンプ》に慣れない新人がなりやすい。残りの休憩時間は船室で休むか、酷けりゃ医務室行きだな。」

 艦長にそう言われ、一平太は目で医務室行きを示唆する。

 「リー。一平太を医務室へ連れて行ってやれ。ここは私一人でも構わない。」

 「了解したワ。じゃあ一平太、私の肩に捕まっテ。」

 役得。役得。リー姐が小声で何か言っている気がしたが、今の一平太の耳には入らない。必死でリー姐と肩を組み、ヨタヨタしながら医務室を目指す。

 「誰かいル?いなイ?いな……、チッ。居るじゃなイ。」

 医務室のベッドは全部で四床。その内の一つのカーテンが閉まっていた。おそらく、一平太の同期のユーリだろう。完璧な新人も《ジャンプ酔い》には逆らえなかったようだ。 一瞬聞こえた苛立った舌打ちに、一平太は安堵の溜め……ゲロを吐いた。するとすかさずリー姐がバケツを差し出してくれた。以外に優しい。

 「誰が邪魔者なのかしらン。」

 声と同時に、カーテンを開ける音がする。

 「………」

 「アンタ、いつもそれネ。」

 そこには真っ青を通り越して白い顔をした、優秀な同期………の優秀な上司がいた。

 「…………うぇぇ…。」

 「初めて乗った時からずぅっと慣れないなんて、《船乗り》向いてないわヨ。」

 「……ウッ……ジャンプ中は…意識を…保てるように…なったわよ……。」

 そういってエレノア課長は、苦しそうな顔をする。それを見て一平太も気持ち悪くなっていた。

 「……リー姐。み、水を。」

 「一平太もしっかりしなさイ。エレノアみたいに無様な姿を晒し続けたいノ?」

 そう言って水を渡してくれるリー姐は、姉妹(?)の姉(?)らしく面倒見がいい。

 「とりあえずこの薬を飲めば大丈夫っぽいワ。エレノアもついでに飲んどきなさイ。」

 若干不安が残る言い方だったが素直に二人は飲んだ。

 余談だがこの船に医務室に常駐する船医はいない。といっても大抵の負傷は進んだ科学技術により高度な応急処置が行える。それに加え事務長であるマーガレットは看護士として働いていた経験を有しており、機関長の寿ジィが漢方に詳しい為大抵の怪我や病気の治療に支障はない。リー姐が二人に与えた薬も寿ジィが調剤したものである。この船がいかに少数精鋭(人手不足とも言い換える事が出来る)で運用されているかがよく分かるだろう。

 そんなこんなでリー姐は、少し物欲しそうな顔をしていたが、名残惜しそうに自分の持ち場に帰っていった。

 薬を飲んだおかげか、しばらくして一平太の症状が大分落ち着いてくる。隣のカーテンからはまだうめき声が聞こえてくるので、若者特有の回復力の高さも有ったのかもしれない。そんなことを一平太が考えていると、

 「失礼します。」

 と入り口の方から声が聞こえてきた。どうやら完璧同期のユーリがエレノアの調子を見にきたようだった。

 「大丈夫ですか?………きゃあ!」

 そう言って一平太のカーテンが開けられ、同時にかわいい叫び声があがる。いわゆる《お約束》だ。

 「…い、一平太もダウンしていたのか。いきなり男性がいるもんだから……その、少し声をあげてしまったよ。」

 少し顔赤らめながら言う同期は、医務室という特殊な環境のせいもあって、少し、否。物凄く可愛く見えた。そんな邪なことを考えながら声を掛ける。

 「ユーリは、《ジャンプ酔い》しなかったの?」

 「私は乗り物酔いとかあまりしないし、ジェットコースターとか得意なんだ。だからジャンプも興奮したよ。」

 テンション高めにしゃべるユーリには一平太の青い顔がすでに見えてはいないようだ。

 「それはそうと、エレノア課長の様子をみにきたんだろ。課長は隣で休んでる。時折うめき声が聞こえて来るけど、さっき俺も課長も薬を飲んだし今は寝ているんじゃないか?」

 そう言われてユーリは本来の目的を思い出す。

 「あぁ、そうだった。でも寝てるのか。じゃあ、もうちょっと一平太と話していようかな。」

 正直一平太も調子がよくないが、断る度胸もないし女の子と会話するのも悪くない。どころか大歓迎なのでそのまま楽しむ事にする。

 「ユーリはさ、何でこの会社に入ったの?正直君くらい優秀ならもっと大手の会社にいけたでしょ。」

 この機会に入社以来(といってもまだ一月も経っていないが)の疑問をぶつける。

 「ん~、そうだな。社員の方々の勇名は元から知っていたんだけど、それよりも業務内容がとても興味深くてね。」

 「輸水?」

 「それもだけど、《銭湯》の方。その事を

初めて知った時、衝撃だった。」

 確かに宇宙で《銭湯》なんて、前代未聞でとんでもないものだった。

 「《宇宙は臭い》。前時代から言われ続けていることだけど、ごく最近宇宙でシャワーが浴びられるようになってようやく改善されたこと。それだけでなく癒やしを追求するなんて、誰も考えつかなかった。誰もが欲していたけれど、誰もやろうとしなかった。そこに気づいた社長は人生を普通に歩いていないんだよ。そこが素敵なんだ。……それに女性に臭いは禁物だからね。女性飛行士はずっと直面してた問題だと思う。そういう意味でも有りがたい存在なんだ。私は本当にこの会社で働ける事が誇らしいんだ。」

 一平太は呆気にとられていた。宇宙で驚いてばかりの一平太だが今までとは違う驚きがそこにあった。有り得ない会社と有り得ない社員。今までは単純に驚いていた。しかし今回の驚きはある種の尊敬を含んだ驚き。自分と同期の女性が会社の存在意義の本質を理解しその一端に己がいることをただただ誇りに思っている。

 一心不乱に宇宙に上がることを考え、会社の事なんかろくに調べることなく就職した自分とは雲泥の差があった。そんな状況を改めて考えて一平太は少し落ち込む。

 「まぁ、単純にお風呂が好きだからって言うのもあるけどね。」

 そう言って言葉を締めくくるとユーリは一平太の反応を待つ。今度は一平太の番だと言わんばかりだ。

 「ま、俺も、似たようなもんです……。」

 (ウソつけ。)

 一平太の尻すぼみになる声に心の中で突っ込んだのは一向に収まる気配のない吐き気と話し声に起きてしまったエレノア課長、その人だった。

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