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湯船始めました。  作者: 世良美素
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第十六話

 第十六話です。まだ、《本館》のお話が終わりません。

 ぶちまけられた書類を二人で回収したあと、ラルフは予定していた営業周りをキャンセルして会社へと帰る。当然柚希も一緒だ。道すがら二人は自己紹介をする。

 「僕はラルフ・ブレタ。《宇宙輸水水道社》って所で働いています。」

 「わたっ、わたしは大分柚希です。コスモ・フライング・トラベル社で今日から働………こうとしてました。」

 「働いている。」と言おうとして尻すぼみなった柚希を慰めるように、ラルフは言葉を続けた。

 「あぁ、今朝つぶれちゃったところか。あそこは少し前から社長の挙動があやしいって話題になってたんだよ。僕の会社とは余り縁がないから、詳しくは知らないけどね。つぶれたってことは、きっといい会社じゃなかった。逆にラッキーだったんだよ。傷が浅いって言うか、つく前でさ。」

 柚希はラルフの外見からは想像出来ない優しい言葉に少しだけ泣きそうになる。そして彼の目が心底同情した光をたたえていることに気づく。

 「そう……ですよね!きっと、そうです!!私は今から『カタギ』じゃなくなりますけど、ラルフさんみたいな怖くても優しい人がいれば、大丈夫です!!」

 どうやら大きな勘違いが有るようだが、とりあえず元気は出てきたようだ。

 (…まぁ、社に着けば誤解も解けるだろう。)

 ラルフも深くは考えず道を急いだ。

 「あの……。」

 「ん?」

 「ラルフさんの会社って何を業務としているんですか?」

 少し不安気に柚希は質問をする。ラルフはそれには気づかず淡々と業務内容に着いて答えた。

 「簡単に言うと社名の通り、宇宙での『水』輸送だな。」 

 (『水』!?やっぱり水商売なんだ。)

 「そ、それだけですか?」

 「いや、まぁ……それだけでは、無いんだけれども。」

 少し口ごもるラルフに柚希はどんどん悪い方へ想像を膨らませる。

 「教えてくださいっ!!今から私がやることを知っておきたいんです!!」

 そんな熱意に圧されてラルフは《宇宙輸水水道社》最大の秘密を明かす。といっても見れば分かることだが。

 「……ウチは『風呂』もやっている。」

 ……柚希は卒倒した。


 急に倒れた柚希を背負って《想の湯》へ連れてくると、留守番をしていたアレックスに見ているように頼んでラルフは冷たい水と手拭いを用意しにいく。

 「ラルフ~!!このおねぇちゃん、めぇさましたよ~!!」

 「……ここは」

 「大丈夫かい?急に倒れたからびっくりしたよ。よっぽど《風呂》嫌いなんだね。」

 「そんなの女性なら誰でも嫌いです!お酒の相手をしたり、あげく……自分の……自分の、身体を売るなんて。」

 「ねぇちゃん、からだうってんのか?いみわかんない!!」

 アレックスは小首を傾げながらそう言った。

 「アハッハッハハ!!」

 ラルフが思わず笑い声をあげると、柚希は抗議の目線を向ける。

 「なにがおかしいんですかっ?」

 「いや、すまない。君が勘違いしてるからさ。」

 怒気を孕んだ視線に肩をすくめながらラルフははなす。

 「うちは《宇宙輸水水道社》。宇宙て生活に必要な水を運ぶ会社だよ。水ってのは液体の水ね。」

 「じゃあ《風呂》っていうのは?言いにくそうにしてたじゃないですか!!」

 「見ての通り《銭湯》だよ。宇宙で《銭湯》は珍しいからね。就職しに来た人が幻滅して帰っちゃう事が今までに何回か有ったんだ。だから、ちょっと言い淀んだ。余計な誤解をさせちゃったね。すまない。」

 自分な卓越した妄想力が全然違う方向へ進んでいたことに気づき、顔を赤らめる柚希。

 「それで、改めて聞きたいだけどここで働いてもらえるかい?」

 柚希は少し思案して答える。

 「イヤです。」

 衝撃の返答だった。

「チョ、ちょっと待って。理由を聞かせてもらえるかな?」

 まさかの返答に狼狽えるラルフ。新入社員に逃げられたことは一度や二度とではないが、柚希に袖にされるとは思っていなかった。なんせ彼女には後がなかったのだ。断る方がおかしい。

 「私、《銭湯》嫌いなんです。」

 えらくストレートな理由が返ってきた。まさかの《銭湯》嫌い。

 「私の実家が《銭湯》やってるんです。私の名前読めますか?」

 ラルフに履歴書を渡し名前を読んで貰う。「大分 柚希」(おおわけ ゆずき)。至って普通に思える。

 「見ての通り、私は日本人です。大分県って言うところに住んでました。私のファミリーネーム(苗字)は地名から来てるんです。読み方が違いますけど。」

 少し伏し目がちに喋る柚希にじっと耳を傾ける。アレックスはつまらなくなったのかフラフラと遊びに行ってしまったようだ。

 「私のファミリーネームと地名が違うように、日本の漢字には複数の読み方と意味があります。」

 『橋』と『箸』、『天』と『点』。上げればきりがない。かくゆうラルフも日本の文化とも言うべき《銭湯》を経営する一族に所属する上で日本語が必要となって学んだ際、同音異義語には悩まされた苦い経験がある。

 「大分柚希と言う漢字は『だいぶゆずき』ともよめます。『だいぶゆずき』すなわち『大分、湯好き』。実家が《銭湯》でこんな読み方のできる名前じゃあ、そりゃからかわれますよっ!!」

 日本人ではないラルフには少し伝わりにくい事ではあるが、柚希の激昂ぶりからも相当いじられた事は伝わった。

 「だから、イヤなんです。両親はそんな意味でつけてないって言ってくれるし、私も理解しています。でも、なんだかイヤなんです。そんな気持ちから逃げる為に宇宙に来たのに、宇宙でも《銭湯》なんて耐えられない。」

 柚希の感情はとどまることを知らず、涙まで出てきてしまっていた。

 「そうか、事情は分かった。僕も無理強いはしないよ。正直人手は喉から手がでるほど欲しいけど。仕方がない。でも、風呂だけでも入っていってくれないか?これでも自慢の風呂なんだ。着替えは無いけどタオルは貸すし、シャンプーやなんかは備えつけてあるから。」

 ラルフはそれだけ言うと、タオルを押しつける。

 「分かりました。お風呂入るだけですから。」

 柚希は素直にタオルを受け取ると、「女」と書いてある暖簾をくぐる。すると、何故か一旦戻ってきて、

 「覗かないでくださいね。」

 「……信用問題に関わるからね。」

 本気だか冗談だかわからない捨て台詞を吐いて暖簾の奥へと消えて行った。

 「……残念だ。」

 ラルフはそう一人ごちると、会社の事務仕事を番台で始めるのだった。

 私は風呂に入りながらスマホで執筆(?)してるのですが、そのせいか風呂の話が長くなります。スミマセン。

 ここまで書いて分かったことは、2189年の宇宙での日常は地球での日常とそうは変わらないようです。


 お読みいただき有り難うございます。

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