魔族達の憂鬱③
魔族サイドのお話です。
シリアス成分は皆無です。
北の大地に広がる魔族の領地。
その大地を支配し、その象徴とも言える城が北の大地の真ん中にそびえ立っています。
魔王城です。
その魔王城の玉座の間にいるのは魔王が信頼を寄せる魔王軍が誇る大幹部達。
今回はそんな魔王様たちのお話です。
いつものメンバーが集まる玉座の間。
そしてそこに備え付けられる様になったテーブルに座るメンバー達。
「北の大陸で激しい戦闘があったそうだ。幸い死傷者はいなかったがな。」
「え?北の大陸で調査兵隊が全滅?うそでしょ?」
「本当だ。そして報告にはこう書いてある。」
吸血鬼の王アルカードが今回の会議の議題について述べます。その内容にいち早く反応したのは常闇の王リリアーナ。
「『ウィード国の王子を捕らえる為に展開した兵おそよ三千は奇妙な服装をした一人の黒髪の女に全滅へと追いやられました。軍やめたいです。』って最後は願望じゃないか!!くそ!!馬鹿にしよって!!」
アルカードが報告を読み、そして報告書を床に叩きつけます。常に冷静沈着だった彼の面影はありません。
「ん?ちょっと待て…こっちの報告には二つ名がしっかりと書かれているぞ。」
憤慨するアルカードに質問するのは暴獣の王カリウス。二つ名が報告にある事をみんなに教えてあげます。
「何々……!!…ス…鮮血音階…だと?」
カリウスは信じられないと言う顔をしながらその名を言います。そしてそれを聞いた玉座の間にいる他のメンバーも取り乱します。
「え?なんであの村人達がいたの?」
「『鮮血』と言ったら全ての攻撃を、腕を振るうだけで無力化と反射の二つを行う馬鹿げた能力を持つ村人だったな…
そもそもあやつはあの糸を攻撃に転じてすらいなかったな…」
「あの太刀の形を自由に変えられる女よりはマシだ…そもそもなんで北の大陸にいたのかすら分からない。」
「…あやつらは海を超えて来れるのか…」
上から常闇、龍皇、吸血鬼、魔王様の順番で答えます。それぞれが去年の戦いの悲劇と海を渡れると言う事実にただ意気消沈していた。
「もしかしてあの村人達は好きな様に世界を渡り歩いてるんじゃないのかしら?」
「いや、もしそうだとしたら奴らはここに攻めてくると思うのだが…」
リリアーナの質問にアルカードが答えます。もし村人達がその気ならこの大陸は去年の戦いの後にでもなくなっていると言います。
「いや…奴らは自分達からは絶対に争いを起こさん。それは我々が身を持って知った事である筈だ。」
魔王様が答えます。
村人達は自分達を害するものには容赦をしないが、そうでないものなら魔王軍の外交官の様に宴会などを開いてくれる事を魔王様は知っています。もちろん他の人達も知っています。
「そうでしたな。奴らは実に温厚な種族であったな。」
「…カリウス。村人達は人間よ。別の種族じゃないわよ…だよね?」
カリウスの答えにリリアーナが反論しましたが逆に疑問を生んでしまいました。
そもそも村人達はなんなのかと、人間の種族の力を軽く超えている事はこの場では周知の事実。しかし、その村人達の事は詳しく知らないのだ。
外交官になったフラータルさんの報告書で知っている内容でした。
酒好き、お祭り事が好き、種族関係なく接するなどの事柄でした。他にも色々あったと思うフラータルさんだったのですが酒を飲まされすぎて記憶が飛んでいて覚えてませんでした。
「…魔王様。私から提案があります。」
「ん…聞こうではないか。アルカードよ。」
何かを思いつき魔王様に発言を願い出るアルカード。彼の考える事は大抵うまく行きそうなのに全てが村人たちによって水泡に帰するので、みんな内心どうでもいい顔をしています。
「あの村に同盟を願い出ましょう。」
「「「「それだっ!!」」」」
他の人達が一斉に同意の意見を述べます。魔王様も柄になく大きな声で叫んでいます。
同盟して、その時の同盟文に襲わないでくださいとでも書けば万事OKになると考えたのです。
しかし、ただ一人龍皇オルドランが怪訝そうな顔をし始めました。
「…オルドラン、どうかしたか?」
「いえ…同盟を結んだら今世界に展開している基地や兵を全て撤収させなくてはならないのではと思いまして…」
「あ…そうだったわ。あの村人達は自分から争う事を嫌っているそうじゃない?そんな相手と同盟なんて結ぼうとしないわね…」
オルドランが考えている答えをリリアーナが言います。これでは同盟したとしても意味がないと。
「では兵を下げるのか?」
「そんな馬鹿な事はしない。魔王様の理想の世界を作る為に人間は全て支配しなくてはならない。そうしないと人間と魔族の蟠りは埋まらんのだよ。」
カリウスの疑問にアルカードが答えます。
魔王様の理想は、魔族の奴隷がいない争いが少なくなる世界。絶対的な強者の風格を持つ魔王が考える様な事ではなかったが、ここにいる五人はその理想に賛同し協力をしている。
「じゃあ同盟の件はなしの方向ね…期待して損したわ。」
「我もだ。何が同盟だ、馬鹿馬鹿しい。」
「誰でも思いつくことだったな。それが間違いだと気づかない奴は発言したが。」
「…失望した。」
吸血鬼の王以外の魔族たちが、ボロクソに言います。自分達は大きな声で同意した事を棚にあげて、期待させやがって、使えない奴めと。そんな事を言われたアルカードは声を殺しテーブルに伏しながら泣き始めてしまいます。
「っ…うぅ…ぐぅ…オェ……」
「吸血鬼の王がそんなリアルな泣き方しないでよ。威厳も何もないわね。」
辛辣なリリアーナ。そしてその言葉に頷く他の面々。どうやらこのメンバーは常日頃から会議をしているのでプライドなどを張らずに接することができるようになっていました。もちろん魔王様の前なのでそこまでの粗相はしません。
これも魔王様が考えていた事の一つです。
皆が何かに恐れる様な事、自分を飾らない姿。しかし、今魔王の前に広がる光景は30人程度の村人達によってもたらされた物でした。
その事がわかった魔王様は一人の笑みを溢してしまいます。去年から大分魔王軍も変わったと。触らぬ神に触れたらこうなっていたのです。
「ん?魔王様。アルカードを見て笑ってらっしゃるのですか?」
「え?そうなの、オルドラン。
アルカード!やったわね、貴方のリアルな泣き方が魔王様を笑顔にしたのよ。」
「ぐぅ…ぁ…ぅ…」
涙で袖がびちょびちょのアルカードが顔をあげます。そもそも本人は真剣に悩んだ挙句に罵倒され泣いているのに、その泣き方まで罵倒されてさらに落ち込んでいました。
「アルカードよ、落ち着け。それと後でテーブルをしっかり掃除しておけ。
染みになる。」
そう言うと魔王様はアルカードにおしぼりを投げます。このおしぼりは、ここ最近玉座の間に常備されるようになったものです。
胃を痛めた時に出る汗や、今の様に泣いてしまう者の為、そして会議が終わった後に拭いてすっきりする為です。
アルカードは魔王様から頂いたおしぼりで鼻をかみ、なんとか体裁を保てるまで回復しました。
「それでは、あの村人達との外交を…っ!!」
魔王様が次の議題に進めようとした時に、魔王城が大きく揺れ、月に二回の恒例行事を知らせます。みんながため息をつきますが、顔にはしょうがないという色を表していました。
そして息を切らして入ってくる兵士が言います。
「ま…魔王様!!」
「あぁ、わかっている。それでは今日の当番は…」
兵士の報告を全て聞かないでも魔王様はわかっているようでした。そして後ろを振り返り、玉座の間の壁に画鋲で貼られている紙に目を通します。
「今日はカリウスとアルカードの番だな。では二人ともいつもの様に頼む。」
「「はっ!直ちに!」」
そう言うとアルカードとカリウスが玉座の間から足早に出て行きます。恒例行事とはあの村から投げ飛ばされるベヒモスのことです。月に二回のサイクルは去年からここ数ヶ月立っても変わりません。城下町に住んでいる人達も特に気にせずに月のはじめと半ばに飛ばされて来るベヒモスで時間の流れを感じていました。
「うむ…二人かけたので少し議題を変えるとするか。何かあるか?」
二人もメンバーがかけたので別の議題について話そうとする魔王様。そんな魔王様に別の話を持ちかけるなはオルドラン。
「そういえば、最近東の大陸で要塞を壊して回る勇者の一行がいるようだが…」
「あぁ…いたわね。報告には勇者とその相棒が二人で要塞を潰しているんだっけ?」
「あの勇者の男か…勇者なのに斧を使うと報告に書いてあったな…過去の勇者達は皆が剣を使っていたそうだが…」
三人が勇者について語り始めます。ここ最近になってからその名をあげ始め次々と魔王軍の基地を破壊して回っていると報告を受けている様です。
「勇者と相棒の男の他に二名の女性も報告に上がっています。どうやら戦闘には参加せずに後方支援、主に回復、治癒に回っているようだが…」
「そうであるか…いずれ衝突することになるであろうな。その時はお前たちに頼むかも知れんが……」
「任してください!私達が必ず倒して見せますわ!斧を使う勇者など私達の敵ではありません。」
部下の報告を疑わない魔王様たちはそれぞれが勇者について話しています。
実際は何から何まで違うのですがリリアーナの調べた情報なのでみんな信じています。
リリアーナの情報網も案外ザルのようです。
そうこうしていると、アルカードとカリウスの二名が戻ってきました。二人ともボロボロです。
「ん?二人とも、一体どうした?」
「ベヒモスの群れの一体が襲いかかってきまして、少し本気で対処してきました。今日の晩餐にはベヒモスの肉が出ることでしょう。」
どうやらベヒモス達はあの森の木に生えている果物などを食べているようで日々着々と力を増幅させています。今回はその中の一匹がアルカードとカリウスに戦いを挑んだようです。
「本当に!よく倒せたわね。」
「封印し終わって北の氷河海に沈めた途端に一匹襲いかかってきてな…我も久しぶりに少し本気になれたわ!ガッハッハ!」
リリアーナが喜び、カリウスが大きな声で笑います。二人とも嬉しいようです。
弱まっている状態のベヒモスには封印術以外効きません。何故かは魔王様も知らないことです。太古の魔獣であるなら不思議の一個や二個はあると割り切っています。
なので戦いを挑んでくるベヒモスからしかお肉は取れないのです。数ヶ月に一回あるかないかの事なので、みんなが晩餐に期待をし始めます。魔王様も密かにワクワクしてます。でも魔王と言う地位にいるので、がっついてたくさん食べられないことに少し不満を覚える魔王様。周りの目があるからです。
「では皆の物はベヒモスの解体作業の手伝いをして来るのだ。」
「はい!直ちにいってきます!」
「魔王様に言われずとも向かいますぞ!」
「キ…キャシーも呼ぼうかな…テヘヘ。」
「ふふ…久しぶりの魔獣か…腕が、いや腹がなる。」
アルカードとカリウスはしっかりと返事をして、リリアーナとオルドランは自分の世界に入っていました。そうして四人は玉座の間から出て行きます。
そんな反応を特に気にしない魔王様は、玉座の間の自分が座る王座に座り、おしぼりで顔を拭きながら考え、呟きます。
「今度お忍びで村に行ってみるか…」
それがどう言うことになるかは誰もわかりません。魔王様は考えます。もしかしたら良好な関係を持つことができるかも知れないと、そして、あわよくばベヒモスのお肉をたくさん食べられるかもしれないと。
今日も魔王様の胃は痛みを発していました。でも何時もと違う痛みです。それは空腹から来るものだったかもしれません。
今日も魔王様は頑張っています。
どんどん家庭的になる魔王です。
魔王軍の設定迷走中。
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