勇者様の憂鬱②
縮地は日本武術の一つです。
しかし各武術での縮地は、縮地と言う名では呼ばないそうです。
南の大陸より魔王軍の活動が活発な大陸があります。それが東の大陸です。大陸の五分の一が魔王軍の侵略をうけ、多数の人間が捕虜や奴隷とされています。大陸には魔王軍の基地がたくさんあります。そんな大陸でただひたすらに魔王軍と戦い続けるもの達がいます。
勇者ご一行です。
勇者達は今日も人々のため、世界の平和のため頑張っています。
今回はそんな勇者ご一行のお話です。
「もう!!本当にいい加減にしてください!!またご飯抜きですよ!」
「「勘弁してください、反省してます!」」
勇者アルスが相も変わらず土下座をしている二人の男にプンプンと怒り、怒鳴り散らしています。
戦士ユーディウスさんと武闘家ヤルダバウスさんのお二人です。どうやらまた何かしでかした様です。そんな三人を何時もの様に困り顔で見ている僧侶シェラエルさん。
今回は、勇者アルスが仲間に隠れて魔物の住む森で一人特訓をしようとした事が、ことの発端でした。
みんなで食事をして次の目的地を決め終わったあと、お花を摘みに行くと言って部屋を出て、一人魔物の森に向かいました。一人で特訓するためです。そこまでは良かったのです。
しかし魔物の森に入ると何故か部屋いたはずのユーディウスとヤルダバウスが森に住む魔物を次々とコテンパンにしていたのです。
そしてアルスを怒りを爆発させる一言。
「「魔物どもは、虫の息です。さぁ、アルス様!今が特訓のチャンスです!」」
虫の息の敵を相手に特訓も何もないです。アルスはその場で二人の首根っこを捕まえていつもの様にお部屋で説教。一連の流れがここにできていました。
「なんであんな事したんですか!?もうほんっとうにやめてください!!特訓できないじゃないですか!?私はもっと戦える様になりたいんですよぉぉお!!」
「わ…私は勇者様にお怪我をして欲しくなく…その」
「私は、こいつを止めたのですがどうしてもというので…」
この時、遂に仲間を売る事を日々の中から見つけ出したヤルダバウスさん。もちろんユーディウスさんは困った顔をします。
「…お前、ノリノリになって魔物を殴ってたよな?俺が見たんだ間違いない」
「それは残像が勝手にした事。俺はやってない」
残像が勝手に魔物を殴ったという理解不能な苦し紛れの言い訳は、もうすでに言い訳の域を超えていました。こいつは一体何を言っているだと皆が思ったに違いないでしょう。もちろんユーディウス以外。
「なに!?お前、俺の師匠の技ができる様になったのか!!そんな話聞いていないぞ!」
「い…いや、知らぬ間にできていてな。って、なに?お前のお師さんはそんな事できんの?初耳なんだけど」
いつの間にやら、勇者の事はほったらかしに二人は自分の技と師の話に花を咲かせていた。勇者はそんな二人をまた怒鳴ろうとしましたが、ある事に気づきました。
「…そうだ…なんで私はこんな簡単な事に気づかなかったんだろう…ウフフ…」
「ん?アルス様、どうしましたか?」
何かを考えついた様に笑っているアルスにシェラエルさんが心配します。
「ユーディウスさん、ヤルダバウスさん!!私の特訓を見てください!!いえ、私を鍛えてください!」
「「「…え?」」」
勇者は戦士と武闘家に戦闘のご指導を受ける事に決めました。戦士と武闘家は快く了承しました。自分たちが特訓をつけるので怪我をしないだろうと思ったからです。僧侶は必死に止めましたが、勢いに乗った勇者を止める事は誰にもできません。
ーーーー次の日
「ではアルス様には私が師匠に習った特訓方法を教えたいと思います」
「ユーリの後は私ですね、では私はアルス様に師から教えていただいた身のこなし方などを教えたいと思います」
「よろしくお願いします!」
勇者アルスは動きやすそうな服装で額には根性鉢巻を巻いています。その格好を見て戦士と武闘家は見惚れてました。そんなアルスを木の影から困った様にシェラエルさんが覗いてます。勇者が心配でしょうがないのでしょう。
アルスはこれで二人の様に強くなって、二人と共に戦い、勇者の名に負けない強さを得ようとしました。一日でも早く二人の肩に並べる様にと意気込み、二人がここまで強く慣れた特訓に覚悟を決めました。生半可なものではないのであろうと容易に想像できたからです。
そして勇者アルスの特訓が始まった。
勇者アルスはすぐに理解しました。
認識が甘かったと。
「それではアルス様、特訓その一です。まぁ、初歩的な方法です。息を止めたまま走り続けてください。気絶しても根性で走ってください」
「はい?」
特訓その一からアルスは難関に衝突します。アルスは思いました。こいつはなにを言っているんだろうと。
「私の師匠の話では、剣の素振りや筋トレ、魔力が枯渇するまでの魔法の使用などの従来の特訓方法は非効率だそうです。常に死と隣り合わせで特訓することで強くなれるのが師匠の特訓方法です。」
「え、死と隣り合わせ?」
「はい。この特訓方法を行えば、いずれ自分の魂を出し入れすることが可能になります。魂の出し入れを覚えた後は別の鍛錬を教えますね。では、始めましょうか?」
「……」
「ん?アルス様、どうしましたか?少し特訓方法に納得がいかないと言うのであればもっとグレードをあげますが…肘を顎につけたりなど…」
「ユーリ、初歩的すぎるんじゃないか?俺の時は最初から全身の筋肉を断裂させて肉体を活性化させる特訓方法だったぞ」
「…それが問題じゃねぇぇぇええ!!」
「「うわぁっ!」」
「アルス様!!」
額の鉢巻を地面に叩きつけアルスがブチ切れます。これは特訓方法じゃない。仙人になる方法だとわかったのだ。ちなみに肘は人体の構造上絶対に顎につきません。
ユーディウスに殴りかかろうとするアルスの腕にシェラエルがしがみつき止める。
「お…落ち着いてください!そ…そうだ!ヤルダ!!あなたから先にアルス様に指導をしてあげてください!!」
その後怒りを沈めてアルスはなんとか落ち着きました。ユーディウスの特訓方法がだめなだけで、ヤルダバウスの特訓方法は大丈夫だろうと思ったからです。
今度はヤルダバウスさんが特訓方法を教えてくれます。
アルスはわかっていました。この流れはいけないと。
「それでは私が教えることは戦闘の際に使える身のこなし方や回避するための特訓方法です」
「…はい」
一抹の不安どころではない思いでアルスはヤルダバウスさんの説明を聞くことにしました。
そんな勇者を心配そうに眺めるシェラエルさんとなにがいけなかったのか考えている男がアルスとヤルダバウスを見ています。
「まず敵の攻撃をよけるには何よりも素早い身のこなしが必要です。アルス様は脚力に自信はありますか?」
「ん?まぁ、少しなら…」
想像してた展開と違ったのでアルスは拍子抜けしました。もしやちゃんとした特訓方法なのかと。
「そうですか。なら安心です。ではその脚力を用いて宙を蹴ってください」
「はい?」
「宙にも物質は存在します。見に見えないほどの存在ですけど。その物質を脚力を用いて蹴るのです。そうすると、どんなに足場が悪いところでも方向転換ができる様になります」
「え、素早い身のこなしは?」
「素早い身のこなしは、空中で機敏に動く際に周りの状況を確認し、素早く対処するために必要なことなのです。この方法を熟知すれば本当は、空を自由に走ることができるそうなのですが私もまだ10歩ほどしか宙を蹴れません。一緒に鍛錬ですね。共に頑張りましょう」
「……」
「あれ?アルス様、どうしましたか?もしこの方法をもう知っているのであれば次は縮地と言う移動方法がありまして…」
「ヤルダ、どうやらアルス様はお前と一緒に鍛錬するのが嫌みたいだぞ。だからここはアルス様一人にやってもらおう。ささ、アルス様どうぞ!」
「…どうぞじゃねぇぇぇええ!」
「「うわぁっ!」」
「アルス様!!
先ほどとまったく同じ流れでした。
アルスは理解しました。この二人の師匠は人外だと。そして、ここまで可笑しな事を平然と述べる二人はその人外の元での修行でおかしくなってしまっているのだと。
アルスはまた額の鉢巻を地面に叩きつけ、またまたブチ切れます。アルスにまたシェラエルさんがしがみついています。
アルスはシェラエルさんにしがみつかれた状態でもお構いなく怒りをあらわにしました。
「これのどこが鍛錬なんですか!?誰が仙人になる方法を教えてと言いました!?誰が脚力だけで空を飛べる方法を教えてと言いました!?人をおちょくるのも大概にしろよぉぉおお!!」
「「ひぃぃ!」」
怒鳴るアルスに怯える二人。
「アルス様!落ち着いてください!この二人には悪気があったわけではないのです!!バカだから気にしたら負けです!」
アルスをなんとか落ち着かせようと戦士と武闘家にボロクソいう僧侶。
「そ…そうね!私とした事が怒りに身を任せちゃいけませんよね、気をつけないとダメですね」
「そうです!勇者なるものが怒鳴り散らしたりしてはいけません」
落ち着け私と繰り返しつぶやくアルス。シェラエルさんが説得をし続けます。どうやらなんとか今回の騒動の怒りを沈めてくれた様です。シェラエルさんはほっとため息をつきます。
「あ、無呼吸剣舞と言う鍛錬がありますがどうでしょうか?」
「私も質量ある残像を出す鍛錬がありまして…」
戦士と武闘家はアルスの言った事をなに一つ理解してない様です。強くしてと言いますが強さの次元と言うものがあります。
「馬鹿は黙ってろっ!!」
「「ひぃぃ!」」
「アルス様!!」
勇者アルスが勇者としての力を手にいれるのも時間がかかりそうです。怒鳴るアルスを見て尻餅をつきながらも怒った顔も可憐だと思う馬鹿二人と、保護者になりかけている女性は頭に手をあて困っていました。
今日もこのご一行は楽しそうです。
ーーー時は同じくカジュの村
村の広場に子供達が一人の大人の前で体育座りをしています。どうやら子供達のお勉強の時間の様です。
「今日もちゃんと運動靴と汚れていい服を着てきたかな?」
今日の先生は伊右衛門さんです。
「「「はーい!」」」
すずちゃんたちが元気良く返事します。
「よし!それじゃあ、今日はこの間教えた縮地の練習から始めるぞ、みんな行きたい場所の空間を縮めるイメージをするんだ。」
「「「はーい!」」」
「うん、いい返事だ。じゃあ、始め」
どうやら着々と英才教育が進んでいる様です。
今日もこの村は平和です。
読者様のご指摘で、地の文を整いて行きたいと思います。場面で切り替えて行く予定です。
誤字脱字のご指摘、ご感想お待ちしております。