左右にご注意
王道勧善懲悪のお話です。
テーマは思いやりです。
少し暗い雰囲気もあります。
でも最後には笑顔になれるようなお話です。
この村1番の医療技術を持っている左京さんが悩んでいます。
「んーやっぱり、この量じゃ心許ないな…」
「兄貴、どうしたっすか?」
そんな左京さんに質問するのはこの村1番のオシャレ、右京さんです。左京さんの弟さんになります。いつも首にネックレスやらをつけて、オシャレにぬかりはありません。
「右京か。実はな、今度の祭りで使う予定の二日酔いに効く薬の在庫がなくなりそうなんだよ」
左京さんはこの村で唯一のお医者さんです。
彼は村にある全ての薬の管理も行っていました。
「兄貴の薬は効くっすからね、確かラシアールだったすか?」
ラシアールと言う二日酔いに効く薬があります。お酒を大量に飲んだあとにこの薬を飲んで水分を十分に取り眠ると、身体の水分を激しく循環、代謝させてあっという間に二日酔いを治す薬です。
成分などの説明はここではやめておきましょう。
「そうなんだよ。ラシアールの元のアルダクトンの材料がなくなりそうでさぁ…」
ラシアールは、ラシックスとアルダクトンという二種類の薬を混ぜ合わせたものです。
どちらも利尿剤として用いられていることで有名ですが、そんなことを知っているのはこの村人たちだけです。
「それじゃあ、隣の大陸まで買いに行かないっすか?俺も隣にある大陸で売られている靴が欲しかったところだったんすよ!」
「そうだな、久しぶりに街まで買いに行くか。いつまでも村の森に頼るわけにもいかないしな」
村の森に生えている世界樹を色々な医療に使っている左京さんでしたが、普通の薬も扱っています。いきなり世界樹がなくなったら大変ですからね。
「善は急げっす!早く用意するっす!」
「わかったわかった。お前も早く準備しろよ」
左京さんは白衣を羽織り、お医者さんカバンを片手に持ち、右京さんは今お気に入りのジャケットを羽織りサングラスをして隣の大陸へと徒歩で向かいました。
今回は、そんな兄弟のお話です。
カジュの村のある大陸を中央大陸といいます。中央大陸を中心に東西南北にそれぞれ海を隔てて四つの大陸があります。北の大陸、南の大陸、東の大陸、西の大陸です。北の大陸のさらに先に北の大地と言われる魔族が住む大陸があります。
左京さんと右京さんは今回、人がたくさん住んでいる南の大陸まで徒歩で海を渡り向かいました。
「んーやっぱり街は活気があっていいっすね!!」
「村ではこんな光景見れないからな、いつ見ても新鮮だな。」
二人は南の大陸にある大きな街に来ています。お昼時です。
街はとても活気にあふれ、大通りには露天がひしめき合い、お客さんがたくさん買い物をしています。
「祭りじゃないのにこれだけ騒がしいのもなんか不思議っす!!」
「あの村が騒がしくなるのはお祭りの時だけだからな。では、目当ての物を買いに行くか」
「兄貴!まずはお昼っす!腹ペコっす!」
「そうだったな。適当にお店にでも入るか」
お昼時ということもあり、二人は街の定食屋さんに来ました。やはり混んでいるようでしたが二人は無事に座ることができました。
「お客さん珍しい格好してますね!どこから来たんですか!?」
注文を取りに来てくれたお姉さんが左京さんと右京さんに質問します。二人の格好はやっぱり目立つようです。どうやらこの店の亭主の娘さんのようです。
「俺たちは中央大陸にある村から来たっす!!
「あら!別の大陸のお客さんだったの!船での長旅で疲れたでしょ?」
別の大陸に移動する際は、この世界では船をつかって移動します。この村人たち以外にとってはそれが常識です。
「違うっすよ。村から歩いてきたっす」
「???…よくわからないけど、このお店では定食を頼んでくれた人は卵を二つまで食べれるからぜひ頼んでみてくださいね。旅の疲れには栄養あるもの食べなくちゃダメですよ。私は卵だと思います!」
右京さんの言っている意味がわからないお姉さんは商売文句を言い、左京さんと右京さんに定食を勧めてきました。どうやらこのお店の亭主が飼っている鶏から獲っている卵が二つまで食べれるそうです。
「それじゃあ、この今日のオススメ定食をお願いします」
「俺はこのヒレカツ定食でお願いするっす!卵をといてヒレカツにつけて食べるっす!」
「はい、かしこまりました。少し待っててくださいね。」
お姉さんが厨房の方に注文を告げに行きます。あいも変わらずにお店は繁盛しています。二人は料理が来るのをまだかまだかと待ちわびました。
するとお店の出入り口の席で誰かが騒ぎ出しました。
「おい、小僧!今盗んだ卵を出しやがれ!!」
一人の男が男の子の手を持って言っています。どうやら男の子が卵を盗んだそうです。
騒ぎのせいでお店の人たちがざわざわとし始めました。
「…またか…ってあの子なんて人から盗んでるのよ!!」
いつの間にか左京さんと右京に料理を持ってきたお姉さんが戸惑い始めました。
「またってどういう事っすか?それにあの男なんっすか?」
「あの子ね、ここ最近よく食べ物を盗むのよ…仕方のないことなんだけど…。あの卵を盗まれた人、流れの傭兵の人みたいね…どうしよう……」
傭兵という仕事をしている人がこの世界にはいっぱいいます。国の兵や貴族お抱えの私兵、兵を派遣するお店で働かない力を持った人を言います。流れの傭兵はどうやらその中でもあまり良くない仕事をする人のことをいうそうです。そんな男が一般人を殴ったりしたらただではすみません。
「…右京、なんとかしてこい。」
「わかったっす、兄貴!先に料理を食べちゃダメっすよ」
「っえ!ダメよ、危ないわ!今お父さんが警備の人を呼びに行ってるから待ってたほうがいいわよ!」
左京さんが右京さんに騒ぎを鎮めさせようとします。そんなふたりを必死に止めるお姉さん。
「大丈夫っす、心配はいらないっす」
そう言い残し右京さんが騒ぎの中心の男の元に歩いて行きました。手には自分の定食についてきた卵を持っています。左京さんは右京さんが向かったのを確認したあと一人定食を食べ始めました。
「何悠長にご飯食べてるの!?あなたの弟さん怪我しちゃうわよ!」
「…怪我したら俺が治すまでです。あいつの事なら心配はいりませんよ」
左京さんが定食についてきた汁物をすすりながら言います。
それは一人の医者としての台詞か、弟を信頼する兄の台詞かは本人しかわかりません。
「やいやいやい!!大人が何小さい子供をいじめてるっすか!」
「あん、誰だテメェ?邪魔するんじゃねえよ。今俺は忙しいんだよ。」
傭兵の男は右京さんの言葉に耳をかしません。今は盗みを働いた男の子をどういたぶるか考えているようです。
「男なら自分より弱い奴を苛めたりしないっす!自分に襲いかかる敵か、大切な人を守るためにこぶしを振るうっす!」
男の力は無駄に誇示してはいけない。自分を襲う敵か、自分の守る人のためにこぶしを握れと右京さんが傭兵に説教します。そんな話を傭兵が聞く訳ありません。
「ごちゃごちゃうるせぇな!お前から黙らせてやるよ!!」
傭兵が右京さんに殴りかかろうとします。すごい勢いで右ストレートを放ちました。
「なんすか?これパンチっすか?」
そう言い右京さんは傭兵から放たれた拳の力を殺さずに卵を持っていない方の手で軽く止めて、片手で手を置いた部分を起点に傭兵をその場で一回転させました。お店の人たち、男の子もその光景を見て絶句しています。当の傭兵も自分の身に何が起きたか理解していません。左京さんは黙々と料理を食べています。今日のオススメ定食は鶏肉のトマト煮だそうで、卵をかけて食べていました。鶏肉のトマト煮に入れた卵は丁度良い感じに半熟になり味をまろやかにしています。
「俺の卵をあげるっす。そこの子にあんたの卵をあげるんすよ。」
右京さんは自分の持つ卵を傭兵の手に乗せて言いました。やっと傭兵が自分の身に起きたことがわかったようで顔を真っ赤に怒り出しました。
「てめぇ、覚えてろよ!お前の顔覚えたからな!!」
そう言い残し卵を片手に傭兵は逃げて行きました。
「捨て台詞がまるで下っ端のセリフっすね。少年、大丈夫っすか?」
右京さんはさきほど傭兵に絡まれていた男の子に優しく質問します。
「…助けてなんて言ってないよ…」
男の子は小さな声で右京さんに文句を言うと卵を片手にお店を出ていきました。右京さんが逃げる少年の姿を確認しようとしたらもう見えなくなっています。
「あらら、二人に逃げられたっす。あっ!あの男無銭飲食っす!」
右京さんがそう言うと、お店の中にいる人達と外で様子を見ていた人たちが一斉に立ち上がり拍手をしながら声をあげました。その声は驚きと喜びに満ちているようです。そんな中、左京さんはご飯を食べ終えていました。
その後、右京さんは先に食べていた左京さんに怒りましたが、どこか嬉しそうな顔をしていました。どうやら街の人に色々と嬉しいことを言われたみたいです。街の人たちはあの子を助けてくれてありがとうと言っています。どうやら街の人たちはあの男の子を気にかけているようです。
「それで、あの少年はなんで盗みを働くんですか?」
左京さんがお姉さんに先ほどの男の子のことについて質問します。お姉さんは悲しい顔をして事の真相を左京さんに語り始めます。右京さんはお店の人達と騒ぎ合っています。
「えっとですね…声大きく言えないんですけど――――――」
「…また、お礼言えなかったな…なんで僕は言えないんだろう…」
少年が一人呟き、街から少し離れた場所にある家に向かっていた。
「でも、もし僕と関わりを持つと領主が黙ってないし…」
少年は自分の家族がいる家に入る。
「ケホケホッ、お兄…ちゃん?おかえり」
そんな少年を迎えるのはベッドに寝込んだままの小さな少女。どうやら体調が芳しくない様だ。
「もう、寝てなくちゃダメだろ。何してるんだよ」
「お兄ちゃんが帰ってくるのを起きて待ってたの。今日のお手伝いはどうだったの?」
「お…おう!昼間は街のゴミ拾いしてきたんだ。ほら卵もらったぞ!これで栄養つけなくちゃな!!」
「ケホッ、ごめんねお兄ちゃん。天国にいるお父さんとお母さんの分も…ケホッ、私頑張らなくちゃいけないのに…」
少女は体調を崩していた。彼此数週間程咳が止まらずに寝込んだままであった。
少年は少女のために盗みを働き、彼女の体調を治そうとしていた。しかし満足な食事を取れない少女は日に日にその顔に精気がなくなり始めていた。
二人の子供の両親は傭兵であった。母親は子供のために家に残ろうとしたが雇い主の領主がそれを許さなかった。両親は戦場になる地に子供を連れていけないことからと、自分たちの子供二人にいままで蓄えてきた財産と畑を残した。
…私たちが戻るまで仲良くしてるのよ。
仲良くしてね、我が子を心から心配する母の言葉。
…お前はお兄ちゃんだからしっかりと守ってやるんだぞ、お父さんとの約束だ。
兄ならしっかりと妹を守るんだぞ、我が子を励ます父の言葉。
父と母の言葉をしっかりと守ることに決めた少年と少女。
それから毎日畑に水やりなどをして畑の管理をする二人。そんな兄妹を助ける隣人達。毎日必死に頑張り両親の帰りを待った。
ずっとずっと待った。
毎日、毎日扉の前で待った。
そして扉を開けたのは両親ではなかった。
両親を雇っていた領主であった。それが意味することも兄妹は理解した。自分達の両親は死んだんだと幼いながらも兄妹はわかってしまった。領主は兄妹の家にある財産をすべて持ち帰っていく。土地も家以外差し押さえられた。少年と少女の父と母との思い出の数々が領主の手に渡った。兄弟の両親のせいで領主は多大な迷惑を被ったということを理由にして。
そんな領主に少年は飛びかかり、あろう事か殴ってしまった。
領主は激しく怒り、兄妹の生活に、周辺に住んでいる人に生活を手伝わさせないことにした。水汲みを、食べ物を譲ることを、賃金の少ない仕事を紹介することしか許さなかった。そんな領主の命令をやぶった今までお世話になってきた沢山の人が街から去っていった。少年たちを連れて行ってはくれなかった。残酷ではあるが、彼らにも守らなくてはいけない家族がいるのだ。見捨てなくてはいけなかったのだ。街の人たちも領主の圧制のせいで泣きながらも少年少女を見守ることしかできなかった。
それでも、少年と少女は頑張って生活した。
少年は必死に少し離れた街で仕事を探して、毎日必死に頑張りました。父との約束を守るために。
少女も街の外にある食べられる野草などを毎日集めて幼いながらも頑張った。母との約束を守るために。
そして少女は体調を崩してしまう。兄のため食べられるかわからない野草の毒味をしていたのが原因だった。少年が必死の思いで貯めたお金で医者に見てもらうため街を走る。この街に魔法で治療してくれる魔法使いがいないため必死に探した。しかし少年はそこであることに気付いてしまう。
もし妹を見てくれた医者まで、あの領主の手が伸びたらどうしよう…と
もし医者が領主の仲間だったらどうしよう…と
もし医者が変な薬を妹に飲ませたらどうしよう…と
少年は疑心暗鬼になっていた。もしももしもと、領主のことばかりが頭から離れません。
幼さゆえの過ちか、それとも愚直なまでの妹を思う気持ちからか、少年は自分で妹の看病をすることにした。
それから少年は自分の食事すらも投げ打って妹のために栄養のあるものを買って与えた。
果物を、あったかいスープを、卵をと、兄妹にとってとても高い物を毎日妹に与えた。お店の人達から渡される薬などはすべて断った。もしもそれが毒だとしても、もしもそれがちゃんとした薬だとしてもくれた人が領主に目をつけられて街から追い出されるからだ。自分も辛い生活を強いられているのに、他人の生活の心配をする少年は優しい心の持ち主だった。
そんな生活はすぐに終を告げた。金が尽きたのだ。日々の少ない賃金では満足な栄養のある食べ物を与えられないと考えた少年は盗みを働いた。
街の人たちも領主の兵達の目があり、形だけでも少年を叱った。しかしそんな光景を領主お抱えの傭兵が伝えてしまう。
そして領主の目がさらに厳しくなった。日々盗めるのは一食か二食分ほどになった。街の人がなんとか頑張ってもそこまでであった。そこまで領主はこの兄弟の不幸を願っていたのだ。兄弟の不幸を見て嘲笑っていたのだ。
盗んで来た食べ物を、少年はすべて妹に与えた。日に日に弱まる妹を見ると食事も喉が通らなくなってきていたからだ。
「お兄ちゃんはご飯食べないの?」
「うん、僕は働いた時に出るご飯が食べれるから大丈夫だよ。だから安心しな」
少年は常に襲われる空腹を水と雑草、街の人が監視にバレないようにあげる食べ物を食べて我慢していた。少年が少女のように倒れるのも時間の問題であった。
「ごちそうさま…おいしかったよ」
「美味しくて当然だよ。毎日お前のために料理してるんだから」
少女のために少年は厨房にたつ。せめて食事だけでも妹を楽しませてあげたいと思った少年は毎日頑張って工夫をした。蜂に刺されながらも取ってきた秘蔵のはちみつを、せっせとお店の人がばれない様に渡してくれて集めた塩や砂糖を使って工夫した。
「ん…おやすみ。ありがとね、お兄ちゃん。」
「…ゆっくり休むんだよ。」
少年は、妹のボサボサになった髪を撫でる。
昔はとても綺麗な長い髪だったのにと悲しんだ。まだ少女が元気だったとき、お金のためにと少女は自分の髪を兄と同じ長さになるように切り、髪をお金に換えてきたのだ。
…これでお兄ちゃんと髪型一緒だね。
その言葉に兄はどうしようもない気持ちになった。妹になんでここまで苦労をかけさせるているのかと後悔した。
ベッドで寝ている妹を見ながら少年はさきほど街で助けてくれた変な格好の男の言っていたことを思い出していた。
「『大切な人を守るためにこぶしを振るう』か…」
少年はこぶしを握りしめ、そして見つめて一人呟く。
「大切な人を守るために振るった拳で大切な人を傷つけた僕はどうなんだろう…」
ここまでの生活をすることになった原因は自分にあると少年は思っていた。あの時、領主を殴らなければと、あの時ただひたすら我慢すればよかったのかと。大切な父と母の思い出の品を守ろうとしたせいで大切な妹を苦しめたんだと少年は後悔の念に押しつぶされそうになる。
そして少年の頬を涙が伝う。
それは後悔からか、辛い生活からか、それとも大切な妹を守れないことからかはわからない。
「…せめて妹だけでも…ちゃんとした生活をさせたいよ」
少年は今日も絶望に顔を歪めていた。
不意に、家に響き渡るノックの音。
「っ!!」
もしかしたら領主の使いの人かもしれないと思った少年は身を強ばらせた。
しかし扉から入ってきた人はさきほど助けてくれた男みたいに見たことない格好をしていた。
「失礼するよ」
その男は、白い膝まで隠れるぐらいの服を羽織り、その手には小さなバックをもっていた。
「だ…誰?!」
少年はその男に注意をしながら妹を背に守り睨む。
「僕は医者だよ。君の妹さんを治すためにここまで来たんだ」
「う…嘘だ!妹に変な薬を飲ませようとするんだろ!!」
少年は必死に男に言います。
「んー、そこまで警戒されるか。それじゃあ、これがなにかわかるかな?」
そう言うと怪しげな男はバッグから二つの小さな小瓶を出しました。
「…毒。」
「これはお薬だよ。君の妹さんを治すためのお薬だ。嘘だと思ってるみたいだから僕がまず飲むよ」
男は二つの小瓶の一つを飲みました。特に異常が見当たらない。
「もしもまだ怪しいと思うならもう一本も少しだけ飲むよ。残りは君の妹さんに飲ませるけどね」
少年はこの医者の薬が毒でないことを理解し妹に飲ませてくれとお願いした。
「それじゃあ、妹さんを起こしてもらおうかな。それは君だけの仕事だろ?」
そう言われ少年はベッドに眠る少女を起こした。少女は眠り眼をこすりながら男をみつめる。そんな少女に少年は説明した。この人はお医者さんだよと。
「それじゃあ、この小瓶をゆっくりと飲むんだよ。飲み終わる頃には少し元気になるはすだから」
少女は小瓶にくちをつけ、ゆっくりとその中身を飲んでいった。
少年は飲んでいる自分の妹の姿を見て驚愕した。
小瓶の中身を半分ほど飲んだところで少女の髪は昔のような色を取り戻し綺麗になってきていたのだ。そして痩せこけた頬も張りを取り戻し、元気だった頃の姿を取り戻していたのだ。
薬を飲み終わった少女は自分の身体の体調に戸惑いながらもベッドの上に立ち上がる。
「お…おい、立ち上がっちゃダメだろ。いくらお薬を飲んだからって安静にしなくちゃ…」
「ううん、違うの!お兄ちゃん!とっても元気になったんだよ!」
「…え?」
ベッドの上で跳ねる妹を見た少年は涙を浮かべた。病気になる前の元気いっぱいの姿であったからだ。
「うん、しっかりとお薬が効いたみたいだね。って、あれ?ここまで効果あったっけ?
まぁいっか、ほら、君もこのお薬を飲むんだ」
男は少女の容体を見て大丈夫と言ったあと、少年に先ほどの小瓶を渡す。
少年も小瓶の中身をゆっくりと飲み干すと今まで苦しめられていた空腹と疲労感が嘘のように消えた。何も食べていないはずのお腹が満たされるのを感じた。
「あ……ありがとうございます!!本当にありがとうございます!!」
少年は泣きながら男に感謝の言葉を述べる。
やっと妹が元気になった。もう病で苦しみ妹を見なくて済むと。
「病気で苦しんでいる人を治すのが医者のお仕事だからね」
「あ…あの…あなたは一体…?」
少年が目の前の謎の男の素性を聞こうとする。
「ん、僕?僕は故郷の小さな村で働いてるただのしがないお医者さんだよ。名前は左京。漢字で書くと左の京と書くんだけと君、漢字わかる?」
「お医者様、ありがとうございます」
「はい、感謝されました。街で君たちの事を聞いてね、少し心配になって来たんだよ。あと僕の事は左京さんと呼んでくれないか?」
今、男の子の家に左京さんが来ています。街のお店で働くお姉さんから事の真相を聞いて気になることがあったからだそうです。
お姉さんは言いました。この街の領主のせいで苦しい生活を強いられている小さい兄妹がいると、私達があの子達の生活に手を出すと雇っている私兵で家や畑を荒らされて最後にはこの土地を追い出される事を言っていました。なんとか領主にバレないように街の人たちで助け合っているらしい。誰も領主に逆らえないそうです。
「妹さんは外で走り回ってるね。丁度いいや、君は妹さんに嘘をついているね」
左京さんの言葉にビクッとなる男の子。左京さんは、男の子が盗みを始めた頃から妹さんを見なくなったと言うことを聞きました。そのことから、寝込んだ妹さんのために無理に泥棒までして看病しているのだろうと予想していたのです。
「ご…ごめんなさい…」
男の子は震えた声で左京さんに謝る。
「僕に謝られても困るね。いいか、人のものを盗むことはいけない事だ。他の国だと盗みをしただけで腕を切られたり、死んじゃったりする人もいるんだ。だからこれから人のものは絶対に盗んじゃダメだぞ。わかったね。」
男の子は目に涙を浮かべながら必死に頭を縦に振ります。これだけ言えばもうやらないでしょう。
「でもね。」
左京さんの声が優しくなります。男の子の肩に手をのせ、左京さん個人が思っている事を伝えてあげます。
「必死に妹を守ろうとした君は立派だよ。別に盗みを肯定するわけじゃないけどね。
僕も弟がいてね、君の兄として頑張る姿は尊敬に値するよ。ここの領主にいじめられてたんだってね。…辛かっただろ?今は妹さんがいないから今のうち泣いときなさい」
左京さんの言葉を聞いた男の子は声を必死に殺しながら膝を抱え、小さく泣きました。妹のために頑張ってきたことは無駄じゃなかったんだと、自分の苦しみをわかってくれる人がいたんだと思い小さく泣きました。
そんな男の子を左京さんは優しく見守りました。
「ただいま!久しぶりにいっぱいお外で遊べたよ!」
「それは良かった。こうやって僕と君たち兄妹が出会えたのも何かの縁だとおもってね、もしよかったら君たちの名前を教えてくれないか?」
「僕の名前はマルクです」
「私はアディて言います。おとうさんとおかあさんがくれた大切な名前です」
男の子の名前はマルク、妹の名前はアディと言うそうです。二人の名前を聞いた左京さんは再度自己紹介をします。
「僕の名前は左京と言うよ、小さな村で医者をしている。マルク君、アディちゃん、二人には言わなければならない事が三つ程あるんだけどしっかり聞いてね」
指を三本立てて左京さんが二人に三つ言いたい事を言います。
「ひとつ、マルク君は今日までしてきた悪い事をちゃんとアディちゃんに説明する事と街の人に謝ること。ふたつ、アディちゃんはそんなマルク君のしてきたことを許してあげると言う事」
「悪いこと?さきょーさん、お兄ちゃんは何か悪い事したの?」
左京さんの言いたいことは、マルク君がしっかりとアディちゃんに泥棒してた事を伝える事と、それを許してあげるなさいと言うことであった。
事の真相を聞いていた左京さんは別に街の人が盗まれて困っている訳ではないということも知っていました。わざと盗まれるようにしていることなども聞きました。でも、自分の行った悪いことをしっかりと自覚してもらう必要があったからです。
「そして三つ、最後に治療費のことです」
治療費と言われ二人は顔を青くしました。病で寝込んでいた身体と空腹と栄養失調で倒れそうな身体を一瞬で治してくれたのです。とても高価な薬を使ったと二人は思いました。
実際は村に生えている木の葉と幹から抽出した成分を葉の雫に溶かしただけの薬草汁なのです。
「残念な事に二人はお金を持っていないようですし…」
「左京さん!僕が一生かけてでもお金を払うので妹には何もしないでください!」
「お兄ちゃん!そんなこと言わないでよ!私もいっぱい働くよ!さきょーさん、私もお兄ちゃんと一緒にお金を払います!」
声大きく答えるマルク君とアディちゃん。左京さんは困った顔をしましたが笑顔でちゃんと最後の事について説明します。
「僕は別にお金が欲しくて助けた訳じゃないよ。安心しな。最後のお願いは治療費の代わりに街でしっかりと働くこと。
いいかい?楽して何かを得るなんてことはできないんだ、だから一生懸命頑張って働いて、自分にとって大切なものを見つけなさい。
君たち二人の頑張りがいつか誰かに認められるからね。もしかしたら、もう認めている人もいるかもしれないよ」
最後のお願いを聞いて二人は戸惑いました。治療費の代わりに街でちゃんと働け?やっぱり治療費を取ろうとしているのかと二人とも疑問に頭がいっぱいです。
「話は以上になるかな。それじゃあ、僕はそろそろ帰るとするよ。二人とも、また会える時まで一生懸命に頑張るんだよ」
話し終えた左京さんは家の扉から出ていきました。
「あ、左京さん、待ってください!」
「さきょーさん、待って!」
二人が家の外に出ようと靴を履いた時、左京さんが二人が外に出ようとするのを止めます。
「さっき言った事はをちゃんと守るんだよ」
左京さんは優しく二人に言葉をかけます。
二人はその場で立ち止まり、一人去ろうとする左京さんを見て困っていました。
なんでこの人は僕たちを助けたんだろうか、領主になにかされてしまうのではないか、もしかしたらこれが最初にして最後の出会いではないのだろうかと。
「二人が今思っている事はわからないけど、僕は大丈夫だよ。こう見えて強いからね!それに早く帰らないと僕の娘が泣いちゃうからね。あと口うるさい弟とかね」
力こぶを作り笑顔で二人にお別れを言う左京さん。そんな左京さんが見えなくなるまでありがとうと声大きく言い、手を振り続けるマルク君とアディちゃん。
二人は去っていく左京さんが無事に娘さんの待つ家につけるようにお祈りしました。
マルク君はアディちゃんに泥棒していたことをしっかりと言いました。アディちゃんは怒ることもせずにそんなお兄ちゃんを許してあげました。
二人はその後、1時間位たった後、左京さんの言われた通り盗んだことを謝りに行くため、街に行きました。すると街の大勢の人たちがマルク君とアディちゃんを見るとみんな一斉に二人のもとに集まり謝りだしたました。今までごめんね、本当にごめんねと。マルク君がそんな街の人たちに言います。
「僕たち兄妹に関わると領主にいじわるされるよ。だから…」
「大丈夫よ。もうあのいじわる領主はいないわよ」
卵を盗んだお店のお姉さんが信じられないことを言います。
「…え?本当なの?」
「そうよ。街の兵士の人や、国の軍の人が領主の屋敷が跡形も無く消し飛んでいるのを見つけたの」
「どうやら魔王軍か魔物、魔獣の襲撃を受けたようでね、国から軍まで派遣されてきたんだ」
「それで、その領主なんだが、どうも様子が変で、自分が今まで行ってきたことを永遠とつぶやいているらしいんだ。その悪事を自白したせいで牢屋に入れられたんだよ」
街の人たちが領主の身に起きたことを二人に教えてくれました。
どうやら領主の人のお屋敷はチリ一つ残らず消し飛んでいて、雇っていた傭兵たちも恐怖に顔を歪ませて注射怖いとつぶやいているらしい。そして、今までいじわるをしてきた領主がいなくなり、新しい領主が国から派遣されてくるそうです。
「それじゃあ、僕たちまた前みたいに生活できるの!?」
「そうよ、マルク君とアディちゃんは前みたいに生活できるのよ。…次はあんなことが起こらないようにみんなであなたたちを守ることに決めたから」
「本当に今までごめんな、坊主と嬢ちゃん。罪滅ぼしのためとは言わねぇ、どうか二人を街のみんなで守らせてくれ…」
街の偉い人たちまでマルク君とアディちゃんに頭を下げます。街の人もみんな口々に謝罪の言葉を言います。彼らも領主の圧制に苦しめられていたのです。
「やったね!お兄ちゃん!」
領主がいなくなったことで今までどおりの生活ができる様になった幼い兄弟は街の人たちから今まで苦労をかけたお礼にと、沢山の料理やら洋服やらお金やらを受け取ります。しかし受け取った物を返そうとするマルク君。
「こんなのもらえないよ」
「どうしたの?お兄ちゃん、昔から貰い物は喜んでもらっていたのに…?」
マルク君が街の人たちからのいっぱいの贈り物に困っています。左京さんが言っていた事を思い出したからです。『楽して得られるものなんてない』という言葉をしっかりと理解していたマルク君は街の人たちに返そうとします。僕は街の人たちに迷惑ばっかりかけたんだからと、盗みを働いた僕がもらっちゃだめなんだと。
そんなマルク君を止めたのがアディちゃんです。
「お兄ちゃん、さきょーさんの言ってたこと、ちゃんと覚えてる!?」
「お…覚えてるよ!だからこうやって返そうと…イテッ!何すんだよ!」
「もう!全然わかってない!!」
アディちゃんがマルク君の頭にチョップします。そんな二人のやり取りを街の人たちは黙って見てました。さきょーさんって誰だと疑問に思っているのでしょう。
「さきょーさんは言ってたよね。私たちの頑張りをちゃんとわかってくれる人がいるって言ってたでしょ?お姉さんやおじちゃん達街のみんながお兄ちゃんの頑張りを認めてくれたんだよ!!」
アディちゃんがマルク君に言います。お兄ちゃんは今まで頑張ってきたんだからこれぐらいのお金や食べ物もらってもいいんだよと。アディちゃんの一言はマルク君だけではなく街の人たちの心にまで響いたようです。
「僕の頑張り…」
マルク君の呟いた一言は街の人にしっかりと聞こえてました。
街の人たちはずっと知っていました。両親がなくなってから泣きもせず頑張り、領主に意地悪されても
大丈夫だよと言って頑張り、妹のために必死に頑張っていたことも、マルク君を心配したら逆にこっちが心配されていた事も、全部街の人はわかっていたのです。
彼の頑張りをちゃんと見ていたのです。
「そうだったな…謝るのは筋違いだな…」
街の男性のひとりがマルク君に近づき、目線をマルク君と同じになるように腰を下げ、マルク君の頑な心に刺さる言葉を言います。
「本当によく頑張ったな。偉いぞ、お兄ちゃん」
「…え?」
その男性の一言をきっかけに街の人たちが口々にマルク君に言います。
「そうだ!よく頑張ったな、お兄ちゃん!」「妹のために…本当に偉いわね」「よく頑張った!」
マルク君はここでやっと左京さんの言ってたことを理解しました。。
『君たち二人の頑張りがいつか誰かに認められるからね。もしかしたら、もう認めている人もいるかもしれないよ』
街の人たちはマルク君の頑張りをずっと認めていたのです。必死に頑張っていたその姿は街の人の目にちゃんとうつっていた事をマルク君は理解しました。
「うぅ…ぐぅ…ぅ…」
マルク君の頬を涙が伝う。
今日はたくさん泣いているマルク君でしたが、この涙は今までの涙と違いました。
辛くて流れ出る涙でも、妹が病の淵から助かった嬉しさに流れ出る涙でも、自分の頑張りを理解してくれた人がいることを知った時に流れ出る涙でもありませんでした。
その涙の訳はわかりません。
それは、これからのマルク君が自分で学ばなくてはいけないことだからです。
「これで一件落着っすね」
「手伝わせて悪かった。まじごめん」
街の高台の上から左京さんと右京さんがマルク君たちを眺めていました。
領主はこの二人が屋敷ごと瞬時に消し飛ばし、致死量寸前の左京さんお手製の自白剤を打ち込んだのです。これで領主は死ぬまで自分の行いと考えを口からこぼし続けます。
領主お抱えの傭兵達は筋肉弛緩剤を致死量寸前まで打ち込み、服をメスでばらばらに切り裂きました。
当分自分の足で歩くことも食べることもできないでしょう。
「いやいや、俺が止めなかったら兄貴はあの屋敷にいた連中の肉片一つまで消しそうだったすよ!手伝って当然っす!あいつにはしっかり罪を償ってもらうっす!」
「はぁ…すずちゃんの生い立ちを聞いてから、どうも僕は子供が関わると我を忘れるんだよなぁ」
「今日の兄貴、半端なかったっす!俺、まじでちびりそうになったっす!」
左京さんにはまこちゃんという娘さんがいます。そんなまこちゃんと同じ年になるすずちゃんの生い立ちを村の寄り合いで聞いた左京さんは、人生で一番キレたと言っても過言ではないと自負しています。
「…あ。材料買うの忘れてた」
「…俺も靴買わないでお店の人達とおしゃべりしたりしてたっす!!この状態じゃあ買えないっすね!!」
「あー、それもそうだな」
左京さんと右京さんは街の様子を見ています。街の人たちは悪い領主がいなくなったことで昼間よりも大きく騒いでいます、そしてそんな騒ぎの中心にいるのはマルク君とアディちゃん。二人は満面の笑みを浮かべながら料理を食べては街の人たちにお礼を言っています。そんな光景を見て左京さんが笑みを零しました。
「どうしたっすか、兄貴?」
「いや、あの笑顔を見れただけでもこの街に来た甲斐があったと思ってさ」
「…ちげえねぇっすね」
そうして二人はこの街にお別れをして自分たちの村に戻って行きました。
祭のために買い物に行ったのに結局何も買わず仕舞い。それでも左京さんは薬の材料よりもいいものを得られました。それは、左京さんでも作れない人を優しい気持ちにする薬でした。
とある街に悪い領主にいじわるされていた兄妹がいました。
兄は妹のために毎日一生懸命頑張りましたが、悪い領主のせいで生活は苦しく、妹も体調を崩してしまいます。
絶望の淵に追いやられた兄弟を助けたのは、しがないお医者さん。
そして妹の体調がよくなったら悪い領主もいなくなっていて、その兄妹は今まで通りの生活を取り戻しました。
二人の兄妹は、二人の兄弟のおかげで笑顔を取り戻しました。
その日からこの街は平和になりました。
めでたしめでたし
謝られたり感謝されたりするよりも褒められた時に嬉しい気持ちになることがあると思います。そんなときは誰だって自然に笑みが浮かぶと思います。
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