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金色の守護神  作者: poroco
徒花の咲く庭
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-1-

 サーシャは、この場所が好きだった。腰の高さほどの滑らかな巨石に座り、瞳を閉じる。そよそよとサーシャの頬にかかる赤みを帯びた茶色の髪を揺らす風に身を任せながら、風に揺れる草の音、針葉樹の爽やかな匂いを感じていた。


 サーシャの住む屋敷の庭には、いつでも花々が咲き誇り、芳醇な匂いで溢れかえっていた。残念なことにサーシャは、幼い頃から自分の瞳に色鮮やかな花を写すことは叶わなくなっていた。しかし、もう自分でも記憶がないほど前、まだこの瞳が光を映して煌めいていた頃に得た潜在的な記憶がそうさせるのか、芳醇な匂いを嗅ぐと同時に花が太陽に向かって大きく花弁を広げる様子を脳裏に思い浮かべることができる。

 そんなサーシャが、庭を囲むように存在する針葉樹林の林縁に、針葉樹の枯葉の絨毯からのぞく石畳を見つけたのは全くの偶然であった。かなり分厚い絨毯であったから、サーシャのように偶然地に手をつけていないと気づかなかったであろう。枯葉の絨毯を両手でかき分けて平らな石の冷たい感触を探っていくと、どうやら暗い針葉樹林の中をまっすぐどこかへ続いているようだ。隠されたようなその道の先を、確かめてはいけないような直感はあったが、サーシャの好奇心には勝てるはずがなかった。仕事で忙しい父親の目を盗み、地面に膝をつき、手から伝わるひんやりと冷たい石畳の感触を頼りに針葉樹林の中を進んで行くと、急に森が途切れて明るい太陽の光が瞼に差し込めた。手触りと鼻をくすぐる匂いから、開けた草原であろうと推測する。手探りで辺りを調べながら慎重に石畳を進むうちに、サーシャは、ここは昔の建物か何かが朽ちた跡であることに気づいた。乱雑な形で、しかしヤスリで磨かれたように滑らかな手触りの巨石が散在しているからだ。サーシャはちょうど石畳の途切れた場所に朽ちていた遺跡のひとつに腰掛けた。ほぅっとひとつ息をつく。屋敷からそう離れていないはずなのに、四方を森に囲まれているせいかとても静かな場所であった。深呼吸して呼吸を整えたあと、しばし息を潜めていると、左方の木々の葉を揺らした風が草花の頭をそよそよと揺らし、ゆっくりとこちらへ向かってくる気配がする。間近に迫った風はふわっとサーシャの頬をなぞり、来た時と同じ速度でゆっくりと右方の草花を揺らし、また森の奥へと消えて行った。


 …ここは何て心穏やかになれる場所だろう。


 サーシャは、幼い頃突然瞳を開けることが出来なくなった時のことを思い出した。母が突然、サーシャの顔を見て蒼白になったことが、幼心に衝撃を受けのだろう、あれから幾度となく思い出される。母が自分の何に驚いたのか。自分は、そのとき何をしていたのだっけ…。聞きたいような、しかし聞いてはいけない気がして、今の今までその話題に触れたことは一度もない。父はとても優しい。母が亡くなってからはそれは過保護なほどに。それ故、サーシャに何も語ることはない。すべての憂いを取り除こうとする。しかし、自分が無知であるという事実は、サーシャの心を孤独にさせる。サーシャは今まで胸の内に押さえ込んできた疑問や孤独がせり上がってくるのを抑えきれず、小さく肩を震わせた。

 それ以来、サーシャの足は不思議とこの遺跡に向かうようになっていた。


 あれから幾年が経ち、サーシャは先日16歳を迎えた。代々続く裕福な家庭に生まれ、優しい両親に育てられた。屋敷には数人の使用人が働いており、目が不自由なサーシャに代わり、彼らがなんでもやってくれた。両親は彼女を大事にするがあまり、特に母が亡くなってからはほとんど外に出させてくれなかった。そんなだから、サーシャは同い年の女性たちが恋の話に夢中になっていても、全くついていくことができなかった。


このあいだまでは。


「サーシャ。」


 突然かけられた澄んだアルトの声に、しかしサーシャは驚くこともなくゆっくりと声のした方に顔を向けた。

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