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1.まくあき

※拙作、マボロシの姉物語をコンクール用に改稿したものです。中身に違いはありません。個人的に比較したいために、前作もそのまま残しておきます。ご了承下さい。

「……ごめんなさいねえ。何もしてあげられなくて」

 祖母の祭壇の前で……よれよれの作業服姿の山崎のおばちゃんは、オレにそう言ってくれた。

 オレは中学の古い青いトレパンに、ランニング・シャツ一枚という姿で……畳の正座して、おばちゃんの話を真剣に聞いている。

 うちの一つしか無い、薄い座布団は、山崎のおばちゃんに使ってもらっている。

「シゲヨさんには、おばちゃんも、本当にお世話になったんだけれど……ウチの会社も、そんなにお金持ちじゃ無いのよ……」


 オレのバァちゃんは……二週間前に、仕事先の青果市場で倒れた。

 亡くなったのが十日前……それから通夜、告別式が済んだのが三日前……。

 ずっとオレと二人きりで暮らしてきたアパートの部屋に、今は祭壇が飾られ、バァちゃんの遺影と遺骨が安置されている…。

 何もかもが……ビックリするくらい、あっという間に過ぎていった。


「それでね……会社の上の人とも、相談したんだけれど……やっぱり、恵介くんのことは役所の人に相談するしかないと思うのよ」

 山崎のおばちゃんは、バァちゃんが働いていた青果市場の仲卸会社の人だ。四十台の後半ぐらいだろう。市場の作業現場では、バァちゃんの上司にあたる人で、オレのことも子供の頃から良く知ってくれている。

「ここだって……会社は、ずっとは貸したままにはしてくれないのよ」

 今、オレが住んでいるこのアパートは……一棟丸ごと、バァちゃんが働いていた会社が借り上げていて、家賃を補助してくれている。まあ、社宅みたいなものだ。バァちゃんが死んでしまった以上……中学三年生のオレが、このままここに居座ることは許されない。

「……いや、あの……役所は……ちょっと……困ります」

 オレの母親は、オレが産まれてすぐに死んでいる。

 オレはずっと、バァちゃんと二人きりで、バァちゃんに育てられてきた。

 そのバァちゃんが亡くなった、今……オレは天涯孤独の境遇になってしまった。

だけと、施設に入るとか……そんなのは、オレは嫌だ。

 オレは、それが国であろうと、お役所であろうと……誰かの助けを借りて、生きていきたくはない……。

「あの……メチャクチャ、虫の良い話だと思いますけれど……来年の三月、オレが中学を卒業するまでは、このアパートに居ちゃダメですか?家賃なら、今まで通り払いますから」

 バァちゃんの残してくれた貯金が……今は、まだある。

「春に中学を卒業したら、オレ……働きますから。今、青果市場の関係している会社で雇ってもらえないか、吉永主任さんに聞いてもらっているんです。中学生のままだと……アルバイトも無理だって言われましたけれど。中学さえ出れば、オレも大人ですから」

 オレは……そう言って、山崎のおばちゃんに頭を下げる。

「そうは言うけれどねえ……恵介くん。高校ぐらいは出ていないと、どこの会社だって、正社員では雇って貰えないのよ」

 おばちゃんの言葉は、オレには痛い……。

 本当のことを言うと……主任さんにも「難しいだろう」と言われている。

 バァちゃんが市場で働き始めた三十年前なら、ともかく……今では、市場の下働きみたいな仕事は、全部派遣会社にの人に頼んでいるらしい。仲卸の会社は、中卒どころか高卒の新入社員さえ採用していないって言っていた。

「しかも、保証人のいない子なんて……なかなか、就職は難しいわよ」

 ……それでも、オレは。

「ねえ……恵介くん。おばちゃん……前に、シゲヨさんに聞いたことがあるんだけれど」

 おばちゃんは、チロッとオレを見る……。

「恵介くんの……お父さんのことなんだけれどね……」

 ……それは。

「オレには……親父はいません」

 オレは……キッパリと、そう答えた。

オレは……父親の顔を見たことみない。一度も、会ったことが無い。

「あの……恵介くんに、毎月、養育費を振り込んでくれている人がいるんでしょ?」

 そういう人間なら……いる。

 多分、オレの銀行口座に、毎月『養育費』なるものが振り込まれてくるところをみると……おそらくオレは、世間で言うところの『隠し子』というやつなんだろう……。

「その人に……恵介くんのこれからのこと、相談することはできないのかしら?」

 おばちゃんは、作り笑顔で……オレに言う。

「ほら、やっぱり役所の人より……ちょっとでも、血の繋がっている人の方が頼りになるでしょう?」

 ああ、おばちゃんは……オレの今後のことで、会社から早く立ち退かせるように言われて来たんだな……だから。

「バァちゃんの葬式にも来なかった人が……頼りになるとは思えません」

 オレは……そう答えた。

「……まあ、そうかもしれないわね」

 山崎のおばちゃんは、「困ったな」と言う顔をする……。

「昨日ね……おばちゃん、会社の総務の人から言われてきたんだけれど……」

 ……山崎のおばちゃんは、本題に入る。。

「七月の終わりに……今月いっぱいで、このアパートからは退室して欲しいって」

 今日は……七月の最初の日曜日。月終わりまでは……ここに居ることが許される……。

「……判りました。わざわざ、知らせに来てくれて……ありがとうございます」

 自分が今、真っ青な顔をしていることは判っている。

 それでも、オレは背筋を伸ばして……おばちゃんに、スッと頭を下げる。

 ここで毅然としていないと……死んだバァちゃんが恥をかく。

「……おばちゃんから、会社にもう少し猶予をくれるように言っておこうか?」

 おばちゃんの眼が……「多分、無理だと思うけれど」と、オレに語っている。

 山崎のおばちゃんだって……会社の中での立場がある。

 今日のおばちゃんは……オレに『退去勧告』を告げに来たんだ。

「……いいえ。心配していただいて、ホントにありがたいんですけれど……オレは、大丈夫ですから。ここから先は、自分で何とかします」

「……何とかって、恵介くん」

「大丈夫です……オレ、男ですから」

 そう言っても……オレに、これから先のアテあんて無い。

「本当に、どうしようも無かったら……今おばちゃんが言ってくれた、養育費の人に相談しますから」

「そう!そうしてくれる?!確か……お金持ちなんでしょ?その人って?」

 オレは……知らない。父親のことは、何も……。

 そして……オレは死んでも……父親には頼らない。頼りたくない。

 絶対に、『養育費の人』には……助けを求めるもんか……!

「だから……オレのことは、もういいですから。気にしないで下さい。七月いっぱいでアパートを出るって話は、判りましたから。引っ越しの準備とかも、一人でできますから。本当に色々、ありがとうございました」

 オレは改めて、山崎のおばちゃんに頭を下げる……。

「うん。まあ……恵介くんも、頑張ってね。ああ、そうだ。そろそろ、お昼でしょ?おばちゃんと何か食べに行かない?今日は、おばちゃんがご馳走するから」

 山崎のおばちゃんは、そう言ってくれた。

「いえ……いいです。オレ……おばちゃんに、ご馳走になるわけには、いきませんから」

「何、言ってるのよ……お昼ぐらい、いいじゃないの、ねっ!」

 オレは……祭壇の上のバァちゃんの遺影を……見る。

 写真のバァちゃんは……厳しい顔をしている。遺影を選ぶ時に、アルバムを見たんだけど……バァちゃん、笑っている顔の写真が一枚も無かった。元から、そんなに笑う人ではなかったけど……。

「よその人に甘えちゃいけないって……バァちゃん、いつも言ってましたから」

 貧すれば、鈍する……されど、他人様の財布に、たかってはいけない。

「冷蔵庫に、まだ食べ物が残ってますから……ちゃんと自炊します。これからは、全部自分でやらないといけないですから……オレ」

 一人きりで生きていくんだ……腹を括らないと。

「そう……じゃあ、おばちゃん、今日は帰るわ。また来るからね……恵介くん」

 オレの退去の最終確認も……ヤバ咲きのおばちゃんの仕事なんだろう。

「いえ、おばちゃんこそ……日曜日なのに、わざわざ済みません」

「いいのよ、おばちゃん、今日は午後から出社だから……」

 青果市場は、日曜は休みだけれど……月曜早朝の競りに間に合わせるために、地方から搬送された野菜の荷受けが行われる。そのまま、徹夜の夜勤作業になる……。

「心配なことがあったら……何でも、おばちゃんに相談してね」

 山崎のおばちゃんは、もう一度祖母ちゃんの霊前に手を合わすと……玄関で、靴を履く。

「……恵介くん、頑張ってね」

 オレは……頑張らないといけない。

 これからは、一人きりで……。

「……いえ、ありがとうございました」

 山崎のおばちゃんは、オレの部屋を出て行く。ここは築六十年という木造のアパートだ。錆びた鉄階段を、カンカンと鳴らして……足音が下りて行く。

 ……はぁ。

 オレは……深く溜息を吐く。

 バァちゃんの残した……古い鏡台に、オレの姿が映っていた。

 小柄で、やせっぽちの身体……。

 クラスで一番背が低くいオレは、いつも小学生に間違われている。

 オレは、山田恵介……十五歳。中学三年生。

「……ちっくしょう」

 鏡に映る自分を見ながら……小さく、呟く。

 オレは、右手で頭の毛をモシャモシャと掻き上げた。うわっ……ちょっと髪が伸び過ぎているかも。こうやって見ると……ちょっと、暑苦しいな。そろそろ散髪に行かないといけない。また余計な金が要る。参ったな。今は、なるべく金を使いたくないのに……。

 窓の外は、良い天気だ。七月最初の日曜日の空は、雲一つ無く晴れている。

 もう夏がすぐそこまで迫って来ているのだろう……日差しが眩しいし、少し暑い。

 古い鉄枠の窓から、気持ちの良い風が、そよそよと吹き込んでくる。

 オレとバァちゃんのこの部屋は……アパートの二階の角っこだ。もちろん、このボロ物件には、ベランダなんていう、ご立派なものは付いていない。

 ただ金属製の鉄柵と、洗濯物を干すための鉄棒があつて……オレが午前中洗濯した学校の夏用の半袖シャツと靴下が、風にぺらぺらと揺れている……。

 バァちゃんの洗濯物は、一つも無い。もう、バァちゃんは……汚れ物を出さないから。

 このボロアパートに、オレは、物心がついてからずっと暮らしてきた。といか……オレには、この部屋でのバァちゃんとの生活しか、記憶に無い。

 ……なのに。

 今のオレには、まだ祖母が死んだという実感が薄い……。

 だから、ホントのとこ……まだ、そんなに悲しくもない。

 バァちゃんは……今もここにいる。

 骨と遺影だけになっても……オレのことを見ていてくれているはずだから……。

「うん……まあ、何とかなるさ」

 今はまだバァちゃんの残してくれた貯金も残っているし……とにかく、中学を卒業する来年の春までは、何とか生活を切り詰めて、どうにか生きていくしかない。

 つつましく……たくましく。

 身の丈に合わせて……身体を小さく縮めて……

 それでも、暮らしていけなくなったら……今まで、一度も引き出したことの無い『養育費』の口座から金を借りよう。

 いいさ。将来、働いて……返せばいいんだから。

 オレは窓に顔から出し、新鮮な空気をすぅっと肺の中に充満させて、ゆっくりと吐く…!

 それから、カラーボックスの上の目覚まし時計を見ると…十二時八分。

 うん……そろそろ昼ご飯にしようかな?

 冷蔵庫の中に、昨夜の豆腐が半パック残っているはずだ。あれで簡単に済まそうか?

 それとも、安売りスーパーで買った、三玉入り九十八円のうどんにするか。

 野菜は何か残ってたっけ……できれば、玉子くらいは落としたいな…。

 ……ん?!

 カンカンカン!……と、アパートの鉄階段を、上がってくる足音が聞こえる……。

 日曜の昼のこんな時間に、誰が来たんだろう?杉山のオジさんが、パチンコから昼飯を食べに戻って来たのかな?あの人は、今週は夜勤のシフトじゃ無いし。

 だけど、アパートの外をコツコツッと歩く足音はどうしてだか……二階の一番奥、つのり、オレのの部屋の前でピタリと止まった……?!


 ……コンコンッ!


 不意に、オレの部屋の玄関のドアがノックされるッ……?!!!

 安普請のポロアパートだ。ドアも薄くて古いから……乾いた音が、甲高く軽く響く……。

 ……ええっ?

 オ、オレの部屋を……誰かが訪ねて来た?!だ、誰が……何の用で?

 これが郵便や宅配便なら必ず名乗るしはずだし、アパートの住人なら「**だけど、山田さんいるぅ?」とかの声が続くはずだ。つーか、このアパートの住人は、みんなバァちゃんが死んでオレが独りぼっちだってことを知っているわけで……。

 ただの貧乏中学生のオレに、用なんてあるはずがない。

 となると…こんな日曜の真っ昼間にやって来るのは……。

 新聞の勧誘屋か……飛び込みのセールスマンか?!

 とにかく、下手に対応すると時間の無駄になるだけだから……ここは一つジッと身を潜めて居留守を決め込むことにする……!

 ジッと静かに……身動きせず。物音を立てず……死んだふり、死んだふりっ……!!!

 ………ところが……あれれ?

 ドアをノックする相手は……なかなか、諦めて帰ってはくれない……!

 さらに一分以上……「コンコンココンッ!ヶと、力強くドアを叩く音が続く……。

 そのうち「ダンダンダダダンッ!」と、力強くなる……!

そういや前に……下の階に住んでいた岡田さんのところに、借金の取り立て屋が来たことがあったっけ。四年くらい前に。

 あれ……このドアを叩く、力強い音の響き……?!

 やっぱり、最初は玄関のドアを力強く叩く「ドンドンドドン」という音が響いてきて……その後に、オッサンの濁った怒鳴り声が……!

『―オカダぁっ!居るのは判ってんだぞ!今日こそ、耳を揃えてキッチリ払って貰うからなぁ!出てこんかいぃ!こらぁぁぁ!オカダァッッ!!』

 確か……岡田さんの一家って、その週の内に夜逃げしたんだよなあ。いきなり辞めちゃったから、夜勤のメンバーが足りなくなって困ったってバァちゃん言ってたよなあ。

 どうしよう……ノックの主が、ヤクザ屋さんか何かだったら?!

 オレの家にヤクザ屋さんと関わるような何も無いはずだけど……でも、もしかしてバァちゃんが借金をしていたとか……。

 あの実直なバァちゃんが、ヤクザみたいな奴らから金を借りることなんか無いと思うけれど。誰かの借金の保証人になっていたとか……そういうことなら、あり得なくもなくないかもかもかもかも……!!!

 一瞬にして冷たい恐怖感が、オレの背筋をゾワワワッっと駆け上がる……!

「……ドンドンドドドンッッ!」

 あうううっ!……ドアを叩く音がさらに強くなったぞ!

 ……ヤバイ、ヤバイ……これは、ヤバイぞ……!!!

 そして、ついに怒りの雄叫びが、ドアの向こうから発せられるッ……!!!


「……さっき、部屋の窓に人が居るのが見えたわっ!そこに居ることは判っているのよっ!!今すぐに、このドアを開けなさいっ……!!」


 ……へ???

 これは……雄叫びではない?むしろ……雌叫び???

 それは……どう聞いても、うら若き女性の発する怒りの声だった……。

「とにかく、ここを開けなさいっ!さあ……!!!」

 ……オレは。おそるおそる、鍵を開ける。

 ボロアパートは、鍵までチャチだから……カチャンと軽い音がするだけだ。ドアを開く音も、キーッと軽い。

 オレは、ドアの向こうの……人影を見上げる。

「……ういっ?!」

 そこには……一人の女の人が立っていた……!

 背が高い……って言っても、別に物凄く身長が高いということではない。百七十センチちょいぐらいかな。それでも……小柄なオレよりは、おおよそ十五センチ以上は高い。オレがその人を見上げると、その人もオレをジロッと見下ろしてきた。

 ……大きな、二重の綺麗な瞳で。

 背中まである長い黒髪は……さらさらに梳かれていて、六月の風に揺れている。日本人形みたいに整った綺麗な顔……!こんなの……『美しい』としか言いようが無い。本当に綺麗な女の人だ。

 服装は、涼しげな純白のワンピース。頭には、つばの広い大きな白い帽子を被っている。まるで、外国の『高級リゾート地』から抜け出して来たかのような姿だ。手には、クリーム色の籠のバッグを下げている。革のサンダルに素足……うわっ、足首が細い……。

 全体的に、スラッとしててスタイルが良い……。 

 年齢は……間違いなく、オレよりずっと上だろう。

 ……高校生かな?もしかしたら、大学生なのかもしれない。

 何て言うか……全身から、上品でお金持ちな雰囲気をぷんぷんと醸し出している。

 もしかして、これが世に聞く……『お嬢様』ってやつなんだろうか……!!

 ……あれれれれ?!

 何で……『お嬢様』がオレなんかのアパートを訪ねてくるんだっ……???!

 というか……この人、さっきから何でオレのことをジッと睨んでいるの……???!

 ととと、とりあえず……『お嬢様』に声を掛けてみることにする……!


「……こっ、こんにちわっ!」

 自分でも馬鹿みたいだと思うが、どうしてだか、そんな軽い挨拶してしまった。

 すると……黒髪ロングの『お嬢様』も強張った表情のまんま……!

「こ…こんにちわっ!」

 そのまま、一分ほど無言の時間が続く。お互いの顔を……ジッと見つめ合ったまま……。

 オレは、『お嬢様』の美貌を見上げ続けたまま……『お嬢様』も、オレのマヌケな顔をジッと見下している……。

 時間が、凍ったみたいだった。生ぬるーい風が、オレたち二人の間をピュルリラ、ピョロリラとと吹き抜けていく……。

 ……すると、『お嬢様』が突然……口を開いたッ!!!

「……あ、あなた、山田……恵介くんよねっ?」

 この人……オレの名前を、知っている?!

「あ、はい……そうですけど…?」

「……やっぱり……そうなのねっ!」

 『お嬢様』の大きな瞳が、オレの顔を覗き込むように、グーッと接近するッ……!

 ……ち、近い!お顔が近いですってば!

「……あ、あの……どちら様でしょうか?」

 と、一か八か……オレが、『お嬢様』に尋ねた瞬間……!!

 彼女は……叫んだ!


「……か、かっわいいーッッ!!!」


 は?!……はいいいい???!

 そして、『お嬢様』は……あろうことか、突然、オレの身体をギュギュギュギュギューっとと抱きしめるーッ?!!!

 ……なななな、何でぇぇぇぇ????!!!

 オレは……確かに、クラスで一番背が低い。もしかしたら、学年一かも。だから、小学生に間違われることは……しょっちゅうある。

 ……だけど、だけど、だけど。女の人から……『可愛い』となんて、言われたことなんか一度も無いぞっ!

 ましてや……こんな『お嬢様』に抱きしめられるなんて……!!!何じゃこりゃあああ!

 オレの頬が真っ赤に染まるッ!だって、オレの頭は……『お嬢様』の胸の豊かな山にズギューン、バキューンと押しつけられることになっていて……!

 こんな体験、生まれて初めてだ!……ややややや、やわらかいっ!

 白ワンピースの生地の下のブラジャーの感触というか……その下に隠されている温かい二つの肉塊……!

 そういうもろもろの感触を、オレはモロにほっぺたで感じているぅぅぅぅッ……!!!

「……ちょちょちょ……ちょっと、放して下さい!」

 こんなの……もおおお、限界だ……!

「え……どうして?」

 『お嬢様』が、不思議そうにオレに尋ねる。

「……く、苦しいんですよッ!」

 ……ホントは、そんなに苦しくはない。即死しそうなぐらい、恥ずかしいだけだ!自分の家の前でこんな……!オレは……健全な、中三男子なんだぞッ……!

「……あっ、ごめんなさい、苦しかった?」

 『お嬢様』の両手が……解ける。オレは、胸の山から逃げ出すようにして、彼女から身体を離した。

慎重に距離を取って……改めて、彼女を見る。

 うん……やっぱり凄い。凄い『美少女様』だ。『美少女様』として、神社を作って崇め奉るしかないくらいの『美少女様』だ……。

 そんなお美しい『お嬢様』が……満面の笑みで、オレに話し掛けて来る!


「……あたし、三善愛美ですっ!」


 ……は?

「三善愛美よ!恵介くん……判るわよねっ?!」

 ……えっ、えっ、えええええええ???!

 ……わ、判るって?な、何がっ?!

「ミッ……ミヨシ・マナミさん?」

 とりあえず……オウム返しで、そう答えた。

「……そうよっ!あたしは三善愛美っ!」

 ……うん、なるほど。

「……で、あなたは山田恵介くんよねっ!」

「……はいっ、そうですがけど」

「……だから……判るでしょ?」

 ……んんんんんーっ?何だ、その論理の飛躍は?!超理論か?!新学説か?!

「それで……だ、た、だ、誰なんですか、あなた?」

 オレは、自分でもマヌケ過ぎると思う質問をしてしまった……。

 『美少女様』は、ムッとして……。

「だから、さっきから何度も言ってるでしょっ!あたしは、三善愛美ですっ!」

 いや……それは。もう、判っているんですけれど。

「そ……その、どちらの三善さんですか?!」

 ……どちらもこちらも。オレは……三善さんなんて家は知らない。

「……判らないの?忘れちゃった?」

 ……いや、判るも何も……こんな綺麗な人に会うのは、今日が、初めてのはずだ。どっかで一回でもどこかで会ってたら、絶対に忘れないよ。こんな綺麗な人。

「ごめんなさい……オレの記憶の中には……『三善』という人はいないんですけれど!」

 オレ……バァちゃんが死んだショックで、頭が変になっちゃったのかなあ。それとも、この綺麗な人の方が勘違いしているのか……。

「……まさか、本当に知らないの?!」

 自称『三善さん』の顔が……みるみるうちに曇っていく。

「……あの……すいません。本当に判らないんです!」

 ……嘘じゃないですっ!この眼を見て、信じて下さい!オレは、必死で彼女の眼に訴える……!

「……ええええーっ、何で判らないのぉっ!!!」

 『三善さん』は、キレた……。な、何で?

「知らないはずが無いでしょうっ!愛美のこと、からかっているのっ……!」

 ……そ、そんな。こんな綺麗な女の人を『からかう』なんて、トンデモない。

「よーくよーく、考えて思い出しなさい。あなた、絶対に知っているはずよ!」

 ……ええっと……何じゃこりゃ。

 これって……もしかして、新手の訪問詐欺か何かなのだろうか……?

 いや……こんな見目麗しい『お嬢様』が、わざわざ貧乏人のアパートに来て詐欺ってことは無いよなあ……!

 あ……もしかして、これテレビか何かの企画ですか?美少女アイドルが……庶民の家に突然訪問とか?……そんなわけ無いよな。

 彼女の後ろに、テレビカメラとかスタッフとか見当たらないし……。何より……このお上品な『お嬢様』からは、ゲーノージンみたいな安っぽさは少しも感じられない…。

 オレが、何をどう答えたら良いのか判らないまま、バカみたいに大口を開いてしばらくぽかーんとその場に固まっていると……。

「……ええええ……もしかして、あなた……ホントに知らないのぉ…?!」

 突然、ハッとした『お嬢様』が……呆れたようにそう言う。

「だから……さっきから、何度もそう言ってるじゃないですかっ!!」

 オレの絶叫が、初夏の晴天に轟く……!

 『お嬢様』は、ハァと大きく溜息を吐いて……。

「判ったわ……もう一回、最初から説明するわよ」

 ……うん、説明してもらおうか。

「あたしは三善愛美で、あなたは山田恵介くんよね?……ここまでのところは、アンダスタァーン?」

 何で、英語になるのかよく判らないけれど……。

「……はい。そこまでのところは、アンダスタァーンです……!」

 『お嬢様』は、ギッとオレの眼を睨むッ!

「……じゃあ、何で判らないのよぉっ!!!」

 ……おい、おい、おーいッ!全然説明になってないじゃんかぁッ!

「……ええっと……あなた、今、ご家族は?」

 『お嬢様』が、アパートの部屋の奥を覗き込む。

 オレは、見ず知らずの他人に、いきなり自分の個人情報を晒すのはどうかとも思うけど……とにかく、ここは正直にお答えすることにする……!

「……一緒に住んでいる家族はいませんッ!」

「……外出中なの?」

 いや……そういうことじゃない!

 でも。そうだよな。男子中学生が、こんな安アパートに一人暮らしとは思わないよな。

「……えっとさ。あなた、どこかに兄弟とかいる?……いるわよね?!」

 『お嬢様』は、少しモジモジしながら、オレに尋ねる。

「……はい?あの……質問の主旨が、よく判らないんですけど?」

 ……『どこか』ってどこだよ?!

「……いいから、答えなさいっ!」

 オレは……ちょっとムッとして答えた。

「……オレ、一人っ子ですけど」

 『お嬢様』は、びっくりした顔をする……!

「……う、嘘?」

「嘘じゃありません……オレの母親が産んだ子供は、確実にオレ一人だけのはずですっ!」

 オレは、吐き捨てる様に言った。

「ああ、もおっっ!あたしが聞いているのは、そういうことじゃないわよ……!」

 何だぁ……何じゃそりゃぁ?!

「だって……オレに兄弟がいるかどうかを聞いたんでしょ?!」

「そうよ!そうなんだけどっ……!」

 彼女は……困惑した顔で、オレに言った。

「あのね……あなた……どこか遠くに『秘密の兄弟』がいるとか……そういうことを、親族の誰かから、聞いたことはないのっ?!」

 ……はい???!話が……急にミステリーの領域に突入したぞ。

「……だからっ!『お前には、生まれてから一度も会ったことのない兄弟がいるのだッ!』とか何とか……親戚の誰かに教えてもらったことは無いのって聞いているのよッ……!」

 三善さんの大きな瞳がさらに大きく見開かれて、オレにグングン詰め寄って来る!

 ……ちょっ、ちょっと離れて!お願いだから、もうちょっと離れて……!

「そかなのっ、無いですよっ!」

 そもそも……オレには、バァちゃん以外に縁故者がいない。そのバァちゃんから何も聞かされていない以上……他に何も知りようがない。

「……ほ、ホントに無いのね?!」

 大きな瞳が、力強く問い詰めるから……オレも強い眼で押し返すように返答する…!

「……ホントにホントにですってば。天地神明に誓って、聞いたことはありませんッ!」

 ……すると、白いリゾート・ワンピースの『美少女様』は……。

「うっわぁ……そっか。恵介くん、ホントに何も知らないんだね……」

 『三善さん』は……何やら、ひどくガックリときているようだった。

「……そ、それが、何だって言うんですか?」

 オレは……とにかく、このプレッシャーから逃れたかった。こんな綺麗なお姉さんと差し向かいで怒鳴り合うのは……精神を思いっきり削られる。こんな会話はとっとと終わらせて、この人にはお引き取り願って、オレは昼ご飯にしたい……!

「じゃあ……改めてきちんと挨拶するわね……」

 元気を無くした『美少女様』は……そう言って、オレにペコリと頭を下げる……。

「……初めまして。あたしは三善愛美です」

 いや…あの。それはもう、散々聞きましたから……。

「……そ、それでね」

 『三善さん』は、細く長い指で自分を胸先を「トン」と叩く。

 そして……とんでもないことを口走った……!


「……あたしはね、あなたのお姉ちゃんなんだと思うの……多分」


 ……はいぃぃぃぃぃぃッッ???!!!

 な、な、な、何なんだよっ?!

 ……た、た、た、『多分』て?!





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