のんびりあくしゅ
「全く、黒木先生も資料の整理なんて生徒にさせるもんじゃないでしょ。そのうちクビにでもならないかな。」
「何か適当に陥れましょうか?そういうことでしたら、私、労力も権力も惜しみませんよ?腕が鳴りますね。」
「二人とも、そんなこと言っちゃダメだよ。元はと言えば、私が二人に相談したからこうなったんだし、二人ともごめんね。もし何か用事とかあったら遠慮しないで帰ってもいいよ?て言ってももう後片付けだけになっちゃったんだけどね。ごめんね、花梨ちゃん、ゆかりちゃん。お詫びもかねて『マカロン』に行く?」
私たち三人は騒いでいたバツとして職員室の資料庫の整理を黒木先生から命じられた。
そして今現在資料庫を整理していた。
教科別にまとめて置けばいい、と言われて楽天的に考えていたのが間違いだった。
十年近い問題集は想像以上に多く、想像以上に重くて、一時間半も掛かってしまった。
今から学校を出ると満員電車に乗らないといけなくなるので、遅くなったお詫びも込めて駅前にあるケーキショップ『マカロン』に二人を誘ってみた。
「ごめん、今日は隣町にある道場に寄るからケーキ食べる時間はないんだよね、ごめんね。」
「私も今日はお花の稽古が入っていて、お迎えに来てもらうことになっていますの。ですからミルクレープは食べることが出来ません。ですから明後日三人で一緒に行きませんか。作戦会議もかねまして、ね」
「ケーキはいいよ!それよりも二人とも今日は用事があるなら早く帰ったほうがいいよ。残りは全部私がやっておくから!」
「ケーキがムリなだけ。私は電車の向きが違うだけだから、整理はまだいいよ。まだ一時間以上あるし。」
「ごめんなさい。私はそろそろ時間が厳しいので、お先に失礼します。それではまた明日。」
ゆかりちゃんは雅に流れるような動きで教室から出て行った。
「ねぇねぇ、ゆかりちゃんがお稽古に遅れちゃったらどうしよ……。私のせいで怒られたりしな……痛っ」
「ヒナ、落ち着きなさい。ゆかりが言い出せなくて稽古に遅れるなんてありえないから。」
「だって……」
「落ち着いて考えてみなさい。ゆかりって押しに強い、弱い。」
「……強いです。」
「次。ゆかりが場に飲まれて言い出せないなんてことある?『言い出さない』じゃなくて『言い出せない』ね。」
「……はっきり言います。」
「ならそう言うことよ。言い出せなかったんじゃなくて、ヒナが言った瞬間とゆかりが言おうとした瞬間が合っただけ。そしてヒナが考えないといけないのは、ゆかりの心配じゃなくて自分の財布の心配ね。」
花梨ちゃんの視線にはもう『お姉さま成分』は含まれていなくて、純粋に私の財布の心配をしていた。
ゆかりちゃんって私たちの中で一番やせているけど、一番よく食べるんだよなぁ……。
財布がピンチかも……
体重も身長も一番ゆかりちゃんが低いのに甘いもの、特にケーキは一番ゆかりちゃんが良く食べる。
今月まだ始まったばかりなのに、もしかしたら初旬でビンボーになるかも……
「ごめん、ごめん。驚かせすぎたね。いくらゆかりでもヒナの財布を吸い切ることはないでしょ。もし不安なら抹茶でも奢れば良いんだって。まぁ、とりあえずヒナは不用意にゆかりにケーキを奢るなんて言わないほうが賢いよ。それはそうと黒木のヤツ、とんでもない仕事押し付けたな。今度道場で搾り取ってやる。」
「うん、気をつけるよ。先生のことを『ヤツ』なんて言ったらダメだよ。ねぇ、道場って何?」
「ん?あぁ、黒木はうちの剣道の生徒なんだ。たまに合同で練習するからその時搾り取ってやろうと思ってね。」
「へぇ、そうなんだ。でも花梨ちゃんの家って薙刀じゃなかったっけ?」
「薙刀はお母さんの実家。お父さんが剣道なの。薙刀ってもともと女のための武術だから。ふぅ、よし。言ってる間に全部詰め終わったね。公民と現社の箱は貸して。ヒナじゃ届かないでしょ。……よし、終了。」
最上段に置く公民と現代社会の問題集は花梨ちゃんにバトンタッチして私は下の棚にダンボールをしまう。
「さて帰ろっか。長くは居られないけど、どっか寄って帰る?私はあんまり長居出来ないけど。」
「んーん、いいよ。今日は素直に帰ろ。花梨ちゃんも道場に行くなら着替えとかあるでしょ?」
「でも今帰ったらヒナ危ないでしょ。昇りに乗る?少し待てばうちの道場の中学生が来るから送らせようか?」
「そんなことしなくていいよ。その人に迷惑がかかるし。それに私高校生だよ。一人で帰られるよ。」
「あっ」
少し悩んでいたから花梨ちゃんと自分の分のカバンを持って、花梨ちゃんの手を引いた。
そして花梨ちゃんは流されるように、私の少し後ろを歩き始める。
意外と花梨ちゃんが押しに弱いことを私とゆかりちゃんは知っている。
そしてそのまま私と花梨ちゃんは革靴に履き替えて赤くなった校舎から抜け出した。




