わがままといき
七時一八分発。
三番乗り場。
○の五番。
入り口から左奥の座席。
そこが私、御手洗 椿の指定席。
世の中が五月病だと言い合うけれど、私はこの電車に乗るから病気には罹らない。
ドアが閉まって電車が走り出す。
私は次の駅のためにカバーした文庫本を開いて、待つ。
栞から開かなくても、文庫本は自然に頁を開いてしまう。
もしも私がこの本の作者なら怒っていたに違いない。
栞は『目印』ではなく、『備品』に成り果ててしまった。
栞には申し訳ないけれど、もう少し『備品』のままで居てもらいそうだ。
もしそれがイヤなら電車の速度をほんの少し速めて、早く次の駅に着くようにて欲しい。
それが私のワガママだとは分かっているけれど、押し付けずにはいられない。
ゴハンをお預けにされたルナの気持ちが分かったような気がした。
今日は家に帰ったらルナにジャーキーをあげようかな……
そんなことを考えていると電車は段々と徐行していき、私の胸は高鳴り出す。
顔は本に向けながら、心の中は駅について欲しいと叫んでいる。
次第に電車の中から見えるホームはコマ送りのようになり、アナウンスと一緒にドアが開く。
風が前髪を揺らし、シトラスの香りがキャンディーみたいな幸せを教えてくれる。
紺色の学ランと金色の装飾釦。
学校に興味のない私でも知っているような進学校。
その制服が私とカレの距離を示しているような気がして切なくなる。
名前も知らないカレは音楽を聴きながら双眸を伏せて、そのまま動かなくなってしまう。
その姿はさながらドラマの主人公のようでついつい見入ってしまう。
もしも私にカレに話しかける勇気があれば、とびっきり甘い話になっていたのかもしれない。
けれど私にはそんな勇気がなくてただ眺めているだけ。
ヒロインになるためには不安とか、周囲のプレッシャーを押しのけるエネルギーが必要なんだと、一週間ほど前から私は悟った。
でも悟ったからと言って行動に移せるのか、と言えばそうでもなくて……。
悩んで、叱咤して、嘆いて、慰めて、小さな幸せを感じている間に無情にも、降車する駅に着いてしまった。
私は今日も気を揉んで、気を揉んで、電車から吐き出されてホームに投げ出される。




