どうしても君より愛するものが僕にはある。私にも実は何より愛するものが……今連れて来ておりまして
しいなここみ様の『やきにく短編料理企画』の一品なります。オリジナルの異世界王国です。
「もう耐えられない! そのあなたにまとわりつくソレを早く外に出して!! ソレと同席の食事なんて私は絶対に嫌です!
これから先もそうなら、もうあなたの婚約者では いたくありません」
その大声に周囲のテーブルもざわめき、視線が集まる。
「ソレではない、"マリアンヌ"だ。今日はマリアンヌのためにここに来たんだ」
向かいの席を立つ伯爵令嬢──であり婚約者──だった?カッサンドラを僕は引き留めはしなかった。
歩き出したカッサンドラは一度 振り返った。が、僕が何もする気が無いことを確認すると、最後の言葉を投げつけてきた。
「婚約破棄よ!! 王族だからって……あなたはみんなの噂通り、非常識過ぎます! 私にはとても無理よ、犬以下の妻なんてゴメンだわ」
座っている僕の左腿には、ゴールデンレトリバー(犬!)のマリアンヌが頭をのせて次の肉を待っている。
その重みと温もりと信頼を裏切ったりする気は微塵も湧き上がらない。
僕は立ち上がらず追わず、カッサンドラの言葉を受け入れて見送った。外に出るのがカッサンドラで異議無しだ!
マリアンヌは焼き肉が大好きなのだ。
それで高級焼肉店に来たのだ。
カッサンドラは自分も僕と出かけたいと騒ぎ
『多分あまり君には楽しくはないよ』
と忠告したのに
『パリス王子とならどこでも楽しいです』
などと言うから連れて来てしまったのだ。
だけど、もういい────
焼けた牛ロース肉を何度もフーフーしてよく冷まし、調味料は何もつけずに 黒いツヤツヤの鼻の前に差し出すと、マリアンヌは立派な犬歯のあるクサい口を開けた。
肉を放るとゴムパッキンのような黒い縁取のついた口をモグモグと動かし一瞬で飲み込む。
フッサフッサの黄金の尻尾は喜びに左右に揺れ床掃除をしている。
合わせた黒い瞳は期待にキラキラと煌めき、ハッハッと荒い息をさせてピンク色の舌を出し、ヨダレも人のズボンに垂らしながら──次の肉を僕からもらえるものだと海よりも深く空よりも広く信じている。
可愛い──ただひたすらに カ・ワ・イ・イ
こんな可愛い生き物が他にいるか!!!!!!!
マリアンヌの僕に向ける純っっっ粋な親愛に比べたら、父上に与えられた婚約者からの 見せかけの愛のおぞましさよ
婚約破棄上等!
僕は夢中でただ肉を焼いていた────マリアンヌのために。周囲のざわめきも気にしない。
「ご一緒してよろしいでしょうか、王子。注文と清算は自分で致しますので」
その声に顔をあげると、公爵令嬢のシルビアが僕を見つめていた。少し驚いた。
彼女は"王都の氷の華"と呼ばれている──愛嬌がなく言い寄る男性達が相手にされずに泣いているという逸話のある──抜群の美貌の女性だったから。
僕は"王子"だが 第14王子と言う──継承権からは遥か遠ーい末席だ。国王が子沢山でしかも王妃も側室も男児を多く産んだと言う稀な環境だった。
14番目にもなると、もう貴族とたいして周囲も扱いが変わらない。平和だしマリアンヌもいるので、護衛もいない。
実際、何かあれば僕が剣を抜いてマリアンヌを守るが……
いろいろ考えながらも とりあえずシルビアにうなずいていた。
カッサンドラの分もと注文した肉の皿だけは沢山あったので
「気にあったものがあれば取って食べていいよ。……よっぽど肉が好きなのかな?」
と、ほぼ初めて会話する女性に聞いた。
シルビアはそれには答えず、鳥もも肉のカットを焼き出した。
「さっき見ておりました。婚約破棄なさったんですね」
なるほど、説教か
「もともと反りが合わなかったんだ。僕は変わり者だし、お互いに結婚までいかなくて済んで幸せだと思うよ」
僕は言いながらマリアンヌにまた肉を与え、その無邪気な食いっぷりに見惚れた。
こんなに肉をうまそうに食べる令嬢などいない……!
それから自分でも焼けた肉をタレにつけてから口に入れた。マリアンヌと食べるとまた美味い!!
「パリス王子、私と婚約 致しませんか?」
シルビアが全く予期していなかった言葉を発したので、僕は肉を喉に詰まらせてしまった。
「ゔぅ……!!」
僕が苦しむと、マリアンヌは垂れた耳ながらもピクリと動かし、口を閉じて顔を上げ真剣に見つめてきた。
水を飲んで慌てて流し込む。息を整えてマリアンヌの耳の後ろを撫でて"大丈夫だ"と伝えながら──
「どうして!? 全然話が分からない!!」
とシルビアに向けて言った。シルビアは冷静に
「パリス王子の犬を愛するお気持ちが素敵だからです。
あなたが何かを真に愛せる人だと言う証です。私はそれがある方が安心できます。ですから あなたと結婚したいと思いました」
と説明してくれた。そして彼女もフーフーと鶏肉を冷ましている。
「…………いやぁ、でも僕は……マリアンヌが世界一美顔だと信じているし、外出といえばマリアンヌとの散歩が最優先だし。マリアンヌの部屋の方が……多分 妻の部屋より快適さも目指してしまうと思う。
現実的には、僕のマリアンヌへの愛に耐えられる女性なんか……いないと思っているよ」
シルビアは小さく うなずいただけだったが、胸の中ではより多く同意をしていた。
分かります! パリス王子! 私も愛してやまないものがいますから。
幼い頃から共に遊び、暮らし、寝て参りました。
フカフカでしなやか。小さな入れ物に入りたがって、高いところからのジャンプもへっちゃら、追いかけっこが大好きでセミやスズメやネズミを捧げまくってくれた私の騎士────
パリスがマリアンヌに目を向けている間に、シルビアは鶏肉を下に落とした。
愛する"ガーランド"は、今はすっかり老いてしまって焼いた肉の方が消化がいいようだ。彼はもう昔のように跳ねたり走ったりはしない。
この世界には動物を診る専門医は無く、ガーランドの腹部のしこりは手で触って確認した以上は何も出来ない。猫としては充分高齢だしこれ以上はなす術が無いと父には言われている。
一日一日、私の騎士は弱っていくのに私は見守ることしかできなくて……
せめてこの先の未来で私は──
私の気持ちをわかってくれる伴侶が欲しかった。
私が結婚相手に望むのは それだけ
シルビアはマリアンヌを愛してやまないパリス王子の姿を見て──微笑んだ。
すると、パリス王子の方がそれに気づいた。
「"氷の華"シルビア・ヴァンセン嬢の笑顔が見れるなんて希少なんだろうね。魅力的だけれど……残念、マリアンヌには負けるよ」
そう彼は言った。そしてマリアンヌはシルビアを見て、ピンクの舌を垂らしてハッハッと──確かに笑っているかのように口を開けている。
シルビアは嬉しくなって笑い出した────なんて理想的な方!
"王都の氷の華"の高らかな笑い声に、周囲の人々もおやおやとテーブルに注目する。
パリス王子は驚いて目を見開いている。
今の言葉で楽しそうに笑うなんて……変な女性だ
「君は鶏肉が大好物なのかな?」
と、今まさに鶏肉を網に上げている彼女に尋ねると 首を左右に振ってさらに笑うので──いよいよ変わり者なのだと確信した────僕と同じく。
それなら……いいのかもしれない
僕は僕のために焼いた牛カルビの肉の皿をシルビアに差し出した。
「いいのかしら? マリアンヌにはあげなくても?」
シルビアが不思議そうに聞いてきた。
「いいよ。僕の分だから。マリアンヌのはあげられないけれど、僕の分は────婚約者と美味しさを共有するくらいはできるよ」
言って何故か赤くなった。肉を焼く炭火のせいかもしれない。
シルビアもシルビアで何故か瞳を潤ませたんだ──確かに
煙が目に染みたのかもしれない
「ありがとう。…………本当にありがとう」
彼女は何故か2回繰り返して、箸で肉を取ると塩を付けて頬張った。
「美味しい!! あぁ、コレ本当に美味しいわね?」
そう声をあげるシルビアは、もう"氷の華"では無かった。
微笑み合う2人は気がついていなかったが、テーブルの下ではおっとりした大きなゴールデンレトリバーと老齢のトラ猫が鼻を合わせて挨拶をしていた。
周囲の人々はにこやかに見守っていた。
先程とは打って変わって──和やかで温かな食事の風景がそこにはあった
────────未来を映すかのように
お食事処に動物が入っておりますが、しつけられた大型犬と走れない老いた猫様です。大目にみてあげて下さいm(_ _)m
ゴールデンレトリバーもトラ猫も飼いました。なので、いつか犬と猫に愛情を注ぎまくっている話を書きたいと思っていました。
本文の中にありますが、犬の口(の周り)には、キクラゲのような黒いビレビレがついていませんか?アレ、私は自分の家のワンコで当時本当に"ゴムパッキン"と呼んでいました。正式な名称ってあるんですかね……
どんなワンコもどんなニャンコも飼ったら世界一可愛くなってしまうことあります(ᵔᴥᵔ)。そんな2人と2匹に焼き肉屋で出会ってもらいました。
お読みいただきまして、誠にありがとうございました。
<(_ _)>




