とある鉱山管理者とシスターはもう限界だった
俺はペーター。
国が所有する鉱山の管理者だ。
管理者なんて偉そうだが実際は雇われ店長みたいなもので、労働時間や品質管理、給与計算やら備品整理、はては清掃チェックまで業務は多岐に渡る。
鉱山の仕事は金にはなるが厳しい。
ある程度稼いだ者は家族が待つ故郷へ帰ってゆき、また新たな労働者がやってくる。
ただ、鉱山は強制収容所も兼ねているから、労働者の中には罪人なんかもいるわけで、そんな奴らは任期が終わるまで最低限の衣食住だけが確保され、給金は被害者へ送金する仕組みになっている。
そんなわけで普段は書類や雑用ばかりしている俺だが、元々腕っぷしには自信があったので、今までは荒くれ男や罪人相手でも上手くやってきていたつもりだった。
だが、ここ最近、変な罪人ばかりが送られてくるようになったのである。
俺様は悪くないと主張する王子。
自分はヒロインだと言い張るピンク頭の聖女。
やたらと前向きな自称未来を知っているという優秀な令息。
悪役令嬢ざまぁだと思ったのに話が違うと喚く令嬢。
高貴な身分ばかりの人間ではあるが、奴らに共通して言えることは被害妄想が酷く、全く話が通じないということだ。
ちなみに鉱山の近くにある修道院にも同じような輩が送られてきているらしく、今日も街の食堂で幼馴染のシスターがジョッキ片手に管を巻いていた。
「いや、もう無理だから。何を言っても通じないの! 罪を償うためにきたんだから仕事をするのは当然でしょう? それなのに何か指示すると『ヒロインの私が? 何故?』とか言うのよ?」
早口で捲し立てつつ『ワタクシ』だけはちゃんとおっとり真似したことが、やけにそっくりで、俺も鉱山に送られてきた罪人を思い出し苦笑いを浮かべる。
「何故って、それがお前の仕事だからだよ! 井戸から水汲みをしなけりゃ水が使えないんだよ! 不潔は嫌とか言って自分はジャバジャバ使いやがるくせに! 畑だって耕さなきゃ野菜は採れないんだよ! しかもスープの味が薄いだの肉がないだの、品数が少ないだの、食べられるだけありがたいと思えっての! あとヒロインって何なんだよ! そんな言葉が免罪符になるかぁぁぁぁ!」
幼馴染は相当鬱憤が溜まっているらしい。
神に仕える者とは思えぬ口の悪さである。
ちなみに一応分別はあるらしくジョッキの中身はただのレモン水だが、こういうのは雰囲気が大事なのだそうだ。
「俺の方も似たようなもん。荷車は汚いから触れない、埃が酷いから坑道の中に入らない、すぐに疲れたって気絶するし、食事に関しては全く同じ不満を言ってたし、やっぱり自分のことヒロインとか悪を断罪する正義の王子とか言って、仕事を放棄しようとする」
苦々しい俺の言い分に、幼馴染がジョッキを一先ず置いて、玉ねぎの串揚げを頬張りながら力一杯頷く。
その最後の一本、俺のだったのに……という言葉は呑み込んで、俺は溜息を吐いた。
「鉱山ってきついじゃん? だから俺さ、管理者として労働者の意見はなるべく取り入れようって心掛けていたんだけど、あいつらのは改善提案じゃなくてただの我儘でしかないと思うんだ。でもそれを指摘すると、またあの免罪符を使ってくるし。あいつらだけ働いてないって他の鉱山夫は文句を言ってくるし……」
拳で向かってくる相手ならば拳で返せばいいだけだが、言葉が通じない相手にはどう対処したらいいかわからない。
身体は厳ついくせに、変に気にしぃで優柔不断な俺には荷が重い問題なのだ。
いつものように項垂れた俺の頭を幼馴染が優しく撫でる。
愚痴を吐き出し、お腹が膨れたおかげか幼馴染はだいぶ落ち着いたようだった。
「私もそう。清貧な修道院だから全員が満足する食事を摂ることは難しいけれど、貧しい中でも助け合って今までやってきたのに、あの人達が来てから上手く回らなくなっちゃった。そりゃ意味の解らない免罪符で仕事を放棄してるくせに、衣食住はちゃっかり確保されてるなんて不公平だもんね」
俺の頭を撫でながら、ここ最近めっきり増えた溜息を吐く幼馴染は、空腹と愚痴さえ無くなれば言葉遣いも普通な、いい子なのである。
そんな彼女を横目で見ながら、俺は問題児と正規の鉱山夫との連日の板挟みで弱気になった心を吐露した。
「俺らの考えが変なのかな? ヒロインとか正義の王子とかの言い分の方が正しいのかな? もう管理者としてやってく自信がなくなってきたよ」
この時の俺は、もう本当に辞めてしまおうかと本気に思っていた。
だが、そんな俺の頭を撫でていた幼馴染は手を止めると呟いた。
「違う……絶対に違う! 変なのはアイツらだし、もっと変なのは罪人だと認定したくせに鉱山や修道院に気軽に捨てて、ハイお終いって、そんな無責任なことをする国の偉い人達だと思うわ。ここは姥捨て山じゃないんだから。てか、おじいちゃんやおばあちゃんなら先人の知恵があって寧ろウエルカムよ」
国の偉い人を糾弾するような言葉に焦って、慌てて周囲を見回す俺とは対照的に、彼女の瞳がキラリと光る。
「もう、これはやるしかないわね」
「え? 何を?」
「何って? 勿論ストライキよ!」
彼女の言葉に目を丸くする。
「ストライキって昨年隣国で起きた、待遇改善のために労働者が一斉に仕事を放棄した、あの?」
「そう! それを鉱山と修道院でやるの!」
「でも俺、一応管理者の立場なんだけど」
「ほぼ現場職なんだから関係ないわよ。それにペーターが先導すれば、あの変な奴ら以外の皆は付いてくる。ちゃんと管理者やってたんだから、そこは自信もって大丈夫よ!」
だって私の自慢の幼馴染だもん、と頬を染められれば悪い気はしない。それどころか、半ば投げやりながらも俄然やる気になってしまうから俺は単純だ。
それでも、やっぱり不安が過り優柔不断っぷりが出てしまう。
「う~ん、でも鉱山の運営をストップさせるのはともかく修道院は無理があるんじゃ?」
「修道院はストライキの間は関係者以外立ち入り禁止にして、貴族の参詣も国王への定例祝辞も無し! ここまでやれば国は絶対無視できないはずよ。じゃ決まり、明日からよろしくね」
サクッと決定してしまった幼馴染に「まあ失敗したら彼女を連れて逃げればいいか。どうせ辞めるつもりだったし」と俺は安易に考えて、ジョッキに残っていたエールをグイッと飲み干したのだったが……。
とある辺境の鉱山と修道院から発生した王国史上初のストライキは、やがて国中に波及してゆき、鉱物資源が得られなくなり混乱が発生、式典に於いては教会からの祝辞を貰えず国王の威信が地に落ちた。
国は事態を重く見て、鉱山と修道院への罪人送致禁止を決定する。
ついでに今まで追放処分にされていた者達も、三つ子の魂百までとはよく言ったもので更生は期待できないと判断され、早々に処分されたのであった。
「そういうわけで鉱山や修道院への追放処分は廃止されました。だから貴女は死刑です」
義姉を悪役令嬢だと決めつけて王子妃を狙っていた自称ヒロインな聖女は、断罪返しをされてもどうせ追放処分だと高を括っていたのに裁判官にそう告げられて、ポカンと口を開けるしかなかった。
まさか聖女も、転生者でも何でもない鉱山管理者とシスターが、半ば投げやりな気持ちで起こしたストライキのせいで極刑を食らうとは思っていなかっただろうが、そこは自業自得である。
泣いても喚いても、話が違うと叫んでみても、修道院はおろか鉱山送りにもならず、粛々と胴体から首がチョンパされたのだった。
一方、漸く平和と秩序を取り戻した鉱山でペーターは今日も忙しなく働き、仕事が終わったら街の食堂で幼馴染と一緒に晩餐を摂るのを楽しみに日々を過ごしている。
そろそろ彼女に渡そうと思っている指輪を、既に半年程ポケットに忍ばせながら。
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