第10話:聖域の残響 ―静かなる合流と心の補完― 前半
セイントレディは自室で自らのレオタードを食い込ませ、自己ケアに耽り震えるばかりだった。もう闘えない、そこまでどん底に堕ちたセイントレディ。どうやって立ち直る?
【前半:静かなる合流と使命の告白】
扉を開けた瞬間に鼻腔を突いたのは、冷え切ったアジトの空気と、神代麗子の激しい喘ぎ、そして吸水性のない化繊生地がこすれ合う、乾いた摩擦音だった。
「麗子……」
僕の声に、床に膝を突いていた彼女の肩が跳ねた。 そこには、僕の知らない「セイントレディ」がいた。ロイヤルブルーのレオタードは、彼女自身の指によって腰の高さまで無残に捲り上げられている。新調されたばかりの強靭な裾ゴムは、自らねじ込んだことによって臀部の深淵へと沈み込み、本来は「規律」の象徴であったはずの純白のフルバックパンティが、その鋭角なVラインから黒いリボンと共に剥き出しになっていた。
「見ないで……健一、お願い、見ないで……!」
麗子は這いずるようにして僕から距離を取り、震える手で食い込んだ裾を隠そうとした。だが、弾性の死にかけた生地は彼女の指を裏切り、かえってその惨めな露出を強調させる。
僕は動かなかった。軽蔑も、あるいは卑俗な好奇心もなかった。ただ、目の前の光景を、彼女が4〜5年前から一人で背負い続けてきた「人生の重み」として静かに見つめた。
「……4〜5年前だったわ。あの青い光に触れた時から、すべてが変わってしまったの」
絞り出すような彼女の声が、静まり返った部屋に響く。 それは高潔な英雄譚などではなかった。呪いと呼ぶにはあまりに淡く、けれど決して振り払うことのできない、重低音のような使命感。
「理由は分からない……。でも、こうして戦っていないと、この窮屈な衣装に身を包んでいないと、私は自分でいられないの。……正義なんて、そんな立派なものじゃない。ただ、続けていないと落ち着かない。……これが、私の『生』への執着なのよ」
彼女は自嘲気味に笑い、自ら作り上げたレオタードの無残な食い込みを指した。 「ゾディアックに教え込まれたの。私のこの『正義の皮膚』は、今や彼の手つきを快感に翻訳するだけの道具に成り下がったわ。自分で自分を慰める時でさえ、私はあの怪人の影を追いかけている……。汚らわしいでしょう? 健一」
彼女の瞳の奥には、絶望と、そしてそれ以上に「それでもこの使命から逃げたくない」という、消え入りそうな、けれど強固な意志の火が灯っていた。
僕は彼女を抱きしめなかった。安易な抱擁は、彼女の孤独な戦いに対する冒涜に思えたからだ。僕はただ、彼女の隣に膝を突き、その震える細い肩に、静かに手を置いた。
目の前の「汚れ」に見えるものは、彼女が一人で耐え、守り抜こうとした世界の裏側なのだ。ゾディアックに刻まれた感度の翻訳も、自傷に近い「自己ケア」も、すべては「皆を守りたい」という彼女の静かな決意が生んだ副産物だった。
「麗子、君がこれを選んだんじゃない。この使命が、君を選んだんだ」
僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……でも、これからは一人で選ばなくていい。君が抱える汚濁も、そのレオタードがもたらす屈辱も、俺は否定しない。そのすべてを含めて、俺は君の戦いを尊重する。……俺を、君の共犯者にしてくれ」
その言葉が届いた瞬間、麗子の瞳から、ゾディアックに支配されていた絶望の色が消えた。代わりに宿ったのは、長い冬を終えたばかりの地面のような、初めての「安らぎ」だった。
「健一……。あ、ああ……」
彼女の目から、一筋の涙がこぼれ、レオタードの青い生地に吸い込まれて消えた。




