第6話 愛の握力⑤
県警を二人で出る。
春を運ぶ強かな風が、私の髪に体を得たように跳ねる。
そろそろ環境センシングの表示に花粉の項目を追加すべきだろうか。
化学技術は進歩しても、未だ無花粉杉への植え替えは牛歩だ。
「ニュイ二等兵、この後のプランは?」
ミオカ軍曹は、その鉄壁の前髪の下から、こちらを試すように見上げてきた。糊かなんかで額に貼り付けているのだろうか。本国だったら幼稚園児に間違えられてもおかしくない。
「それを考えるのは、ミオカ軍曹の仕事では?」
「貴様、前回といい、今回といい、全く役に立っていないということに良心の呵責はないのか?」
軍曹の指摘はごもっともだが、私は胸を張って答える。
「知ってます?心理専門兵の倍率。専門職で給料は高いのに、仕事内容はザルってことで、今や50倍超えですよ。ただでさえ人気のない自治軍にあって、です。ミオカ軍曹の言った通り、DA作成者はすでにDAの居場所を知らないか、もしくは知っていたとしても消去に協力的な確率は低い。心理専門兵にできることは限られています」
「おい、、、開き直るなよ。私のバディにロッキングチェアは与えないぞ」
ミオカ軍曹はニヒルに笑いながらだった。
____日本国にロッキングチェアは与えない。
それは日本がかつてロシアと中国に国土を奪われ、その後にアメリカの技術特別区となった際、当時のアメリカ合衆国大統領が日本に対し放った言葉だ。
趣旨としては、共産主義国家の占領から解放された日本に対し、その類稀な科学技術を途絶えさせず、引き続き米国のために発展させろ、という鼓舞を含んだ意味だった。
だが、当時の人たちはそれを新たな占領____むろん占領には変わりないが____日本人を使いやすい労働力として扱い、その成果を根こそぎ奪い取るつもりだ、という反発があったという。
日本人のミオカ軍曹が、アメリカとのダブルである私に言うと、まさに嫌味でしかない。
私がちょっとむっとして、歩みを止めたときだった。
「じゃぁ、ニュイ二等兵にはソファを送らないとね」
「きゃぁああああっ!!!_____って、なんだ、中佐ですか、、、」
私は耳朶に入り込みかけた不快な声を追い払うように、手を顔の周りでパタパタさせながら振り向いた。
そこには件の世那中佐がいた。
陽光の下で初めてその顔を見るが、やはり眉目秀麗、整っている。
ああ、この人は太陽に愛されているイケメンだ、と感嘆してしまうほどだった。
室内では背丈の高さと彫りの深さから、どうしても圧迫的な印象を受けるが、快晴の下だとそれが好印象に変わる。彼の周りだけ、世界が根を張ったように安定した輝きを見せる。
「貴様!中佐になんだとはなんだ!」
と、ミオカ軍曹が己の管理不足を怒りとしてぶつけてくる。
「まぁいいじゃないか。リアクションが大きくて可愛いものだ。たまには敬礼以外の挨拶も新鮮だな」
「二度と私の耳元に近づかないでください。お姉ちゃん、ハラスメント対象者としてマークしといて」
『半径5メートルに設定しとくね。まぁ、確かに、ニュイちゃんの相手としては、ちょっと難易度高そうだし』
私は中佐を睨みながら後退りする。
「どんなソファがお好みかな?一緒に選びにでも行こうか?」
アメリカ合衆国の大統領の発言が問題になった際、それを面白がったアメリカの家具メーカーが日本に対しソファの寄贈を大量に行った。それをトレースした冗談だ。
「絶対に行きません。というか何なんですか。ミオカ軍曹といい、中佐といい____」
「ストーカー、かな?私はストーカーでも別に構わないかな、女性の後ろを歩くのは大層好きなんでね。いい香りがする」
中佐が笑いながら私の言葉を奪って、さらに気色の悪いことを言っていた。
私は嗚咽するようなリアクションをするが、それをミオカ軍曹が睨めつけるようにして、
「中佐、県警にご用が?」
私がこれ以上、中佐に無礼を働くことを防ぐために軍曹が間に割り入る。
「ちょっとね。名残惜しいが、もう時間だ。二人とも捜査、よろしく頼むよ」
中佐はそう言って、警備の人間に片手を上げながら県警の中に入っていった。
▲▽
「なんなんですかあの人!本当に中佐なんです?ホストの間違いじゃないですか?」
「貴様、くだらないことを言う暇があったら、今後の方針をさっさと言え」
二人で駐車場に停めていた自律自動車に乗り込みながらだった。
「分かってますよ。DAの居場所が分からない。そうであるならマタギに協力を要請します。あと、、、そうですね。男が一匹必要かな、と」
私の言葉に、ミオカ軍曹は片目を絞りながら変な顔をする。
「、、、その通りだ」
「その通りならもっと褒めてくださいよ。なんで変顔してんですか」
軍曹はため息をつきながら、
「アテはあるのか?」
「マタギには知り合いがいます。男は、、、テキトーに。というか、軍曹の方が自治軍内に知り合い多いでしょう?」
「私は駄目だ。嫌われてるからな」
「、、、え?」
「なんだ?嫌われてるから、マタギの知り合いもいない」
「あ、そっ、、、そっすか、、、。うす」
静音性に優れている自律自動車であるはずなのに、タイヤが駆動する音が聞こえたような音がした。
「じゃぁ人材選定は任せた。今日中に報告しろ」
「、、、うっす、、、」
時間が無限に引き延ばされていくような中、私は軍曹への憐憫を持て余していた。
ただ、その時、一つのことに思い至った。
「そういえば軍曹」
「なんだ?」
「DAの作成って違法じゃないですか?」
「何を当たり前のことを」
「でも、個人レベルの技術でDAの作成をするって、結構難しいんですよね?できないことはないけど、専門的な知識と技術がいるって」
「、、、そうだな。いくらデータとして材料が豊富であっても、一般人が作れば所詮、出来の良いAIにしかならない」
「ということは、元締め的な存在がいるってことですよね?」
DA作成者というのは、あくまで「作成を依頼した者」だ。
本当の作成者は別にいる。
だが、そういった人間や団体が摘発された事例を、私は知らない。
だからこそ、世間的にはどこか、DAは母親の胎内から生まれたように、自然発生的な存在のように考えられているような風潮もある。記録されたデータが熟成し、思考に近いものを発生させ、人間へと昇華したのだ、と。
「確かに、ニュイ二等兵の言う通りだ。今回の件もそうだろう」
「じゃぁ、その元締めの捜査は?」
「それは警察の領分だ。DAの作成は犯罪。だから警察の担当。人権のないDAには犯罪も適用されない。だからDAの削除は自治軍の担当。そういう棲み分けだ。習っただろう」
ミオカ軍曹の言っていることは一見、正しい。
でも、明確な見落としが、それも気づいて欲しくてあえて露見させているような論理の欠如がある。
「じゃぁ、その元締めがDAだった場合は?それは軍の担当ですよね?」
私の指摘に、ミオカ軍曹は水溜りをあえて踏みつけて遊ぶ子供のような、無邪気で、僅かに酷い笑顔を見せた。
そして、軍曹は話のベクトルを完全に変えてしまった。
「____スズカという女、本当に自殺だと思うか?」
私は、先ほどの話に解答が与えられないことを悟った。
「自殺じゃないですか?今の時代、他殺なんて難しいし、すぐにバレますよ」
網膜ディスプレイだけでも、犯罪の抑止はもちろんこと、仮に事件が起きても捜査に対する寄与は大きい。
証拠を残さずに犯罪をすることは、現代においてほとんどマジックだ。
「スズカの記録を見ただろう?」
「もちろん。父による性的虐待。その時点ではスズカは通報を行っていない。ただし、父がスズカに暴力を振るった際、その衝撃を感知して警察と救急に連絡がいった。それでスズカの映像データから、虐待の事実が判明、父は逮捕され、スズカは精神的な病の兆候があって、病院に入ることになった。その後、回復し退院したが、薬の過剰摂取で死亡。これが彼女の人生です。退院の判断が早計ではなかったのか、という問題は指摘されましたが、医師の退院判断フローに明確な間違いはなかった」
「人生もそうまとめられると個性を失うな」
「そりゃそうですよ。私だって、きっと三行ぐらいで収まる人生になりますからね」
スズカという女性の人生。
確かに悲惨なものであった。
日々の小さな幸せなんてものは、要約すれば省かれてしまう。
「だが、あの被疑者は、殺された、と言った」
「父に、ですよね?そう言ってましたよ?虐待がなければ、彼女がこうなることはなかったですから」
それを比喩表現というほど、私は理性的にはなれない。
確かに被疑者が言うように、スズカは父に殺されたのだ。
「でも、すでに父は逮捕されている」
「それでも許せなかったんでしょう?」
「彼はスズカのDAを生み出して、何をしたかったんだ?」
ミオカ軍曹の疑問。
ただ愛する人にもう一度だけ会いたい。
それで理由は十分なはずだ。
DAの作成の理由なんて、ほとんどがそこに収束する。
それなのに、私はなぜか納得できていない。
なぜ。
なぜ、彼はスズカを蘇生させたのだろう。
____レンマという男は、スズカを愛してなどいない
それを女性の直観と認めるのは、現代的なニュイにとっては納得のいかないことだった。




