花籠
広大な屋敷の一室。
絹のカーテン、香る花々、ふかふかのベッド。
そこに、アリシアは座っていた。
首輪はない。代わりに肌触りのいいドレスと、髪には宝石の髪飾りが揺れていた。
「……これは、何のつもり?」
アリシアが問いかけると、ルークは当然のように答える。
「お前は俺のものになった。だから、最高の環境で過ごすべきだろう?」
「奴隷にしたくせに、王妃みたいな扱いをして……意味が分からない」
「奴隷にしたのは、手続き上の話だ。
最速で“俺のもの”にしただけだ」
アリシアは言葉を失う。
「必要なものがあれば、エルフィに言え。侍女として優秀な人材だ」
ドアのそばに立っている女性が頭を下げる。
「あそこではしょぼくれた食事しか出なかっただろう。今すぐ用意する」
出ていこうとするルークに、アリシアは問いかけた。
「私を得たところで、いったい何が望みなの?」
ルークは黙り込み、何かを話すかどうか、悩んでいるようにも見えた。
しかしキュッと口を結び、出ていってしまった。
「いったい、何なのかしら…」
その日から、アリシアの生活は一変する。
とにかく侍女のエルフィが隅々まで気を配り、アリシアに尽くす毎日になった。
エルフィを代表とした侍女たちは働き者だ。頭を下げ、髪を梳き、ドレスを着せ、3時には紅茶といろんなお菓子を毎日用意する。
お風呂のあとには保湿クリームを塗られ、肌もツルツル。
まるでお姫様かと間違いそうになるが、部屋からは出られないよう、ドアの外に見張りが立っていた。
毎日、ルークは部屋を訪れ、生存確認だけして出ていく。話をするわけでもなく、監禁以外は悪い扱いは受けていない。
今日も紅茶の用意をしているエルフィに、アリシアは声をかけてみた。
「ねぇ、一緒に紅茶を飲まない?」
「嬉しいお誘いではございますが、私は仕えるのが仕事なので…」
「わかるわ。でも退屈なの。話し相手もいないし」
身の回りのことをされ、あとは放置だ。時間が有り余っている。
エルフィもそれには納得した。
「それでは、お庭でおやつにしましょうか。いいお天気ですよ」
「えっ!外に出ていいの!?」
「ええ。護衛と一緒なら大丈夫です。敷地内でしたらどこでも問題ありません。
おやつが終わったら、屋敷の中をご案内いたしましょうか」
もっと早く聞けばよかった。いや、ルークからは何の説明も受けていない。退屈な日々は、全部ルークが悪いのだ。
約一ヶ月ぶりだろうか。久しぶりに部屋を出る。
監視役と思っていた男性は、護衛のジョセフという名前らしい。
「ルーク様が不在の間は、このジョセフがアリシア様をどこまでもお守りします」
さすがに護衛は一緒にお茶することはできなかったが、久しぶりに外の空気を浴び、エルフィとは楽しくお喋りができた。
エルフィからいろいろ聞けたが、驚いたのはこの家に仕えている人たちは、逸材ばかりだということだ。
料理長は数年前まで国王に雇われていて、美味しいだけでなく栄養の知識も豊富らしい。
どうりで、健康的に肌に艶も出ているわけだ。
今食べている苺のタルトも、彼の手作りだ。
護衛のジョセフも、過去には軍を率いたこともある実力者らしい。
それを教えてくれるエルフィも、普通の侍女と比べたら何倍も手際よく働いている。
とにかくルークに雇われている人たちは、それぞれルークが引き抜いてきたその道のプロ。少数精鋭でこの家を守っている。
「アリシア様は、何か欲しい物はございますか? 服、宝石、高級な食べ物、望めば何でも手に入りますよ」
アリシアはうーんと考えたが、特に欲しい物がない。
「しいて言うなら、自由とか?」
「それだけは申し訳ございません。ルーク様の決め事が絶対なので」
やはり忠実な侍女で、優秀な女性だ。
その後は屋敷の中をいろいろ見せてもらった。数百冊はありそうな本や、体を鍛える部屋、とにかく広い。
「あまり絵画や彫刻は置いてないのね」
「はい。ルーク様は芸術を鑑賞することは、ほぼありません。趣味もおひとつくらいで」
「仕事が趣味とか?」
エルフィはウフフッと意味深に笑っている。
「きっと、アリシア様も知る時が来ますわ。その時は…!」
ガシッと手をつかまれた。
「主の幸せが、侍女の幸せなんです。ぜひ、ルーク様を受け入れていただきたいのです。
いえ、すぐにとは言いません。でも…アリシア様を信じています…!」
うるうると子犬のような目で、懇願される。
アリシアはその圧に怯みそうだったが、なぜあんな監禁男を受け入れないといけないのか。そんな日は来ないだろう、とうるうるキュルキュルのエルフィに苦笑いで誤魔化すしか無かった。




