ATM窃盗事件
12月9日、火曜日。午前11時38分。雲一つない空の下、凍てつく大気が正方形の窓を揺らす。以前通された県警の会議室に再びやって来た義人は佳歩の薦めでブラインドが下りた窓際の最前列に座り、佳歩はその隣に腰掛ける。義人は安物の黒いフード付きのジャケットにモスグリーンのカーゴパンツというお馴染みのスタイルで、佳歩は紺色のコートに黒のスーツ姿であった。
呼ばれた理由はもちろん、超人による事件が1年ぶりに発生したのだ。事件発生時刻は8日の午前11時36分。市内に設置された無人ATMが犬や狼を思わせる2つの目が光るヘルメットを被った黒い服装の人物に襲われるということがあり、その被害総額は約5千万円に上った。
なぜ超人の犯行だと判明したのかというと、店舗内に設置された防犯カメラが当時の様子を記録しており、狼頭の人物は先端を刃に変えた指ほどの太さの触腕を右腕から伸ばし、ATMの外側を瞬時に切り裂く。そしてその切り取った側を動かして、中の紙幣を盗み出したという訳である。
はぁ…………。まったく…………。
木島・冴島事件は超人化薬が暴力団に流れたということもあり、この回収が急がれた。しかし、木島の交友関係の洗い出しはスムーズに進んだものの、冴島は事前に携帯電話を破壊しており、パソコンも持っておらず、会社でも親しい人間関係を築いていなかった為、捜査が難航。現在も引き続き捜査が続けられていた。
そんな中で起きた今回の事件。世間からのバッシングは凄まじく、内閣支持率の低下は勿論のこと、警察、内調、果てはホッグ・ノーズにまで誹謗中傷の嵐に見舞われる。
俺は只の一般人で、捜査権なんてないんだよッ!! 無茶言うなッ!! と義人は内心腹を立てていた。
「お待たせしました」
そう言ってまず入って来たのはスポーツ万能といった見た目の30代、三島と20代後半の神崎。その後ろに恰幅の良い刑事と細長い刑事の2人が続く。
「いえ。お久しぶりです」
佳歩が立ち上がり、義人も急ぎ後に続く。
「お久しぶりです。こちら、井上さんと伊藤さんです」
「井上です」
「伊藤です」
恰幅の良い男性から挨拶が始まる。
「藤川です」
「梅竹です。よろしくお願いします」
「それではお掛けください」
三島に促され、2人は席に着く。
「お二人は既に事件の映像をご覧になられているかと思いますが、何かお気づきの点はありますか?」
三島の定形文のような問いに佳歩は既に用意していた答えを淡々と述べる。
「そうですね。我々の見解と致しましては、防犯カメラの映像が残っているという点から警察に対する挑戦か。はたまた、ただ自己顕示欲を満たしたいだけなのか。あるいは梅竹さんへの挑戦。そう考えております」
「…………」
義人は事前に聞かされており、人質に取られる危険性を考慮し、同居している父は既に母のいる地元へ避難していた。
「はい。我々も梅竹さんに対する怨恨の線で捜査しております。現在は犯人の前後を防カメ映像から追っている状況です」
人海戦術による地道な捜査。しかし、超人であれば防犯カメラに映らないよう移動することも可能だ。犯人側にとって有利な状況が続く。
それが解ってるなら、なんで俺はここにいるんだよ……。
どっと疲労感がやって来る。早く1人になりたい。そっちの方が何かとやり易いのである。佳歩も同意見で、自身も人質になる可能性を考慮し、県外へ避難することになっている。
では、なぜこのように顔を突き合わせているのかというと、要はメンツの問題であった。警察はこのメンツを潰されるのを何よりも嫌がり、警察も内調も互いに上から手柄を上げろとせっつかれている。その為、内調だけで話を進めると今後の関係に悪影響があるからと佳歩からは説明があり、理解はしたものの、やはり納得はできなかった。
人命よりも優先されるメンツってなんだよ……。
しかし、これで筋を通した。恩を売ったと思えば、事件後の関係性も良好を保てる。そこまで見据えて行動するのが大人なのかと義人は考えることにする。
「梅竹さんはこれから何処に避難されるんですか? やはり研究所ですか?」
この研究所というのは市内北部に造られた内閣府直轄組織である『国立超常現象研究所』のことだ。
「いえ。研究所で保護という案は出たのですが、やはり最新の設備やこれまで収集したデータを優先させることになりまして。梅竹さんの希望もあり、これまで通りご自宅で過ごされるということで決定しました」
この判断に佳歩は反対したが、最終的には義人の言葉が決定打となった。
「そうですか、解りました。では、何かあればすぐにご連絡ください」
「——解りました。何かあればご連絡させて頂きます」
呼んだところで何ができるというのか。
余計な手間を増やさないで欲しいと思いはしたものの、もちろん口には出さない義人である。
「では、本日はご足労ありがとうございました。何か進展がありましたらご連絡させて頂きます」
「よろしくお願い致します」
佳歩に合わせ、義人も会釈した。
ようやく終わった。
そう思った次の瞬間、閉じられていた扉が開き、制服警官が義人に向けて拳銃を発砲してきた。その数、5発。拳銃に籠められた全ての弾丸だ。
何が起こったのか、全く何も理解できなかった。予兆さえ感じ取ることのできなかった義人はこれを真正面から喰らい、姿勢を維持できず、体がくの字に曲がる。
「梅竹さんッ!!」
佳歩の叫ぶ声が聞こえた。だが、義人はそれに答えることができない。




