第7話:記憶の中の、捨てられなかった部屋
【ピポ……ピ、ピ……ザー……】
清掃依頼 No.2405:特殊処理案件・記憶内清掃
発信元:不明(自己内トラップ型パルス)
依頼内容:「過去の自分が、ずっと汚れている気がする」
心のモヤ度:測定不能(自己否定スパイラル)
汚れランク:Z(存在レベルまで曇りあり)
補足:この清掃には“本人の許可”が必要です。既に承諾済みの記録を確認――開始可能
ススノヴァ号、今回の行き先は――物理空間ではなかった。
泡循環タンクが深く静かに波打ち、
フィッシュのぬめりヒレがふっと光る。
「……はいります」
フィッシュは、依頼主の“記憶”へ潜っていく。
【記憶空間:過去の部屋】
そこは、灰色に沈んだ一室。
壁に貼られた「がんばれ」の紙。
ゴミ箱の中の「なかったことにしたノート」。
クローゼットに隠した「泣き顔の写真」。
そして、動かない“過去の自分”が、机に座っていた。
部屋は散らかっているのに、どこか**整然とした“諦め”**があった。
フィッシュ、ゆっくり歩く。
何も言わず、写真を拾う。
ノートをそっと開き、書かれた言葉を泡で包む。
《“どうせ無理”》
《“全部、自分が悪い”》
《“ごめんなさい、ごめんなさい”》
泡がきらりと光り、言葉の輪郭が薄れていく。
でも、決して消さない。
過去の“自分”がフィッシュに言う。
「どうせ……この部屋、もう、誰にも見られないんだ」
フィッシュ、ヒレでゆっくり頭をなでる。
「……みたよ」
「……?」
「きれいにするから……ちゃんと……あったってことにする」
【清掃:記憶リビルド】
崩れていた本棚を立て直し、ノートを丁寧に並べる。
写真をフレームに入れ、ベッドの脇に飾る。
クローゼットの奥から出てきた“好きだった色”の服に、泡でやさしく手を通す。
そして最後に――
机にいた“過去の自分”の肩を、フィッシュが軽く叩く。
「……ありがとう」
記憶空間が、柔らかい光に包まれる。
「がんばれ」の紙が、ふわりと剥がれて落ちた。
代わりに、壁に1枚の泡メモが浮かぶ。
“きれいじゃなくても、生きてるだけでえらい”
【ススノヴァ号・帰還】
「記憶清掃、完了しました。
モヤ成分:再統合中。依頼主の呼吸パターン、正常化を確認」
コロコの報告のなか、フィッシュはただ一言、静かに――
「……きれいになった」
次の依頼は、宇宙の辺境で**「笑顔を忘れた町」**。
だれも笑わず、声も出さず、心の窓も閉ざされた世界です。
……行きましょうか、旦那様。
…いこうか