第6話:仮住まいに、灯りを
【ピポピポピポ……清掃依頼 No.2404 受信】
依頼元:惑星ディル・リネア/仮称“滞在者ユミ”
依頼内容:「ここは家じゃない。でも……家みたいに笑っていたい」
心のモヤ度:81%(“居場所不定”による精神擦過)
汚れランク:C(表面は平静・内面に沈殿物)
備考:この星は一時避難所。元は争いからの避難者たちが仮住まいしている難民惑星です。
夕暮れの惑星ディル・リネア。
赤紫の空の下、小さなドームハウスが点在する。
そのひとつに、少女が住んでいた。
名前はユミ。
地球によく似た星で育ち、戦火を逃れてこの星に来たばかり。
「ここ、仮の家なんだって。
本当の家は、もう……戻れないから」
でも、彼女の部屋は妙に整いすぎていた。
まるで、“誰の痕跡も残さないように”片づけられていた。
【フィッシュ、到着】
ユミが外に出ると、にゅるっと背ビレがゆれる影が立っていた。
「……え?」
「……おそうじに、きた」
「……ここ、そんなに汚れてるかな」
「わたし、ちゃんとしてるよ?」
フィッシュはしばらく部屋を見回し、ゆっくりと歩く。
何も言わず、クローゼットの奥にある**“しまい込まれたぬいぐるみ”**を見つける。
そっと、ヒレで撫でて――
「……さみしい」
【掃除開始】
コロコの泡ドローンが静かに空気をスキャン。
「モヤ度、沈殿型ですわ。部屋じゃなくて、“心”の奥に…蓄積してます」
“荷ほどきしていないダンボール”
“笑顔の練習をした鏡”
“忘れようとしたメモ帳”
全部、“一時的”の名のもとに片づけられていた。
フィッシュは、ダンボールをそっと開ける。
中にあったのは、絵本と手紙。
「……これ、お父さんとお母さんにもらったの」
ユミの声が震える。
「でも、いま読むと、泣いちゃうから」
フィッシュ、手紙を泡で包み、光に変える。
絵本を開き、1ページだけ、そっと声に出して読む。
「――おかえり。
きょうもよく、がんばったね。」
ユミ、ぽろぽろと涙をこぼし、やがて笑った。
【夜】
掃除が終わった部屋に、ユミがブランケットを敷く。
「……今日は、帰らなくていいよ」
「ここ、少しだけ、家になったから」
フィッシュ、何も言わずにその隣でぬめっと座る。
背ビレが――そっと、ユミの肩に触れる。
ほんのすこし、**“寄りかかれる壁”**みたいに。
【ススノヴァ号・帰路】
「旦那様、部屋だけじゃなく、彼女の言葉も――少し柔らかくなりましたね」
「……あったかい、って」
静かにそう呟くフィッシュ。
船窓の向こう、仮の家の灯りが、小さくまたたいていた。
【次の依頼:準備中】
【種別:個人依頼・匿名】
【内容:「“過去の自分”を清掃してほしい」】
【位置:不定(記憶の中)】
……旦那様。
次は、**“場所のない清掃”**になるようです。
それでも、行きますか?
…つぎいくよ