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〈短編〉小さな願い事

作者: はま

 数年前のことでしたかね。当時フリーターだった私は、日本各地を旅しては、訪れた場所の怪談話だったり、噂話を聞いたりすると言う、今となっては少し小っ恥ずかしくなるようなことをしておりました。


 しかも、聞いた話は、日記だったりボイスレコーダーで録音していたりして。


 現在は真っ当に就職して、妻と一人息子のために必死に働いている毎日を送っているわけですが、ふと、会社から帰宅していた途中で目に入った公園を見て、思い出したわけですよ。フリーター時代に聞いた、ある一つの都市伝説を。


 もう一度聞きたい。その一心で、家に帰ってから当時の品を死に物狂いで探しました。すると、奇跡的に見つかったのです。「小さな願い事」と、乱雑な文字で書かれたボイスレコーダーがね。


 今から話す内容は、その録音を聞きながら、多少読みやすいように文字起こししたものとなっております。多少は脚色をしていますので、どうか悪しからず。


小さな願い事、M県のY村で、宿を貸してくださったおばあちゃんの、子供時代の話だそうです。


 あの子がその石を拾ったのは、ある放課後の公園でした。


 滑り台の下の、常に影ができるじめじめした場所、そこに、軽く埋め込まれるような形で埋まった小石を、当時小学三年生だった女の子——柚葉ちゃんは、拾い、持ち帰ったのです。


 翌日のことでした。持ち帰って、家で綺麗に洗った小石はとても美しく、ダイヤモンドのような光沢を魅せていたのです。それを嬉しく思った柚葉ちゃんは、それを学校に持って行って、お友達に見せびらかせました。「いいでしょ、きれいでしょ」って。


 柚葉ちゃんのお友達は、それをただただ、羨ましそうに眺めていました。すると、ある一人の女の子が、柚葉ちゃんに言いました。「夜中に、キラキラした石をさすりながら願い事をすると、なんでも叶えてくれる」って都市伝説をね。


 柚葉ちゃんは、もちろん最初はそれを信じていませんでしたが、試しにその日の深夜、眠い眼を擦りながらやってみたのです。


「かみさま、私、アイスがたべたい!」


 柚葉ちゃんは母子家庭で、なかなかおやつを食べさせてもらえませんでした。悩み事があまりない、一番純粋な時期。真っ先に思い浮かんだ願い事が、それだったんでしょうね。


 翌日のことでした。ごと、ごと、という鈍い音と共に目が覚めたら柚葉ちゃんは、もしかして、と思い、玄関のドアを開けました。するとそこには、沢山のハーゲンダッツが。しかも、商業用。


 柚葉ちゃんは喜びましたが、願い事については、お母さんに言いませんでした。バレたら、石を没収されるんじゃないかと怖がったからです。その日、学校帰りに友達をみんなお家に招待して、柚葉ちゃんはハーゲンダッツ・パーティーを開催しました。


 その日の晩のことでした。アイスの食べすぎでお腹を壊した柚葉ちゃんは、宿題もできずにトイレに篭りっぱなしでした。「明日、学校行きたくないなあ」、そう思った柚葉ちゃんはトイレに持ってきていた石をさすりながら、二つ目の願い事をしました。


「かみさま、あしたのがっこうをお休みにしてください!」


 翌日のことでした。柚葉ちゃんが目覚めると、お母さんが驚いた様子で、ラジオの音声に耳を傾けていました。ラジオでは、「昨日未明、○○小学校で火事が発生し……放火と見られ、犯人は、小学生の……意識不明の重体で……」と流れていました。テレビで流れた意識不明の小学生は、柚葉ちゃんのクラスメイトでした。


 学校の復旧を終えた一週間後のある日。教室の話題は、意識不明のクラスメイトの噂でいっぱい。煙の吸いすぎで、声が出なくなったらしい、やら、お金欲しさにやった“あるばいと”の一環なのではないか、など、根も葉もないものがほとんどでしたが、一つだけ、事実だったのかもしれない噂がありました。それは「○○君は、柚葉ちゃんが好きだった」という、甘酸っぱいもの。


 翌日、その男の子は亡くなったと言います。


 三つ目の願い事をしたのは、それから少し経ったころ。いじめは、小学二、三年生が最も多いピークだそうです。案の定、柚葉ちゃんのクラスにもいじめっ子が数人、そして、その標的が柚葉ちゃんになってしまったのです。

嫌がらせの内容は、物を隠されたり、暴言を吐かれたりなどの可愛い物でしたが、柚葉ちゃんのストレスは次第に限界になっていきました。そして、ある日の深夜。柚葉ちゃんはお願いをしました。


「かみさま、××君が、もうがっこうに来ませんように!」


 翌日のことでした。柚葉ちゃんが学校に来ると、何やらクラスが騒がしくなっていました。××君が、不慮の事故で亡くなったと言うのです。先生は、学校に来ませんでした。そりゃあ、同じクラスで、連続して二人も生徒が亡くなるとか、真っ先に責任を追及されるもはもちろん担任ですからね。


 柚葉ちゃんは、泣きませんでした。むしろ、せいせいした気分で、いじめっ子を排除したヒーロー気取りで、悲しむクラスメイトの中で一人、満足げな表情で臨時担任の授業を受けていました。


 柚葉ちゃんが四度目の願い事をしたのは、その週の日曜日のことでした。この日、柚葉ちゃんはお母さんと遊園地に行く予定だったのに、仕事の都合で急遽中止になってしまったのです。柚葉ちゃんは、泣き喚いて、暴れました。「どうして! わたしよりもおしごとのほうが大切なの!?」って。その日の夜、お母さんは帰って来られませんでした。柚葉ちゃんは、ランドセルの中に隠していた小石をこすりながら、お願いをしました。


「かみさま、おかあさんが、ずっとわたしといっしょにいられるようにして!」


 翌日のことでした。家に来たのは、お母さんではなく、悲しそうな顔をした学校の先生。そのまま、車に揺られて数十分、着いたのは、町で一番大きな病院。


 柚葉ちゃんのお母さんは、そこの一室で横になっていました。


——両足を失った状態で。


 過労で倒れたところを、猛スピードのトラックがどかん! と、突っ込んできたそうです。処置が遅れた事による、血栓性壊死。お母さんは、柚葉ちゃんを抱きしめて泣きました。ごめんね、ごめんねって。柚葉ちゃんは、何も感じませんでした。



 その晩、苦しんでいるお母さんを見て、柚葉ちゃんは最後のお願いをしました。



「かみさま、おかあさんを楽にしてあげて」ってね。



 この話を語ってくれたおばあちゃんは、当時、この都市伝説を柚葉ちゃんに教えた女の子だったそうです。


 この後、柚葉ちゃんは転校となり、音信不通になったそうです。そして50年以上経った今でも、彼女のことをたまに思い出しては、あの時の事をを後悔していると言います。

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