戦争からの帰還
戦場は終わった。
ゲルマニア王国軍の勝利。
しかし、それは決して誇らしいものではなかった。
地面には戦友の屍が転がっている。泥にまみれ、血に染まり、二度と起き上がることのない兵士たち。仲間も、敵も、皆平等に冷たい死を迎えていた。
ハロルドは剣を杖代わりにしながら、ぼんやりと戦場を見渡した。
(俺は生き残った……)
**「剣技F」**を習得したおかげで、彼はこれまでとは違う動きができた。戦場で倒れるのは、いつも自分のような凡庸な兵士だった。しかし、今日、彼は生きている。
それが、信じられなかった。
まだ手が震えている。全身が痛み、息も荒い。それでも、生きているという事実が、彼をこの場に立たせていた。
「ハロルド、大丈夫か?」
戦友の一人、エリックが近寄ってきた。彼も泥と血にまみれ、疲労困憊の表情を浮かべている。
ハロルドは苦笑しながら、肩をすくめた。
「ああ……なんとか」
エリックは安堵の表情を見せる。
「お前、今日の戦い……凄かったな。まるで別人みたいだったぞ」
ハロルドは返事ができなかった。確かに、自分でもそう思う。今まで、戦場でここまでまともに戦えたことはなかった。しかし、「剣技F」を得たことで、体が自然に動き、敵を斬ることができた。
「俺は……変われるのか?」
ぽつりと呟いた言葉は、自分自身への問いかけだった。
エリックは真剣な表情で言った。
「お前、ついに能力を手に入れたんだな。剣技のスキルか?」
ハロルドは頷く。
「……ああ。戦闘の最中に突然、剣技Fを習得した」
エリックは驚きつつも、少し羨ましそうな表情を見せた。
「そうか……これで、お前もようやく”戦える兵士”になったんだな」
(戦える兵士……か)
今まではただの”肉壁”でしかなかった。しかし、今日の戦いでハロルドは明らかに違う存在になった。
たった一つのスキル。それだけで、戦場の中での立場が変わる。
しかし——。
それが「生き残る」ことを意味するのかどうかは、まだわからなかった。
「撤収するぞ!」
指揮官の号令が響く。生存者たちは、次々と戦場を後にし、ゲルマニア王国の駐屯地へと向かい始めた。
ハロルドも剣を収め、ゆっくりと歩き出す。
「俺たちは……生き残ったんだよな?」
戦場で死んだ仲間たちを振り返りながら、ハロルドはそう呟いた。
兵士たちは、二日かけて王都ゲルマニアへと戻った。
ゲルマニア王国の王都は、石造りの城壁に囲まれた巨大な都市だった。
入り口の門は堅牢で、衛兵たちが厳しく通行人を見張っている。
門をくぐると、そこには戦場とは別世界の光景が広がっていた。
活気に満ちた市場、行き交う商人や貴族たち。農民が荷車を引き、酒場では兵士たちが酒を酌み交わしている。
(戦場とは、あまりに違う世界だ……)
ハロルドは、街の賑わいに一瞬だけ目を奪われた。戦場で血と泥に塗れた自分たちと、ここでのんびりと暮らしている人々。その対比が、妙に虚しく思えた。
エリックが肩を叩く。
「とりあえず、いつもの酒場で飲むか?」
ハロルドは苦笑した。
「お前はいつもそればっかりだな」
「生き残ったら酒を飲む。それが俺の流儀だ」
確かに、戦場を生き延びた兵士たちにとって、酒場での時間は貴重だった。死と隣り合わせの日々の中で、わずかばかりの安らぎを得られる場所だった。
彼らは、街の一角にある酒場**「赤熊亭」**へと向かった。
「よう、戦場帰りの兵士ども!」
酒場の主人が陽気に声をかける。
ここは戦場帰りの兵士たちが集まる場所だった。兵士たちは疲れた体を癒すために、酒を飲み、女たちと戯れ、しばしの間、戦争を忘れるのだ。
ハロルドとエリックは、奥の席に座り、酒を注文した。
「で、お前はこれからどうするつもりだ?」
エリックが聞いてきた。
ハロルドは、じっと自分の手を見つめた。
「剣技F」という力を得た。
それが何を意味するのか——まだわからない。
しかし、戦場で生き残るためには、もっと強くならなければならない。
「……まだわからない。だが、俺はもう、ただの兵士じゃない」
エリックは微笑みながら、酒を一気に飲み干した。
「なら、しっかり飲んで、しっかり喰え。兵士の仕事はそれからだ」
戦場の疲れを忘れるように、ハロルドも杯を傾けた。